快楽の街、その11~新しい依頼②~
そしてアルフィリースは話を変えて、本題を切り出した。
「で、ローマンズランドの件で私たちに用があるのよね?」
「うむ。それに関してはミランダも交えて話そうか。直に来るだろう」
果たしてその通り、ミランダがその場にやってきた。アルフィリースが来てからすぐに呼び出したにしては時間がかかったような気もするが、以前のようにやつれてはいなかった。
アルフィリースはミランダの顔を見て胸をなでおろした。その一方で、懸念事項もあった。メイソンを派遣したのが、ミランダの命令であることはほぼ間違いがない。その場合、どこまでメイソンにやらせるつもりであったのか、アルフィリースにも測れない部分があった。アルフィリースがメイソンを見る限り、必要に応じて敵になりそうな危険性を感じていたからだ。
アルフィリースはミランダの元気そうな姿に喜ぶ一方で、どことなく以前のような万全の信頼を置くことができない自分に気づいていた。それでも気を取り直して、自ら挨拶をしたのだが。
「久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
「そう見える?」
「以前よりはね」
「確かに、以前よりはマシね。すっかり最近では不眠症だけど」
「寝てないの?」
「忙しいのはいつまでたっても変わりませんけどね、さすがにもう慣れたわ。さて、ローマンズランドの対策ね。アルベルト、地図を広げて」
ミランダは既にローマンズランド周辺の地図を持ち込んでいた。既にいくつも書き込みがしているところを見ると、何らかの考察はなされているのだろう。
少し青白い顔をしたミランダは、飄々としたまま話し始めた。
「まずはアタシが巡礼やその他の協会支部から仕入れた情報よ。ローマンズランドの侵攻は宣戦布告すらなく、突如として始められたそうよ。ただ国境付近では不穏な行動は以前からあったらしく、国境を接した国からは度々質問があるも、魔物討伐の軍事行動の一環として説明されていたそうね。そのためどの国もほぼ無防備に近い状態で戦端が開かれた。すでに各国の戦死者は万を数えるとか。ローマンズランド軍は所かまわず火をつけて回り、虐殺、略奪まで行っているという報告だわ」
「完全な侵略戦争の様相を呈しているのう。規模は?」
「総勢30万から50万。これはローマンズランドの常備軍ほぼ全数に当たるわ。そのため正規軍に加えて、徴集兵が加えられていると考えている。それらが五路--つまり、五つの侵攻路から南下中」
「なるほど~、ならあっけなく戦争自体は冬を待って終了かもしれませんね~」
コーウェンが口を挟んだ。その想定を、ミリアザールが問いただす。
「なぜそう言い切れる、コーウェン」
「この場の皆さんならご存じかもしれませんが~、ローマンズランドがなぜ現在の国境線を敷いたのかということです~。ローマンズランドの国土は広いですが~、周辺には小国が残りました~。それはなぜか~」
「小国を挟んで、それぞれ魔物の居住区と接するからね」
「ミランダ大司教のおっしゃる通りです~」
コーウェンは笑顔で答えた。その場にいた者には首を傾げた者もいたため、コーウェンは説明にとりかかる。
「いいですか~? まずローマンズランドに通じる街道は主に7つ~。西に通じる道はカラジャナ地方というところに通じてますが~、これはオリュンパス協会のお膝元ですね~。最もそこに至るまでに数多の不毛地帯と魔物の巣窟を通るため~、侵略する意味が全くありません~。東側の街道は~、紛争地帯を通ってアレクサンドリアに通じます~。これまたアレクサンドリアと本気で戦争する気がない限り~、通過する意味はありません~。
となると~、南の五街道が主な侵攻、商業の中心となっています~。そのうち最も西の街道は~、一つ国を通るとブローム火山地帯に突入します~」
「私たちが転移で飛ばされたところね?」
アルフィリースの発現を、コーウェンは指を振って軽く否定する。
「話を聞く限りそれは火山地帯のごく一部です~。本当の火山地帯はもっと大きく~、生物がおよそ生きていられない硫黄の噴出地帯も多くあります~。ここを通れれば西側の諸国にたどり着きますが~、軍が通るには案内があってもひと月は必要です~。現地の種族の協力でもない限り難しいかと~。
次にもう一つ東側の街道ですが~、これまた一つ国を通ると沼地に突き当たります~。沼地は沼人たちの支配下にありますし~、抜けたとしても大草原です~。真ん中の街道は大峡谷を隔ててやはり大草原に突き当たります~。同じ理由で南進する意味がないかと~」
「確かに。では東側の街道はどうじゃ?」
「最も東の街道は~、国を複数陥落させる必要がある上~、段々と街道自体が細くなり軍を進めるに適していません~。そのため最終目標がどこかにもよりますが~、南進するならもう一つ西側の街道である、フルホルン街道になるかと~」
「最も古い街道じゃの。それゆえに街道としても整備も十分で、軍の侵攻にも耐えるじゃろう。だがしかし――」
「ええ、最も困難が多い街道でもある。かつてローマンズランドの領域が魔物のものであったころ、激戦区の一つだったはずだ。大陸でも有数のフルホルン要塞があり、そこに二万も兵をおけばネズミ一匹通れないとまで言われた要塞がな。それにそこを抜いたとして、待っているのはターラムを始めとする自由商業連邦だ。そこに軍を進めるのは諸国から非難を浴びることになる。言い訳はできないぞ?」
「なるほど、確かにそうじゃな。ならばアルネリアとしては動く必要なしか?」
「・・・そうかしら?」
コーウェンの言葉にミリアザールが賛同しかけた時、異論を唱えたのはアルフィリースであった。
続く
次回投稿は、12/2(水)21:00です。