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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その2~賢者の独白①~

***


 アルフィリースと離れた影はテトラポリシュカの体を使い、一人空飛ぶ式獣を駆って、オーランゼブルの元へとたどり着いていた。雪と氷で作り上げた式獣を一瞬で溶かすと、影はつかつかとオーランゼブルの工房へ入っていく。一般的な入り口など存在しないオーランゼブルの工房だが、影は多少強引に魔術で壁をこじ開けてその中に侵入した。

 オーランゼブルの工房は、大陸のさる山の中にある。一見して何の変哲もない場所だが、正確な地形図があればそこに何かしらの大規模な空洞があることはわかったかもしれない。だが特に資源が取れるわけでもなく、人も獣もそれほど寄り付かないこの場所のことなど誰も気に留めず、さらに魔術で注意を逸らすように仕向けられれば、今まで気付かれようがなかったのも無理はない。

 オーランゼブルは工房の中で一人、瞑想を行っていた。その様子を見て、影はしばしその場所に佇んでいた。別に敬意を払ったわけではない。ただ影にはオーランゼブルを攻撃できないという、事情があったのだ。

 長い時間が流れた。時間の流れは不老である影にとって、元来苦痛ではない。だがアルフィリースという人間と共に多くの時間を過ごしたせいか、今では時の流れに対する苛立ちを影は覚えていた。なので、オーランゼブルがゆっくりと瞳を開けた時、思わず口をついて皮肉の一つも出てしまうのだった。


「のんびりしたものだな、オーランゼブル。賢者の余裕というわけか?」

「お前こそ随分と焦っているではないか、ポルスカヤ。無限の時を過ごす者がどうした。工房に強引に押し入っておいて、わめき散らすとはな。私は貴様に帰ってきてもよいなどと、一言でも言った覚えはないのだが。アルフィリースに感化でもされたか」


 逆に皮肉で返された影――ポルスカヤはかっときてしまった。名前を呼ばれたことも、腹立たしかったのだ。


「焦りもするさ! 貴様、どこからどこまでが想定した範囲の出来事だったのだ? ティタニアの離反は? アノーマリーの工房の崩壊と、ドゥームとかいう子鬼の行動は? 氷帝バイクゼルの覚醒は? それに最後に出てきたとんでもない連中――名前だけは残した使い魔を通して聞いたぞ。ヴェズルフェルニールとか言っていたな。あれは、なんだ? 黒の魔術士のユグドラシルとかいう奴の配下のようだった。だがあんな――あんな、バイクゼルよりも強い奴を配下にするなど、私の理解の埒外の存在だ。一体なんなのだ、あれは!?」


 ポルスカヤの文句に、オーランゼブルはふうっとため息をついて答えていた。


「質問は一つずつするものだ。それに怒鳴らずとも、十分聞こえておる」

「ならば答えてもらおう」

「答える義務があるのか?」

「義務はないが、責務はあるだろう。お前と私は対等な関係のはずだ。そういう契約だっただろう?」

「対等? それこそ何のことだ?」


 オーランゼブルの冷たい灰色の瞳がポルスカヤを捕えると、寒さを感じないはずの彼女の体から血の気が引いて行くような感じがした。何かがおかしい。ポルスカヤは本能で半歩足を引いていた。ここにいてはいけない、来たのは間違いだったと直感で悟っていた。

 その時、突如としてオーランゼブルが低い声を発したのである。


「動くな」

「!」


 オーランゼブルの声に、ポルスカヤは彫像と化したかのように動けなくなっていた。声も出なくなり、愕然とするポルスカヤ。表情は動けずとも、瞳は困惑にあえいでいた。

 オーランゼブルがゆっくりと立ち上がる。


「私の魔法について勘違いしているようだな。お前は私の魔法を、精神制御と思っているようだ。違うかな?」

「・・・」


 当然、ポルスカヤからは返事はない。できない。オーランゼブルはそのポルスカヤに向かって独白を続けた。


「正確には精神制御に加えて、記憶の操作もできるのだ。だから私の術中にある者は、私にとって都合の悪い記憶は失われる。多少の制限はあるが――そうだな、お前の場合は私と交わした本当の契約内容を忘れているのだ。

 本当の契約内容は、『絶対服従』。私の前に敵があればお前が排除し、お前は命を顧みず私を守る。その全存在を賭けてな。ゆえにお前の意志がどうあれ、お前は私に刃向うことができない。わかるか?」

「・・・」

「欠点もある。私の魔法は定期的にかけ続けていないと、効果が薄れる。それも多数の人間にかけると、その分効果も薄れるのが早い。だが完全に私の魔法から逃げることは不可能だ。たとえ効果が切れたように見えても、私の前に立てば再度効果は出現する。たとえティタニアが離反したつもりになっていても、私の前に再び立てば同じことだ。私には膝を折る以外行動はとれないのだよ。

 だから私はわざわざアルフィリースの前に姿を現した。アルドリュースのせいで私のかけた呪印の効果がねじ曲がり、お前の役目が変わってしまう恐れがあったからな。そしてお前にかけた魔法の効果を再確認する意味もあった。

 だがどうやら徒労だったようだ。お前の役目はもはや本来のものとは違っているよ。アルフィリースは私の意図を外れて世に名が知られてきている。彼女にはせめて山奥でひっそりと育っていてほしかったのだがな。だがここまで名が知られたからには、お前が付いていた方がよいだろう。何せ、お前の戦闘経験値はこの大陸では随一だ。睡眠も休息も必要なく、他人の体を乗っ取って活動する思念体のお前にはな。お前の力はその気になれば、ブラディマリアとすら互角に戦えるだろう。そのための体も用意してある。さて、一つ一つお前の疑問に答えてやろう」


 オーランゼブルからゆらり、と不吉な魔力が立ち上った気がしたが、それでもポルスカヤはぴくりとも動けなかった。



続く

次回投稿は、11/15(日)22:00です。

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