黒の巫女、白の巫女、その36~ただ一つを求める者⑭~
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「ここは・・・?」
「どうやらオリュンパスの宮殿からはかなり離れたようだな。おそらくは国二つくらいは離れている」
「見覚えがあるな。ロマノ国の国境じゃねぇのか。ほら、あの川でゼルドスがおぼれかけた」
「ベッツの着替えが流されて、裸で一里ほど走ったところか」
「違ぇ!」
ベッツとゼルドスが胸倉をつかみ合っていたが、どうやら安全な場所であるらしかった。リサのセンサーにも何も引っかからないのか、リサも首を横に振る。どうやらオリュンパスの追撃はないようだ。
「とはいえ、すぐに移動した方がよさそうね。彼女たちが最初に現れた状況を考えれば、大陸の西側にはそこかしこに拠点を持っているでしょうし」
「そうですね。彼らは確かにそこら中に転移の拠点を作っています。ですが、さすがに三位が個人的に作った場所だと思いますよ、ここは。そうでなければ我々を転移させはしないでしょう。全く、死にかけだというのにとんでもない魔力ですね。あれで自分の魔力の半分以上を蘇生に回していたのですから。本当に時期が良かった」
「・・・あの魔力で?」
グロースフェルドが不思議そうな顔をした。
「そうですよ? 彼女は純粋な魔力の量ならライフレスにも匹敵します。その彼女をあっさりと追い抜いたのが二位。五位はかつて三位との争いに勝ち一位であったことも。四位はまだまだ伸び盛り。次会う時はさらに強大になっているでしょう。ですがそれでも立場が揺るがないのが――」
「ラ・フォーゼなのね」
「その通り」
グロースフェルドの肯定にアルフィリースは盛大にため息をついた。
「あれほど魔力に開きがあると、なんだか修行も馬鹿馬鹿しくなるわね」
「それこそ馬鹿をおっしゃい。魔力の過少が戦いの趨勢を決めるわけではない。そうでなければ、とうに魔術協会などオリュンパスによって捻り潰されている。それに魔術など、人間としての価値にはなんら意味をもたらさない」
「そう言い切れるあなたがいて、どうしてオリュンパスはああなったのかしらね?」
「・・・彼らに道徳観などという観念はありません。だから私は」
「諦めて私の元を去ったのだったな。つまりは、見捨てたというわけだ」
突然天から降ってきた声に、全員がびくりとなった。全員が知っている声――そう、ラ・フォーゼの声が聞こえたからだ。そして全員が天を振り向くと、そこには巨大なラ・フォーゼの幻影があった。
「うわっ!」
「慌てるな、幻術だ」
慌てる仲間達を、グロースフェルドが一喝した。そしてアルフィリースがすっと前に出る。
「何の用かしら? 私たちを逃がさないつもり?」
「そんなつもりはないわ、お姉さま。私はただ貴女たちと話したかっただけ。今宵の一件も、私の意志とは無関係。九位と十位、それに三位も独断です。信じていただけるかしら?」
「・・・それでも私達が九位と十位を殺したことに変わりはないわ。その点はどうするのかしら?」
「ああ、それでしたらどうぞお気になさらず。彼らの代わりはいくらでもおりますもの。それに死して私たちの価値が変わるわけではなし。むしろ我々の礎になるという点では、彼らの死は歓迎されますわ」
明るく笑顔で言い放った言葉に、得体のしれない冷たさを感じてアルフィリースたちはぞくりとした。アルフィリースは青ざめながらも、ラ・フォーゼに反論した。
「では、貴女は彼らの死を何とも思わないの!?」
「何をそんなに激昂されるの、お姉さま? 私ほど直接的ではなくとも、貴女とて広い意味では誰が死んでも同じはず。おわかりにならないの?」
「何を言って――」
「・・・そうか、まだそこまで覚醒は進んでいないのね。お姉さま、今お一方はいらっしゃらないようだけど、もう一人とお話しすることはできないの?」
ラ・フォーゼの指摘に、アルフィリースはぎくりとした。アルフィリースの中にいる別人格――正確には憑依しているであろう者だが――が他にもいるとは、アルフィリースでさえおぼろげな感覚なのだ。アルフィリースの周りにはそれを知っている者は確かにいるが、まさか初対面のラ・フォーゼに指摘されるとは思っていなかったのだ。
あからさまに狼狽するアルフィリースを見て、ラ・フォーゼは子どもでもあやすような目でアルフィリースを見つめていた。
「しょうのないお姉さま。お姉さまが戦う力に目覚めてさえいなければ、余計な軋轢も起きなかったでしょうに。私はお姉さまの妹分として、お姉さまの傍で力を振るうようなこともあったかもしれません。いえ、ひょっとしたらドラグレオや、ライフレス。それにカラミティとすら共闘するような関係でもあったかもしれない。
ですがそれも全ては可能性の話。私たちは、そうはならなかった。ならば、我々はいずれどちらかが滅びねばなりません。それこそ、白黒をつけるといった言葉がふさわしいでしょう」
「何の話? 私にはさっぱりだわ!」
「今はわからずともよいのです。時期が来れば全て明らかになることでしょうから。それまで、オーランゼブルのごとき愚物に引けをとらぬようお願いします。
それよりも早く行くとよいでしょう。二位や四位が追いかけてきたら、彼らは『私のために』という名目でお姉さまを害するでしょう。お姉さまが迎えに寄越した真竜――ラキアでしたか? には、私の方から連絡をしておきました。直にこの上空に来るでしょうから。早く戻られるとよい。もう大陸の運命は動き出しています。お姉さまがアルネリアに戻られる頃、既に大ごとになっているかもしれません」
「大ごと? それは何?」
「それこそ焦らないで、すぐにわかることですわ。では、ごきげんよう。また見えるその日まで――もっともその時、私たちの関係が互いに今のままでいればよいのですけど」
意味深な言葉を残し、ラ・フォーゼは闇夜に消えた。すると、彼女と入れ替わるようにして、天空から竜の姿になったラキアが下りてくるではないか。アルフィリースが使い魔を出してラキアに迎えに来るように連絡したのだが、それにしても早い到着であった。距離から考えると、使い魔の移動だけでも7日はかかるはずだが。
アルフィリースは誰かに弄ばれているような印象がぬぐえなかったが、それもラキアの一言により、一瞬で疑念は他所に追いやられた。
「アルフィ、無事か!」
「ええ、なんとかね。それより、どうしてそんなに慌てているの?」
「慌てもする。ラインから早馬で行方不明とは聞いていたが、それを差し引いても抜き差しならない事態が発生したのだ。いいか、心して聞けよ――戦争が起きたんだ」
「戦争? 別に珍しいことではないわ。いつもこの大陸では小競り合いが起きて――」
「小競り合いどころじゃない! ローマンズランドが周辺国家に宣戦布告もなしに、突然戦争を仕掛けたんだ! 対象は五か国。総勢50万の軍勢の、大侵攻だ!」
ラキアの叫ぶような言葉に、アルフィリースたちは完全に言葉を失っていた。そしてその時訪れた静寂の向こうに、ラ・フォーゼの笑い声が聞こえたような気がしていたのだった。
続く
次回より新シリーズです。感想などお待ちしています。次回投稿は11/11(水)22:00になります。