黒の巫女、白の巫女、その35~ただ一つを求める者⑬~
「・・・三位ね」
「はい」
白の三位はラ・フォーゼの瞑想場所に来ていた。ラ・フォーゼの瞑想場所は五つの方向に火、水、土、風、金の魔術で構成した象徴を配し、部屋を二つに光と闇で対極の形で閉ざした円形の閉鎖空間である。部屋の壁は垂直に高く伸びており、天井は完全には見えなかった。その中心で、ラ・フォーゼは薄絹一つを身にまとう姿で座していた。
全属性使用者――それがラ・フォーゼの魔術士としての特徴である。
「外が騒がしいようだわ」
「気になされず、瞑想に集中なさいませ。それが完成への早道なれば」
「黒の御子が来ているの。集中力に欠けるのもやむを得ないでしょう」
「本当に予言の通りだと?」
「予言が具体的に何を示すかはわからないけども。でも、今日確信を持ったわ。私とあの人はきっとまた出会い、また殺し合う。多分、私たちは互いにその存在を許せないから。存在意義そのものが相反しているんだもの。私達の意志とは関係なく、ね。運命と呼ぶものがあるのなら、これがそうでしょう」
「・・・だから今は生かしておくと?」
三位の言葉に、ラ・フォーゼがくすりと笑った。どうやら瞑想は終わりのようだ。
「貴女の方が私の瞑想を邪魔していないかしら?」
「意地悪なことを言わないで下さい」
「あなただからよ、ライラ。私の叔母御である、あなただから」
「質問に答えていませんよ、ラ・フォーゼ」
「ふふ、そうね・・・仮に私たちが全力でお姉さまを殺そうとしても、きっとあの人だけは生き延びるわ。私は無駄なことはしない。どうせ戦うなら、もっとふさわしい時に、ふさわしい場所で」
「心残りはないのですか」
「――ないわ。もう挨拶は夢の中で済ませてきたの。ええ、とっても幸せな時間だったわ。夢の中だけでも、私のことを理解できる人間と一緒にいられた。それだけでも、今回お姉さまをここに案内した意義はあったわ。二位の邪魔が入らなくてよかった。彼はちょっと過激だから」
「そうですね。彼もまた見果てぬ夢を追っています。私とは別のやり方で、このオリュンパスの悲願をかなえようとしているでしょう。貴女の敵になる者、なりそうな者をもすべて排除して。彼の言い分も理解できますが、あと一日滞在していたら、果たしてどうなっていたことやら」
「そうね。間違いなくお姉さまに悪影響があったでしょうね。ああ、楽しい時間は早く過ぎていくわ、ライラ。あなたもそうだった?」
「ふふ、私にとってはつらいだけの時間だったかもしれません。ですが、今はそう悪い気持ではない」
「行くの?」
ラ・フォーゼの言葉に、三位は頷いた。その表情は穏やかに、だが強い決意に満ちていた。
「以前は彼岸に渡るこの瞬間が疎ましいと思っていました。ですが今はそれほど悪くもない。肉体的な苦痛からは解き放たれ、一族の役に立てる。一つ後悔があるとすれば、この先の世界の変転が見られないことですか。もうすぐそこまで、大切な場面が迫っているというのに」
「そうね。その代りと言ってはなんですけど、私を『通して』見るといいわ。その資格があなたにはある」
「そうであればいいですね。では私は少し先に」
「ええ、いずれ私も渡ります。先に行っていてください。そのうちゆっくりと話す時間もあるでしょう」
「ではいずれ、涅槃にて」
そう告げると、三位はラ・フォーゼの背後へと進んでいった。そこには光り輝く湖のような光景が突如として出現し、三位の体は一歩ごとにゆっくりと沈んでいった。そして三位は振り返ることなく光の中に沈み、二度とその姿を現すことはなかった。消え際、その表情が少し微笑んでいたのは、誰にも知られることはなかった。
三位が消えたのを確認すると、ラ・フォーゼは瞑想を一度止めて立ち上がる。
「・・・さて。三位はああ言ったけど、別れ際の挨拶くらいはしておかないとね。お姉さまは・・・そこね」
ラ・フォーゼの体がゆらりと揺れたかと思うと、ふっとその場所から消えていた。
続く
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