快楽の街、その3~賢者の独白②~
「ここまでの出来事はおおよそ私の予想通りだ。私の計画が狂ったのは10数年前、アルドリュースがアルフィリースを連れ去った時のみだ。2000年以上かけて練った計画だが、誤差が生じたのはあの時くらいだろう。あのせいでアルフィリースは我が手元から離れ、そのせいでラ・フォーゼという余計な者が誕生するのを間に合わせてしまった。そのせいで計画には若干の修正が生じたが、総じて予想以上の仕上がりになっている。ローマンズランドの開戦をもって、私の計画は仕上げに入った。もはや誰にも止められん。
計画もこの段階にくればもはや誰が離反しても構わぬ。サイレンスが死んでも計画は進行するし、アノーマリーからはもう必要な戦力と設備を得た。カラミティはむしろ正気に戻ったほうが私には都合がよいし、ライフレス、ドラグレオ、ブラディマリアも私が用意した『旧時代の支配者たち』の体にお前を乗り移らせれば、どうということもなく倒せるだろう。ヒドゥンはそもそも問題にならぬし、奴は私に協力せざるをえない。自分の目的さえ果たせれば、そのほかはどうでもよいと考えている奴だがな。ドゥームは、奴さえも知らない理由で私に逆らえない。そしてティタニアは私の前に立てば再度魔法で反抗心を失う。その前に自らの業で自壊するかもしれんな。
ドゥームの行動もおおよそ予測の範囲を出ない。オシリアを取り込むのも予想の範囲だし、奴が闇の中でこそこそ動いたとしても、何も変わらぬ。奴が私の計画を邪魔することは不可能だ。奴も色々と知識を付けているようだが、それでも決定的に知らないことがあるからな。
氷帝バイクゼルの覚醒は予想外だが、予定通りでもある。旧時代の支配者たちは、どのみち近々目覚めることになるだろう。グウェンドルフの奴が色々と奔走しているようだが、全て無駄だ。奴が呼びかけたくらいで目覚めるのなら、とうの昔に彼らは目覚めている。私の計画の一つには、彼らの目覚めがそもそも入っているのだ。私も彼らに聞きたいことがあるからな。というより、聞かねばならんことがあるのだ」
「・・・ユグドラシル・・・のことは」
ポルスカヤがかろうじて声を絞り出した。せめてもの反抗である。だがオーランゼブルによってその口は再度閉じられていた。
「ユグドラシルは――私も知らぬ。だが、奴は傍観を決め込むつもりで、私の計画にも支障はない。どうやら奴には行動制限があるようだし、邪魔をするならとっくにやっているだろうからな。その正体についても、おおよその見当はついている。
奴はおそらく旧時代の支配者たちの一人だ。私もその全容は把握していないから、そのような者がいても不思議ではない。だが、どうして一人だけ活動しているのかは不明ではある。
それから一つ言っておくが、バイクゼルは旧時代の支配者たちの中ではもっとも弱いと言われていた。なのに一人だけ暴虐を繰り返していたため、他の者には疎まれて無理矢理封印されたともな。そのあたりの力関係から、ユグドラシルの方が実力が上だとして不思議はない。
さて、ここまでだ。お前には再度この場の記憶を封じたうえで、アルフィリースの元に帰ってもらう。まだ彼女に死なれては困るし、計画が成った後でこそ彼女の存在は重要になるのだ。それまでは貴様に守ってもらわねばな・・・かつてアルフィリースが幼い時にそうしてもらったように」
オーランゼブルの手が伸びる。だがポルスカヤはその手を冷静に見つめていた。オーランゼブルと対峙する時に、何も準備をしなかったわけではない。こうなる可能性も考えて、ポルスカヤはいくつか仕掛けを施しておいた。
その一つに、この工房内に放った使い魔たちの存在がある。また遅延発動型の魔術も。それらの内一つでも成功すれば、オーランゼブルの意識を逸らすことができると考えていたのだ。もし一瞬でも意識が逸れれば、その瞬間に逃げることが可能だと考えていた。
そのための仕掛けを発動させようとしたその矢先、ポルスカヤの目に飛び込んでくる姿があった。
続く
次回更新日は11/17(火) 22:00です。