快楽の街、その10~新しい依頼①~
そして、リサとニアの2人は事情がわからない。
「どういうことだ? この戦争を予見していたというのか?」
「ええ、そういうことです~」
「兆候はあったわ。ギルドから、アルネリアから、そしてコーウェン独自の情報網から。いずれこうなるだろうとは思っていた。時期が少々早いとは思うけどね」
「わかりません。どうしてローマンズランドに戦争を起こす理由が? 確かに軍事大国ではありますが、彼の国が財政難や飢饉に陥っているとは思えませんが」
「一つには~慢性的な憂さ晴らしですね~」
コーウェンの言葉に、ぎょっとするリサとニアである。
「憂さ晴らし、だと?」
「言葉は悪いですが~、彼の大国は周辺に未開の地が多いせいで、慢性的に魔物との戦いを強いられています~。元々が兵の強さで成立した彼の国は~、発足から軍事大国として知られましたが~、その誇りと周辺の事情から軍縮を上手く行うことができず~、またアルネリアとの慢性的な不和からギルドの介入も良しとしていません~。ゆえに肥大した軍の矛先として~、時折無謀とも暴挙ともとれる戦争を10数年間隔で周期的に起こしています~。前回の戦争が25年ほど前でしたから~、むしろよく我慢した方かと~」
「そんな・・・そんなことで戦争を起こすのですか?」
「そんなことねえ~・・・重要なことですよ~?」
コーウェンの言い方は、リサとニアに常識を説く母親のようでもあった。
「こんな言葉があります~。『食べ物を失くせば人が死ぬが、誇りを失くせば国が死ぬ』。ローマンズランドは魔王の支配から独力で建国された国~。飛竜を駆るという特殊な戦法を用い~、周辺の土地も解放して大国となりました~。当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったアルネリアと時に衝突し~、時には協力したようですが~、あまりに長く戦いすぎたせいか~、ローマンズランドの人々には戦うことこそ誇りという価値観が根付いてしまいました~。今でも彼らには国民全員に徴兵制度が敷かれ~、男女問わず一定の武器の扱いを国民は全員知っています~。国の道路はおおよそ軍用道としても用いられ~、各農村にすら戦時に備えた武器貯蔵があるといいます~。
そんな大国の悩みは~、常備軍の大きさによる慢性的な財政難と~、土地が痩せていることによる不作ですね~。ですから定期的に彼らは戦争を起こし~、略奪と経済の潤いを測るのです~。かの国にとって戦争は国是ともいえるかと~」
「はた迷惑な大国ですね」
「だけど、そんな国が背後にいると思えるからこそ、ローマンズランドを背後にした周辺諸国――衛星国はその恩恵を受けている。魔物の討伐、盗賊団の退治など、ローマンズランドの軍隊の出番は多い。ギルドが発展すればするほど、ローマンズランドは経済的にも社会的にも追い詰められることになる。そのあたりの均衡は、最近では上手く行っていると聞いていたけど」
アルフィリースがちらりとコーウェンを見たが、彼女も同様の意見だったようだ。
「そうですね~。そしてもう一つわからないのは~、その衛星国に対してローマンズランドが同時侵攻を開始したということです~。これは手足を食って腹を太らせる所業~、大義も意味も見いだせない戦闘かと~」
「もう一つ問題があるぞ。もうじき冬となるこの時期に、どうして軍を起こすかだ。どのみち打ち止めになる。ローマンズランドは冬になると雪に閉ざされると聞いた。物資の補給がままならないのではないか」
「そうね・・・そのあたりはミリアザールに説明を求めることにしようかしら。すぐにでも深緑宮に向かいたいのだけど、コーウェンにはついてきてほしいわ」
「そのつもりです~。こちらの2人にも来ていただきましょうか~。あとエクラも~」
「そうですね、すぐに動きましょうか。やれやれ、風呂に入る暇もないとは」
準備を終えたアルフィリース達は、早速深緑宮に向かったのだ。
***
「・・・なるほど、大変な戦いだったのだな」
「自ら動いたことではあるのだけど、まさかここまでの大事になるとは思わなかったわ」
「動く前に、一言声をかけてくれればよいのにのぅ」
「そんなことをしたら、どうせ止めたでしょう? あわよくば、私達の戦力を用いてテトラポリシュカを狩ろうとしたんじゃない?」
「ふん、そんな余裕があればな。八重の森にかかりきりでそれどころではなかったのじゃ」
「その割に、随分と腕利きの巡礼がきていたようだけど?」
ぴくりとミリアザールの眉が動いたが、アルフィリースは平然と茶を啜っていた。はらはらするのはリサとニアである。
「巡礼はどのような者だった?」
「眼鏡をかけて、無理に丁寧な口調を使おうとする男よ」
「メイソンか・・・ミランダの命令だとすると、適任ではあるな」
「どんな男なの?」
「巡礼の中では最も武闘派、単独で魔王をもう何体も狩っている。盗賊団の征伐や、紛争の解決などその功績は多岐にわたる。最も人探しや宝探しなどの任務も請け負うから、その時の気分次第ではあるが。アルネリアには滅多に帰らず、ほとんど単独で任務を淡々と実行する男だ。ワシでさえ、もう何年も顔を見とらんわ」
「ふーん・・・確かに何を考えているのかわからない男ではあったわね」
アルフィリースは茶のおかわりを梔子に頼むと、一層真剣な表情になってミリアザールの方を見た。実はバイクゼルやその他のことなど全てを話したわけではないのだが、アルフィリースもどこまでミリアザールに伝えるべきか迷っていたので、他意はなくテトラポリシュカが、アノーマリーとの戦いで死んだことにしたのである。影のこと、御子のことなどはアルフィリースさえも知識が不足していたため、説明することができなかった。
続く
次回更新は11/30(月)21:00です。