黒の巫女、白の巫女、その34~ただ一つを求める者⑫~
「あなたは愛の伝道師を名乗る割には、自分に向けられる好意にはてんで鈍いのだな。そんな顔が見られるとは、私の溜飲も下がるというものだ」
「・・・や、なんと言ったらよいか」
「戯言だよ、もうすぐ死ぬ女のな。だがこれで思い残すことはない」
三位はグロースフェルドの方をぽんと叩いた。そしてそのまま重力の魔術でグロースフェルドの膝を折ると、無理矢理その唇を奪っていた。
「行きがけの駄賃にもらっておこう。これで死出の旅路の間は、誰も寄ってこまいよ。愛の伝道師なんたらの加護があればな。お前に近づくと孕んでしまうとかなんとかの悪評は、常世にも届いているだろうからな」
「いや、あの、その・・・」
「私はな、お前も、他の一族の者も好きなのだよ。いや、お前のお蔭で多少なりとも彼岸の一族であることに誇りが持てるようになったというべきか。ラ・ミリシャーも、ラ・フォーゼも私は好きなのだ。あの二人は我々にとって、まさしく光だ。あの二人は私の生きる理由になってくれた。その二人がお前たちに死んでほしくないと思っている。それだけで、お前たちを生かす理由には十分だ。
そうでなければ、振られた腹いせに殺しているさ。どうせ死ぬなら、最後に人間らしく我儘に振るまっても構わないだろう?」
「ライラ、私は――」
「それは幼名だ。私は白の三位だ、大司教殿」
三位が片目を閉じてみせた。その人間らしい仕草に、グロースフェルドはただ狼狽するばかりだった。三位は、背伸びをしながら清々しい顔で後悔を盛大に告白していた。
「ああ、もう少しだったなぁ。もう少し早く生まれていれば――だが私は器ではなかった。資格もなかった。それこそ死ぬほどの研鑽を積んだが、ラ・ミリシャーには勝てず二位どまり。好きな男には振りむいてもらえず、後から来たあの男にはあっさり二位の座を奪われ、そして死病に冒され――私の人生は散々だったな。だがあまり後悔はしていない。
最後に一つ心残りがあるとすれば」
三位がきゅっとアルフィリースの方を振り向いた。その視線の真摯さに、思わずアルフィリースが身を固くした。三位はしばしまじまじとアルフィリースを観察していたが、やおらその頭を撫でていた。されるがままのアルフィリースに、ゆったりと微笑む三位がいた。
「ふむ――お前が黒の御子か?」
「そうらしいけど、さっぱり知らないわ。私のことを御子と呼んだ人はいるけど、何のことやら」
「その答えはお前自身の中にあるし、おおよそ見当はついてきているのではないかね? だがやはり予言の通りの邪悪な存在には見えんな。ミーシャトレスにも同じことを言われたろう?」
「ミーシャトレス? それって貴方たちの一族の創始者じゃないの?」
「最近まで生きていたよ。あれはもはや人間であることを超越していたからな。もっとも、誰かに殺されたようだがね。確かに一族にとって有益な存在とは言い難かったしラ・フォーゼやラ・ミリシャーは毛嫌いしていたが、私はそれほど嫌いでもなかった。それどころか、今では彼女の方が正しいとさえ思える。
そのばあさんがね、言ったんだ。今この世に黒の御子がいるってね。だから彼女はただ不満と予言を繰り返すだけの変人から、実質の影響力を持った人物へと戻ったのさ。ただの狂人のように騒ぎ立てるだけなら無視されたろうが、行動を起こしてしまった。起こした波紋自体は小さなものだったかもしれないが、時期が悪かった。ラ・フォーゼが完成して盤石の体制を得ようとしているこの時に、なぜわざわざ教会の中をかき回すのかと。結果として一族に本格的に追われる羽目になったのさ。
お前はそのばあさんに会っているはずだ。記憶にないか?」
「う~ん、そういえば・・・」
アルネリアで不思議な老婆にあったことがある。なぜか自分のことを懐かしむように、昔からの旧友にあったような目で見てきた不思議な老婆。名前も思い出せないが、確かに不思議な出会いであったと記憶している。だが確信はなかった。
「思い当る様な、そうでもないような・・・」
「ふふ、そうか。はっきりとしない方がよかったのかもしれないな。確かに、運命は私たちが勝手に決めてよいものじゃない。まして、お前が本当に黒の御子なら、余計に」
「ねぇ、黒の巫女ってなんなの?」
「そこの変態神父に聞くがいいさ。私もそれ以上のことは知らん。だが、ラ・フォーゼ様はお前のことを慕っていたようだ。不思議なことに、当然のように、そして残酷なことに」
「? どういうこと?」
「いずれわかることだ」
三位はちらりと宮殿内を見た。宮殿の中は、少々騒がしくなってきているようにも感じる。今最高責任者が三位とはいえ、九位と十位、それに神将のうち4人が死んだとなれば彼らも黙ってはいないだろう。
三位はアルフィリース達を促した。
「もういけ、後は時間を稼いでやる。その間にできる限り遠くまで逃げろ」
「あなたは?」
「死にかけでもそれなりの実力者だ。今いる宮殿内の全戦力でも一斉に傾けられん限り、そうそう死にはしないさ。宮殿内での位階の差は絶対だ。四位は私の言うことに逆らえない」
「わかったわ。恩に着ます」
「その必要はない、時期が違えば有無を言わさず殺しすか、あるいは洗脳していたのだ。自分の幸運にでも感謝しておけ」
三位はもはや鬱陶しいといわんばかりにアルフィリースを追いやった。次々と門に向かって姿を消していくアルフィリースたちだが、グロースフェルドだけが最後に残り、深々と頭を下げていた。三位は振り返りもせずに背でそれを受け止めたが、全員がいなくなると彼らの通った後の門を、まるで違う場所に繋げ直した。そしてその場に腰を下ろす頃には、口からはぽたぽたと血が流れていた。
「――ふん、本当に巡り合わせなのだな。私の巡り合わせは不遇な立ち回りばかりだな。魔力に恵まれても、そのほかに恵まれたわけではないか。いや、自我を持てただけでも他の位階者たちに比べれば幸せ者か。
さて、問い詰められる前にラ・フォーゼ様の元に行くとするか。どうせ死ぬならそこで死のう」
三位はふわりと宙に体を浮かせ、漂うようにしてラ・フォーゼの元に向かったのである。
続く
次回投稿は、11/8(日)22:00です。