中原の戦火、その4~皇女誘拐~
そうこうするうちに隠れ家に着いた。郊外にある一軒家、元は貴族の保養所か何かだろう。逆に見つかりやすいのではないかと思うラインだったが、それは言わないでおいた。
とにかくこんなところまで来てしまった以上、自分も無関係ではいられないことはラインにも分かっていたが、何も知らないその他大勢でいることで、ある日突然一方的に被害を被るよりも、まだ騒動の渦中にいた方がマシだと思う性格だった。
「着いたぞ、降りろ」
「ああ」
「念のため言っておくが、逃げようなんて思うなよ」
「まあ逃げようなんて思っちゃいないがな。だがもし逃げた場合、俺にあれだけやられた分際で止められるのか?」
「何!?」
「飽きない連中だな・・・」
いがみ合うラインとラスティに、ダンススレイブが呆れている。ラスティはまだかなり若い騎士で、ラインよりもかなり年下だろう。なにせ、自分の主人が足を挫いていることすら忘れてしまっているのだから。
そんな様子にレイファンもため息をつき、諦めたように何とか1人で馬車から降りて歩こうとするが、それはやはり無理があった。あっ、という声と共にバランスを崩しかけるレイファンを、ひょいとラインが抱きかかえる。
「きゃあっ!」
「姫様に何をする!?」
「何って。お前が気が利かないから、俺が助け起こしたんだが」
「その汚い手を放せ!」
「ひでえ言い草だな。放したら姫様が落ちるぞ、ほれほれ」
腕の中でレイファンをほいほいと、まるで遊具のように扱うライン。失礼極まりない行為なのだが、あまりに失礼すぎて、お付きの騎士たちも全員どうしていいのかわからない。ダンススレイブだけは頭を抱えていたが、半分は面白がっているので止める様子もない。
「ならば絶対放すな!」
「放せって言ったり放すなって言ったり、忙しい奴だな。結局俺はレイファンをどうしたらいいんだ?」
「また呼び捨てに!」
「さっきから怒ってばっかりだな、お前。ちゃんと魚とミルク、採ってるか?」
「やかましい!」
顔を真っ赤にして怒るラスティを相手にするのは面倒くさいといわんばかりに、ラインはレイファンを抱えたまま、すたすたと隠れ家の方に歩き始めた。その様子を呆然と見守る他の騎士たち。ラインに抱きかかえられているレイファンは、顔を真っ赤にしている。
「あの、あの!」
「なんだぁ?」
「お、降ろしてください。恥ずかしくて・・・」
「1人で歩けるのか?」
「それは・・・無理です」
「じゃあ大人しくしてろ。んで、お前の部屋はどこだ?」
「そ、そんな。皇女の私室に男性を入れるなど! 恥を知りなさい!!」
「いや、俺は傭兵だからそんなの関係ねぇ」
「や、いやぁ・・・」
「諦めた方がいいだろう、皇女様。こいつは悪い男だから」
顔を真っ赤にして涙ぐむレイファンを見て、助け舟にもならない茶々をいれるダンススレイブ。ダンススレイブが抱えていけば万事うまく収まる気がするが、気付いていても提案しない彼女である。なんのかんのでこの状況を楽しんでいるダンススレイブが、一番タチが悪いかもしれない。
ラインの方はそんなことには関係なく、単純に自分が抱えた方が手っ取り早いというくらいの気持ちだった。気が利くのか、気が利かないのか。
結局そのままレイファンを部屋まで連れて行くと、ラインがそのまま足の手当てまでしてしまった。レイファンは何度も抗議したがラインは聞く耳持たず、侍女もおらず、一人で手当てもできないレイファンはされるがままだった。その様子を楽しそうにダンススレイブが見ていたのは、いまさら言うまでも無い。
「身の回りの世話をする侍女とかはいないのか?」
「・・・脱出には、女は足手まといと言われたので」
「じゃあ大変だろう。あんな気の利かない男連中ばかりじゃ、着る物もまともな物は準備してくれないだろうからな。女物の下着とか」
「! 破廉恥な!」
「やめ、やめろって。いてて」
レイファンがそのあたりの物を手当たり次第に投げつけてきたので、ラインは慌てて防戦したがそのうち1つがラインの顔面を直撃した。その様子を見てダンススレイブが笑っている。
「ぐわっ!」
「天罰覿面だな、ラインよ」
「俺のせいか?」
「他に誰がいるというんです!?」
レイファンが顔を真っ赤にし、頬を膨らませて怒っている。この表情にさすがのラインもまずいと思ったのか、部屋から一目散に退散する。
だが部屋から出た瞬間、ラインの顔が引き締まった。
「ダンサー、ちょっと頼まれてくれるか?」
「我の主人はラインだ。命令すればいいだろう」
「俺はそういうのは嫌いだ」
「・・・まあいい。で?」
「何とか理由をつけてここを抜け出し、町で竜の手配をしてきてほしい。明日には前線の様子を見に行きたい。それと、ギルドで帽子をかぶってパイプをくわえた白髪のオッサンにこれを渡してくれ」
ラインが何か動物の牙のようなものを取り出し、ダンススレイブに預ける。
「それはいいが、お前はどうする?」
「俺は他にやることがある。じゃあ頼んだぞ」
それだけ言うとラインは騎士達の方に歩いて行った。その後ダンススレイブはこっそりと隠れ家を抜け出し、用事を済ませることに成功した。だがダンススレイブが隠れ家に帰ると、どうも隠れ家が騒がしい。
「何だ? 何が起きている?」
どうやら火事のようだ。隠れ家で火事なと、隠れる意味も何もあったのもではない。だが今帰れば自分が抜け出したことがばれてしまうため、どうしようかとダンススレイブが木の陰で思案していると、後ろから肩を叩く存在がいる。
「ダンサー、こっちだ」
「ラインか。何をしている?」
ラインの手には大きな袋が抱きかかえられていた。だがどうやら人が入っているのか、もごもごと動いている。
「んー! んー!」
「おい、まさか・・・」
「ああ、王女をかどわかした」
「な、何をやってるんだお前は・・・」
さしものダンススレイブも頭痛を覚えた。剣である彼女に頭痛などという概念はないはずなのだが。それでもラインに従うのがダンススレイブの役目である。気を取り直してどうするかを聞くことにした。
「で、どうするんだ・・・」
「それよりちゃんとアレを渡したか?」
「ああ、それは問題ない」
「ならいい。それが渡ってなかったら、本当にただの誘拐犯だからな。いくぞ」
「どこへだ?」
「ついてくればわかる」
そしてラインは、ダンススレイブと共にレイファンを抱えて走り始めた。後には火事を消し止めようと必死になる騎士達の怒声が飛び交っていた。
***
「おう、爺さん。久しぶりだな」
「ほっほほ。久しぶりじゃな、ラインよ」
「あー、ホントにラインだぁ! 久しぶりぃ~。皆~、ラインが来たわよ~」
「えー、どこどこー?」
「キャー! ホントだ~」
「あ~ん、まさか遊びにきてくれたのぉ?」
ここは同じトリメドの娼館である。ダンススレイブがラインに頼まれて牙を手渡したのは、この娼館の経営主であり、この娼館の娼婦は全員がラインと顔馴染みであった。この娼館は昔堅気の娼館で、悪質な同業者に嫌がらせをされているところを昔ラインが助けたことがある。以来、ラインはここを好きに使ってよい事になっているのだ。
ライン達を出迎えたのは全員見目も艶やかな娼婦達であったが、ラインは愛想よく適当に返事をすると経営主である白髪の老人に近寄った。
「すまねぇな、遊ぶのはちょっと後だ。先に用事を済ませたい。爺さん、頼みごとがあるんだが引き受けてくれるか?」
「ほっほほ、お主の頼みを引き受けないことがあろうかね。遠慮なく何でも言うが良い。娼館を貸し切って遊ぶかの?」
「それもいいが、残念ながら結構真面目な話だ。俺とアンタだけで話したい。いいか?」
「よかろう。少し席をはずしなさい、お前たち」
「えー! つまんなーい」
「後でちゃんと顔だしてよね~ライン!」
「わかったわかった」
なんとか娼婦たちをなだめすかしながら外に出す。ダンススレイブと、娼婦長だけはその場に残したが、この場には4人と袋に入ったレイファンだけである。そしてその袋からレイファンを解放すると、ラインはいきなり本題に入った。
続く
次回投稿は1/16(日)12:00です。