快楽の街、その12~新しい依頼③~
アルフィリースは地図をじっと見つめると、次のような指摘をし始めた。
「コーウェン。ローマンズランドが黒の魔術士の尖兵かもしれないという可能性は考えた?」
「ええ、尖兵とまでいかなくとも~、何らかの形で関わっているとは考えています~。魔王の工房の話でしたか~」
「そうね、かなりの確率で魔王の工房の中でも最大規模のものがあると考えているわ。そのあたりどうなのかしら、ミランダ?」
アルフィリースの指摘に少し口ごもりながらも、ミリアザールが小さく頷いたのを見て肯定するミランダ。
「・・・アルフィの想像通りだ。ブラックホークや巡礼なんかを使って調べた結果、工房の中で最大のものがあることが判明している。ゆえにローマンズランドは、黒の魔術士の協力国家だと考えている」
「ならば今回の戦争は黒の魔術士が協力しているのかもしれないわね。だとしたら仮定自体がまるで変わってくるのかもしれない」
「仮定?」
ニアが疑問を投げかけた。そのニアに向かってアルフィリースは質問をする。
「ニア、戦争を起こす理由は?」
「・・・飢饉などで国の財政が不安定な時、あるいは何らかの理由で敵対関係にある時などか」
「従属国に敵対はないわね。しかも五か国同時とは考えにくい。国の財政が不安定だというのも考えにくいかしら」
「ああ、現王の浪費は最近ひどいらしいが、それでも国の財政が傾くほどではないはずだ」
「だけど、戦争自体が目的だとしたら?」
その場にいた誰もが、あっ、というような顔をした。戦争自体が目的だとしたら、もうどんな理屈も必要なくなるのだ。アルフィリースは続けた。
「戦争自体が目的だとすれば、合点がいくことも多数あるわ。放置にも等しい魔王の出現、各所でおそらくはサイレンスやカラミティが操ったであろう戦争。それらが争いを起こすこと自体が目的だとすれば、戦争が起こることにも納得がいく」
「だが戦争を起こしてどうする? 何の得がオーランゼブルにあるというのだ?」
「・・・犠牲そのものが目的ですか~」
「その通りよ」
コーウェンの言葉にアルフィリースが頷いた。ミリアザールがしまったという顔をして続ける。
「なるほど、なぜその可能性に頭が回らなかったのか。犠牲というより、生贄を用いて実行する魔術は多数ある。通常の魔術でも体の各部位を触媒に使えば、魔術の規模は上がる。だが戦争そのものの規模を使うとなると、信じられないくらいの犠牲者が出るの。それを使ってできる魔術など、どれほどの規模になるのかも想像できん。だいたい、それほどの魔術が実行可能かどうかも怪しい」
「そのための準備期間だったのでしょう。仮にローマンズランドの戦争で出る犠牲者を触媒に使用するとして、どのくらいの規模の魔法陣が必要かしら?」
「・・・大きければ大きいほどよいだろうね。それこそ、大陸を巻き込むほどの。だがそれだけ馬鹿でかい魔法陣だとすると、ちょっとのことで起動しなくなる可能性が高い。むしろ暴走の可能性が高いんじゃないかな?」
「そのあたりの詳しいことはわからないけど、一応の理屈は通るわね。話を戻すわ。仮にオーランゼブルがこの戦争に関わっているとしましょう。ならば五路の作戦は根底が変わると思う。まず一番西の経路。ブローム火山には誰がいた?」
「グンツ・・・あっ」
「そう、黒の魔術士に加わっている男が、竜人を率いていたわね。現地の竜人の案内があれば、安全にあの場所を突破できるとは思わない?」
「沼地も同じ方法で?」
「その可能性はあるわ。ひょっとすると、何らかの方法で大峡谷も通れるのかも。たとえば、空を飛ぶ魔王がいるとか。東側も関係ないかもしれない。魔王が背後にいるとしたら、軍隊が通れるかどうかなんて全く関係がなくなるわ。そもそも彼らには飛竜という戦力があるのだし」
アルフィリースの考えに、全員が青ざめるか深刻な表情になった。事態の重大さを、初めて認識させられたような気になっていた。
だが最も早く反応したのはミリアザールであった。
「・・・仮にアルフィリースの想定が合っていたとしよう。じゃがコーウェンが最初指摘したように、戦争は冬を持って終了になるだろう。なぜなら、冬はローマンズランド自体が雪に閉ざされ、物資輸送が思ったように行えなくなるからじゃ。
だが、手を打っておくことは必要だと考える。少なくとも、ローマンズランドが攻めてくるという仮定でな。そこで最初から頼む予定でもあったのだが、アルフィリースに依頼をしたい」
「それは私たちに、アルネリアの尖兵になれということかしら?」
アルフィリースの言葉に場が張り詰めた。ミランダ、アルフィリース、ミリアザール、コーウェンの鋭い視線が交錯する。一番最初に目を閉じて視線を外したのは、ミリアザールだった。
「そう警戒するでない」
「警戒するなってのは無理な話ね、世間体というものがあるわ。真実がどうあれ、私たちがアルネリアの尖兵とみなされるような動きは好ましくないと私は考えている」
「そうそう明るみには出はせんよ。今回の仕事は数名の精鋭で頼みたいのだ」
「・・・内容は?」
「ターラムの真の支配者と交渉し、我々への協力を取り付けてほしいのじゃ」
アルフィリースとコーウェンは顔を見合わせた。不可解な仕事だと思ったからだ。
続く
次回投稿は、12/4(金)21:00です。