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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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黒の巫女、白の巫女、その31~ただ一つを求める者⑨~

***


 アルフィリースたちはグロースフェルドの誘導で、影歩きを行っていた。目の前の光景が次々と切り替わり、宮殿に出たかと思えば、次には暗転している。暗転した時には眼前には闇が広がるだけだが、手に持つ紐が光るのと、前を歩く者の背が見えるおかげでなんとか正気は保たれていた。もし紐と仲間の背がなければ、無音の闇は耐え難い苦痛になっただろう。

 影歩きを繰り返しながら、徐々に宮殿の出口が近くなっていた。わずかの進展に見えるが、正確な魔術の誘導がなければ一歩たりともあの出口に近づくことができないであろうことは、誰もが想像していた。ねっとりと絡みつく、粘液にまみれた人の手のような空気。夜の帳が下りたオリュンパスの宮殿は、その妖しさをいかんなく発揮していた。

 と、その時突如としてグロースフェルドが休憩を申し出た。


「ここいらで一息いれましょうか」

「え、こんな中途半端な場所で? 影歩きの真っ最中よ?」

「ご心配なく。陣地作成は得意だと言ったでしょう? 影歩きの最中でも、小休止を取るくらいできますよ。宮殿に出た時に、さすがに小休止を取るわけにはいきませんからね。

 そよれりも、魔術の心得のない面々はもう酔っているようだ。これでは襲われた時に使い物にならないでしょう。そちらの方が心配だ」


 グロースフェルドがもう一つ紐を取り出し、それを一同の周りに円状に放ると、その中の空気が和らいだ。闇の中に、仲間たちの無事な表情が浮かぶ。アルフィリースがそれぞれの顔を見ると、確かにニアやヤオを筆頭に、青白い顔をした者が何人もいた。

 それぞれが思い思いの場所に腰を下ろし、休憩を取る。既に半刻は経過しているので、道程も半分は過ぎているはず。


「順調・・・よね」

「ええ、順調すぎて不気味ですね」

「そうね」


 グロースフェルドとアルフィリースは順調なことを逆に訝しんだ。だがグロースフェルドの方には楽観する面もある。


「随分と余裕がありそうね?」

「いや、それほどでも。ラ・ミリシャーが今この宮殿内にいないことは知っていたので、多少余裕はありますがね。彼女はどうやら他にも大切なことがあるようだ。白の位階者を何人か連れて出て行くのを知っていなければ、このようなゆとりはありませんでしたよ」

「ああ、来客ってあなたたちのことだったの」

「まあ、そうです」


 いまいちはっきりしない言い方だったが、グロースフェルドはさらりと流して話を続けた。


「間もよかった。ラ・フォーゼはこの時期瞑想が欠かせません。彼女の目も、瞑想中だけは届かない。彼女の力は絶大だが、ゆえに不安定でもある。本来なら貴女に会えるような状態ではなかったはずだ。だがそれでも貴女に会った。その意味がわかりますか?」

「いえ、全く」

「それだけ貴女の存在は彼らにとっても大きなものです。白の位階者の中には、機会あれば貴女のことを消してしまいたい者もいるでしょう。いかにラ・フォーゼの賓客といえど、容赦しない者もいます。ゆえに私は貴女を逃がします」

「そこまで彼らに恨まれ、執着される理由がわからないわ。ねえ、一体私って何なの? 私のことを知っている人はそんなに多いの?」

「・・・言い伝えの一つですよ、このオリュンパスに伝わるね。オリュンパスの創始者ミーシャトレスの予言なのです。『黒き御子きたりて、世界を絶望に閉ざさん。その者は光にして闇である。創生者にして破壊者である。白き者が打ち勝つ時は、安寧の時代が訪れるであろう。黒き御子が導く時は、より混沌とした世界である』とね。そこにある白き者こそラ・フォーゼであり、黒き御子が――」

「私だと? 馬鹿げているわ」


 アルフィリースは呆れて物も言えなかった。だがグロースフェルドは、彼にしてはとても真面目な様子で語っていた。


「信じられないのも無理はありません、私も自分で言っていて信じられない。世に英雄と呼ばれる人間が存在するのは私も知っていますが、それでも一人の人間が歴史を変えてしまうほど影響を持つとは思えないのです。そもそも予言自体も曖昧ですしね。

 だがその予言を信じた者は大勢いる。現在のオリュンパスもそうでしょうし、昔からそうだ。それだけミーシャトレスは力のあった預言者でしたが、予言を妄信した者は預言者であったミーシャトレスその人をも追い出し、白き光を自分で作り出そうとした。それが、ラ・ミリシャーであり、ラ・フォーゼなのです。いえ、数えきれない白の一位たち全員がそうだった。いつが始まりだったのかは、もう誰も覚えてはいないでしょう」

「作り出した?」

「強い魔術士は血と、幼い頃の環境に依るところが多いのです。後天的な習熟は、それほど大勢に影響を及ぼさない。だから、彼らは強い魔術士を人工的に作り出そうとした。何年も、何年もかけて婚姻と修練を繰り返した。それは気の遠くなるような年月でした。中には、人としての人格を無視された白の一位も大勢いたでしょう。そしてオリュンパスはただ一つ求める者、ラ・ミリシャーという完成品を得た。

 彼女は完璧でした。魔術士としての能力もそうだが、知性も、美しさも備えていた。だがその先があった。それがラ・フォーゼという傑物。いえ、化け物なのかもしれません。理想の体現者が、さらに理想を超えた現実を求めて手に入れた何か。現時点で彼女の能力はまだ五割も完成していないと推測されています。なのに、既に白の一位になってしまった。単体ではもはや二位でも及ぶべくもない。彼女の完成をもって、オリュンパスは動くでしょう。この世にいずれ来る闇を打ち払うために」

「私を殺すってこと?」

「それを、ラ・ミリシャーは見極めようとしているのかと。オーランゼブルという協力者を得てね」

「!?」


 意外な言葉に、アルフィリースが驚愕した。そしてグロースフェルドは声を顰めたのだ。


「お気を付けなさい。オリュンパス、オーランゼブル、そして東の討魔協会は既に協力者です。それは直接的な協力関係ではないですが、彼らは互いに不干渉という約束を結んでいる。いずれその全てが、貴女の敵になる可能性があります。アルネリアという庇護下にある限りね。これは非常に不利です」

「アルネリアと魔術協会とは連携をしているはずよ?」

「だがしかし長たるテトラスティンは既に魔術協会を離れ、黒の魔術士の元にいます。彼がオーランゼブルの思想に同調したとは思いませんが、それでもその形が問題だ。これは十分に魔術協会にとって背信行為であり、まして彼の後釜に座ったのは、テトラスティンと長年対立していたフーミルネだ。アルネリアは孤立する可能性も十分にあるのです」

「なるほど・・・確かに」


 アルフィリースは考え込んだが、すぐに首を横に振った。


「だからといって、私たちがアルネリアの庇護下を離れるのはもっとまずい」

「その通りです。今アルネリアと縁が切れれば、それこそ一斉に押しつぶされる可能性もある。貴女としては、いずれ独立も考えているのでしょうけどね」

「わかる?」

「貴女という人物を以前見て確信しました。アルネリアとの蜜月に甘んじる性格ではないと。たとえ将来の最高教主、ミランダと親友であったとしても」

「そうね。友人だからこそ、対等でいたいという気持ちもあるわ」

「それでいいのでしょう。私も対等でいたいと思っていたのですが、私の場合はそうはならなかった」

「上手くいかなかったの?」

「いえ、自ら私は膝を折ったのです。それがどれだけ相手を孤独にするかも考えずに。私は嫉妬していたのでしょう。その心があった時点で、私たちは対等ではなかった。年経た私だからわかりますが、言い訳をさせてもらえれば、私はあの時若かった」

「取り返せないの?」

「多くの失敗は取り返せますが、私の場合はとても。魔法が使えるのなら、あの時に戻る魔法が使えるとよいのですが」

「時間遡行か。時を止める魔法はあるらしいけど、時を遡るのは誰も成しえていないわね。そんなことができれば、この世界の支配者になれるけど」

「この大地に支配者はいません。だからこそ争いが起こるのかもしれませんが、色々な可能性も生まれる。それを良しとしない連中もいますが」

「オリュンパスの目的は支配なの?」

「そう考えている連中もいるでしょう。でもそれは、どの国、どの組織も同じでは?」

「・・・そうかもね。私には、どうでもいい話だわ」


 アルフィリースはつまらなさそうにした。その表情を見れば、心底支配などどうでもよいと考えていることがわかる。グロースフェルドはその表情を、とても慈しむべきものだと思った。


「そんな貴女だから期待してしまう人もいるのでしょう。私も、その一人かもしれませんが」

「人の期待に応えられるほど、人間ができてはいないわ」

「それでいいのですよ。時間がやがて答えをくれます。さて、そろそろ時間ですね。先に進もうかと思いましたが、そうもいきませんか――?」


 グロースフェルドが見つめた先に、巨大な白い手が出現していた。



続く

次回投稿は、11/2(月)23:00です。

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