黒の巫女、白の巫女、その33~ただ一つを求める者⑪~
「危なかった。一時はどうなることかと思いましたが」
「十位をやるとこまでは予定通りだったが、いきなり九位と神将四人とはな。ちょっと焦ったぜ。よく飛び出したな、小僧」
「間をおいたらやられると思ったんだよ。勘だけど、十位って人よりかなりやばい魔術の使い手だった気がした」
「・・・ええ、そうですね。十位が主に式獣や直接的な攻撃魔術を使用するのに対し、九位は防御、攻撃を均等に使いこなします。特に他人の身体能力を強化する魔術が得意で、あのままだと四方から強化された神将と同時に相手をしなければなりませんでした。全滅したかどうかはわかりませんが、半数ぐらいはやられていたかもしれませんね。
それにしても魔術を弾く剣があったとは。あの時の剣ですか」
「ああ、そうだったね。あの時も助けてもらった」
「あの時とは?」
リサの問いかけにレイヤーは少し困ったような顔をしたが、しょうがないとばかりに息を吐いた。
「・・・この面子にならいいか。サイレンスを倒した時の戦利品なんだよ、この剣」
「サイレンスを? 倒したですって?」
「ああ、カンダートの城内でね。その時にヴァルサスと、そこの神父さんにちょっと助けてもらったのさ」
「だがサイレンスを倒したのは君の技量だ。私は何ほどのこともしていない」
黒の魔術士の一画をレイヤーが倒していたという報告を聞いて、仲間のほとんどは開いた口がふさがらなかった。レイヤーも彼らの表情を見てバツが悪そうである。
「言ったらまずかったかな? でもあれから狙われないし、そもそもサイレンスが僕に執着して狙ってきた節があったんだ。奴とはスラスムンドからの因縁だったし、もし迷惑がかかるようなら傭兵団を離れるつもりだったけど、何もないからいいよね?」
「・・・驚いただけです。強いとは思いましたが、そこまでとは」
「サイレンスは正直大したことないよ。僕も黒の魔術士のことは全員知らないけど、おそらく最弱なんじゃないかな? でも、なんだかすっきりしない倒し方だったけど」
「すっきりしない?」
「うん、妙にあっけなかった気がしたんだけどね。でもきちんととどめは刺したよ。間違いなく、心臓は止まっていたから」
「・・・心臓が止まったくらいで死んでいればいいのだけど。問いただしたいことは山ほどあるけど、今は先を急ぎましょう。この戦いでさらに上の位階者が出てきたら、私たちは窮地だわ。この二戦は運がいいとしか思えない。グロースフェルド、急ぎましょう」
アルフィリースがもっとも先に我に返り、グロースフェルドを促した。だが彼は既にそうしていたようだ。
「ああ、そうだね。もう隠れながら行く必要もないだろうから、一気に出口まで行こう。宮殿内は罠が発動中だから、神将といえど案内なしじゃ自由に動き回れないだろう。今が最大の好機かもしれない。みんな、しっかりついてくるように」
グロースフェルドが紐を握らせると、今度は彼が走り出した。グロースフェルドは小走り程度だが彼は体がかなり大きいため、リサなどは全力疾走に近いくらいで走らないとその速度について行けない。
そして今までよりも大きな衝撃と共に影歩きが行われ、まるで一度外に出るたびに胃の中がひっくり返らんばかりに揺れたが、誰ももはや不平は言わなかった。気分が悪いと言えば、神将や白の位階者に追いかけられる方がよほど気分が悪いのだ。彼らと戦えば、胃の中身が逆流するくらいではすまないだろう。
そして出口が見えた瞬間、そこに座っている人影にアルフィリースたちは気付いた。白いフードで顔は見えないが、位階者であることは間違いない。アルフィリースたちに緊張が走った。なぜなら、先ほどの二人とすらまるで魔力の量が違う。先ほどの二人の魔力を井戸とするなら、今目の前にいる人物の魔力は大河だ。先ほどの二人でもそれでも大したものだったのだが、まだ奇襲奇策などが通用していた。だが今の相手に迂闊に近づけば、それだけで引きちぎられそうな威圧感があった。奇襲の類は一切通用しないことくらい、誰でもわかっている。
「・・・何位?」
「・・・これはまずい」
「逃げるのを押さえるだけなら、最初から出口にいればいいのだ。どうせこの完成された結界内に、出口などそうそう作れるものではない。外の世界との連絡口であるこの門を除いて、早々出られるものではないのさ。九位と十位も神将など使わず、素直に追えばよいものを。せめて二人協力してお前たちの相手をするつもりであれば、無駄死にはしなかったろうな」
門の前でフードを外した顔は、アルフィリースが奥から三番目で見た顔であった。白すぎて雪原を思わせるような肌に、妙に赤みの強い唇が印象的な、やや年配の女。年のころは三十程度だろうか。貫録があるから、ただ実年齢よりも上にみえるのかもしれない。
「あの顔は・・・三位だったはず」
「くっ、大物過ぎる。まだ六位くらいなら・・・」
「何を勘違いしている、大司教殿。八位でもなんともならないよ。九位と十位はいわゆる有象無象の中から、少しだけましだったという理由で採用された者たちだ。あのくらいなら、我が一族には吐いて捨てるほどいる。大司教だったあなたなら知っていると思うけど?」
「・・・実力からすればそうかもしれませんが、彼らという人間の代わりはいない。訂正していただきたい」
「あなたは、まだそんなことを言うんだね。本当に変わらない」
三位の呆れた顔と、その口調は年齢と一致しないように見える。だが彼女が抑えているであろう魔力ですら、その場の全員を威圧するに足る量であった。もし魔力を開放すれば、それだけで立っているのも難しくなるだろう。これは予感ではなく、確信だった。
だがその割に殺気や敵意に乏しい気がする。緊張感に漲るアルフィリースたちとは別に、三位はするすると無防備に近づいてきた。
「目的のためなら、生贄や近親婚すら何とも思わない我々一族の中であなたは異色の存在だった。我々の圧力を受けてもまるで怯むことなく、その態度は一度も怖じず、自分の主張を貫き通した。あなたのことは目障りだったが、それでも認めていた者はいたんだよ。私もそうだ」
「そうとは知りませんでしたが」
「そりゃあそうだ。もしそんなことを口に出しでもしたら、必ず誰かに抹殺されている。特に、今の二位や四位のような奴にはね。私がまだ三位でよかった。二位はラ・ミリシャーが連れ出してくれたから。というか、そうするように促したのはあなたなんだろう?」
「ええ、まぁ。頼みはしましたが、まさかこれほど早く実行してくれるとは思いませんでしたが」
「おかげで間に合ったね。だけど次はないよ。次に会った時に私が生きているかどうかも怪しいしね」
「・・・まさか、病が?」
「ああ、もう死期が近いね。こう見えても半死半生さ。生きているのは絶えまない回復魔術のおかげだ、少しでも気を抜けば死んでしまう。まだそれほど多くには悟られていないけどね、もう戦闘は実質無理に近いだろう。真っ向勝負では、もう六位や七位とも良い勝負ができるかどうか」
「・・・そうとは知らず、私は」
グロースフェルドの謝罪の言葉を、三位は制した。
「いいんだよ。無理を言っていたのは私の方だ。だが今日の責任者が私でよかった。まだなんとか生きながらえていた甲斐もあったというものだ。そこの正面の出口も、外の世界と繋げておいた。他の位階者たちの防衛網も通り抜けて、一気に外まで行けるだろう。外に出てもしばらく追ってはかかるだろうから、影歩きは数日続けた方がいいだろう。ダルメシア河を超えるまではそ、少なくとも」
「なぜ、そこまで?」
「私があなたに惚れていたから、という答えでは駄目かな?」
突然の告白に、思わずグロースフェルドの思考が停止し、ぽかんとするのが見えた。いや、それはベッツやゼルドスも同様であった。ヴァルサスですら、咳払いをしていたのだ。よほど意外なことであったに違いない。平然としているのは、三位だけ。いや、どこか意地悪そうに、くっくと忍び笑いを堪えていた。
続く
次回投稿は、11/6(金)23:00です。