快楽の街、その17~新しい依頼⑧~
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「ミランダ様、ただいま帰還しました」
「ご苦労様ね、メイソン」
ミランダの執務室に、メイソンが現れた。既に夜も更け、執務室にはミランダしかいない。机の上に一つだけ灯りをともして仕事をするミランダは、揺れる光に映し出されて陽炎のように儚く見えた。
「ミランダ様、お疲れでは?」
「疲労はしているわね。最近睡眠時間があまりなくても、動けるようにはなったけど。これは慣れね」
「たまには休暇を取られては?」
「ではあなたが代わりに仕事をしてくれるかしら?」
「・・・無理なことを申しました」
メイソンは申し訳なさそうな顔で頭を下げた。この不遜な男も、ミランダの前でだけは従順だ。他の巡礼者がメイソンの今の態度を見たら、仰天することだろう。
そしてミランダは、そんなメイソンをからかっているようでもある。ミランダは薄く笑うと、メイソンに向けて手を出し、報告書を求めた。その報告書に簡単に目を通すミランダ。
「・・・簡潔ね。省略している部分が多すぎるのではないかしら」
「所詮、形式だけのものです。記録に残せないものもあるでしょう」
「アノーマリーが死んだことは第一報で連絡を受けたわ。その他に何があったの?」
「氷帝バイクゼル。ご存じですか?」
ミランダは首を振った。
「知らないわ」
「私も知りませんでしたが、察するに古竜のような古の化け物でしょう。ただその性は非常に凶悪で、どうやって倒したかも正直怪しいところが多数ありまして」
「詳しく話して」
メイソンはバイクゼルについて話した。そしてミランダはしばらく黙っていたが、やがて思い出すように口を開いた。
「・・・なるほど、以前フェアトゥーセに聞いたことがあるわね。古竜たちは今はいないが、眠りについただけだと。だが眠りについたのは古竜だけではなく、魔人や、その他の強すぎる魔物や魔獣、幻獣も同じだと。彼らはかつて空を焼き、大地を薙ぎ払った戦いで自らの力を恐れて封印したのだと。その中の一体だったのかもしれないわ」
「恐ろしい相手でした」
「テトラポリシュカよりも?」
「正直、比較になりません。テトラポリシュカくらいなら私一人でもなんとか渡り合えますが、バイクゼルを見たら逃げの一手しかありません」
「それほどだったの」
「それほどですね。ああ、ちなみにテトラポリシュカは死亡を確認しました。眠るように、幸せな表情で死んでいましたよ。手厚く原住民たちによって葬られたそうです」
「ふん、奴のしでかしたことを考えると、幸せすぎる死に方ね」
「まあ死者に鞭打つのも、聖職者としてはいかがなものかと」
「随分と優しいじゃないの。アルフィはどうだった? どんな印象を抱いたかしら」
「アルフィリースですか」
メイソンは言葉を濁した。そして眼鏡を直しながら告げていた。
「怖い女ですね」
「そうね、アタシもそう思う。どのくらい怖い女かしら?」
「私が出会った女の中では、1、2を争います」
「へえ」
ミランダは面白そうにメイソンを見た。なぜなら、それはミランダがかつて抱いた感想と同じだったからだ。
ミランダは興味を持って尋ねた。
「ではあなたはどうすべきと思うかしら?」
「状況次第で敵にも味方にもなる女です。情け深いが、必要に応じて味方も切って捨てることができる。敵に回すのは得策ではないが、味方にしておくのも恐ろしい。できることなら、始末してしまうのが安寧のためには必要です」
「だが、アタシの友人でもある」
「そこが問題です。殺したくないというのであれば、監視と手綱が必要でしょう」
「誰が適任かしらね」
「ウルティナがよいでしょう。あれなら武術でも魔術でも渡り合える」
「ならターラムの件のついでに、そのまま同行させてしまいましょう」
「ターラム?」
「マスターの依頼よ」
ミランダは事情を話した。すると渋い顔をしたのだ。
「頽廃の象徴か。私の最も忌み嫌う場所だな、ですよ」
「素が出てるわよ。心配しなくてもあなたには別に仕事があるのよ」
ミランダが一つの書簡を渡す。メイソンが開いて見ると、そこには土地の名前が列挙してあった。
「これは?」
「最近の辺境の状況を知りたいわ。貴方は主に辺境で活動してたわね」
「それはそうですが、別段何もありませんが」
「具体的な点は二つ。一つは辺境に住む原住民共、亜人共の生活が変わっていないか。二つ目は、この珠を持って行ってほしい」
ミランダがメイソンに渡した珠は、透明で中に金属を封入したような形だった。それが土地の数だけ、入っていた。
「これは?」
「一種の魔術式ね。これを各土地に、誰にも見つからないであろう場所にこっそりと隠してきてほしい。置いてくるだけで効果があるから。それよりも問題は、一つ目の方。私の考えでは、亜人共の生活には変化があるはず。調べて、できる限り我々に協力を取り付けなさい。でなければ、排除なさい」
「排除? そこまでしますか」
「オーランゼブルの手札はどこにいるのかを考えるのよ。黒の魔術士はあくまで彼が主に使用する連中よ。彼がハイエルフであることを考えると、彼の威光は亜人や原住民ほどに力を発揮する可能性もある。ひっそりと彼らを抱き込んでいる可能性も考えないといけないわ。巡礼者は多しといえども、辺境に詳しくて熟達したのは貴方だけ。できるわね?」
「貴女の命令とあらば、喜んで」
メイソンは恭しく礼をすると、ノースシールでの激闘の疲れを癒す間もなく出立した。そしてミランダは夜が深くなるにも関わらず、自らの仕事に没頭していったのである。
続く
次回投稿は、12/14(月)20:00です。