黒の巫女、白の巫女、その30~ただ一つを求める者⑧~
「彼らも呼んでくれたのね」
「それはそうでしょう。ですが私が呼ぶまでもなく、脱出の算段を練っていたようですが」
「そうなの?」
アルフィリースの疑問に、タジボが答えた。
「そりゃあそうでしょう。こんな怪しいところ、一瞬たりともいられませんや。男たちは全員同じ意見でしたが、合流する手立てがない。そこにあんたらが来た。渡りに船とはこのことですね。ブラックホークの名前は、竜人たちの間ですら有名だ。たった数人で、別の里にいる蛇竜たち100体を追い散らしたでしょう?」
「100は大げさだな。せいぜい80だったよなぁ、ヴァルサス?」
「さぁ、いちいち数えてはいなかったが」
ゼルドスの問いかけにヴァルサスは首を振ったが、それだけで彼らの強さを確認するには十分だった。
そしてその場の全員が、誰が言うまでもなく即座に脱出へと意識を向けた。グロースフェルドが簡単に説明する。
「いいですか、これから私の影歩きで再度脱出します。おそらくは宮殿の外に出るまでに必要とされる影歩きは半刻近い。直線距離にして数十歩ですが、影歩きではとても遠いのです。また物理的に歩いたとしても、おそらくは永遠に出口にたどり着くことはないでしょう。ここはそういう場所です。
影歩きは精神的にとても疲労します。そして一度はぐれると回収する術がない。その点をよく心してついてきてください」
「途中で敵に見つかったら?」
「影歩きの最中にそんなことがありえるの?」
アルフィリースの疑問に。グロースフェルドは渋い表情になる。
「・・・ありえなくはないですね。白の位階者は普通の魔術士の常識を超越しています。彼らに見つかったらその時点で終わりでしょうが、基本的には逃げの一手ですね。誰かを犠牲にしてでも」
「神将だったら?」
「神将? ああ、あの毛皮の」
アルフィリースに思い浮かぶ二人の姿があった。グロースフェルドはやはりこの言葉にも首を振った。
「彼らとも戦わない方がいい。それぞれが相当の猛者だし、この面子でも勝てるとは限らない。彼らが時間稼ぎに徹し、その間に白の位階者に追いつかれたら結局は同じでしょう」
「つまり、逃げの一手しかないということか」
「そういうことです」
不満そうな顔をした者が何人かいたが、ベッツがいち早くその意見に賛同した。
「いいんじゃねぇのか、俺たちは傭兵だ。明日があってこそのものだねだろうよ」
「大陸最強の傭兵団の副長の言葉とも思えませんが」
「馬鹿野郎、副長なんざ嫌われてナンボなんだよ。誰もが熱する時、一様に同じ方向を向くときに一人だけ冷静な判断を下せるのが副長って存在だ。お前らんとこの副長もそうだろうが?」
「む・・・」
的を得ている意見だったので、リサも黙らざるを得なかった。そして彼らは動き始めたのである。
まずグロースフェルドが、使い魔を複数出現させた。精巧な妖精のような個体と、人型をしただけの粗雑な個体である。それらを相当数用意していたのだ。
「彼らに我々の振りをしてもらいます。まぁ陽動というやつですね」
「それはいいけど、すぐにばれるんじゃないのかしら?」
「まぁ数あるうちの我々にいきなり当たる可能性もあるわけですが、そこは私の腕の見せどころです。これでいかがでしょう?」
グロースフェルドが明けた隣の部屋に、所狭しと並ぶ使い魔たち。その数は、百では止まらなかっただろう。
「これは――」
「この数の使い魔を一度に? どれだけの魔力を内蔵しているの、あなた?」
「コツがあるのですよ。使い魔、陣地の作成は得意でしてね。それに複雑な命令を与えているわけではないので、それほど一つ一つに魔力も割きません。ではいきましょうか」
グロースフェルドに言われるがまま、彼らは動き始めていた。グロースフェルドが直に率いる以外に、同時に十数個の隊列が同時に出発する。それら全てが同時に影歩きを開始していた。
***
宮殿内の異常に敏感に反応したのは、白の位階者たちのほとんどが同時だった。もっとも、白の位階者たちも全てが宮殿内にいたわけではない。彼らの何人かはそれぞれの使命を帯びて、宮殿を後にしていた。むしろ、今回のように全員が一堂に会していること自体が珍しい。アルフィリースたちはある意味では運が悪く、またある意味では運が良かったとも言えるかもしれない。オリュンパスでも滅多に見ることのない光景を、最初の訪問で目にすることができたのだから。
残る白の位階者達は宮殿内の異変を感じ取ると、それぞれが念話を送り合った。
「(宮殿内で、大勢が影歩きをしているようですが)
「(誰が、という問いかけは無意味であろうな)」
「(左様。この宮殿内でこのような無粋な真似をするのは一人しかおらぬ)」
「(裏切り者のグロースフェルドか。役に立つと生かしておいてみれば、これだ。やはり信用ならぬ)」
「(では始末するか?)」
「(それができればとうにやっている。それに今回はヴァルサスもいる。奴を敵に回すのは今は避けたいところだ)」
「(それこそラ・フォーゼ様の意見を聞くべきでは?)」
「(今は瞑想中でいらっしゃる。あと一刻は目を覚まされない)」
「(グロースフェルドめ、それを知っているのか?)」
「(さて・・・だがどのみち方針を決めねばな。残っている中で誰が最高位だ?)」
「(・・・私だな)」
声の主は三位であった。静かで抑揚のない声がそれぞれの頭の中に響いていた。
「(奴らをどうするのか)」
「(・・・奴らが逃げ出したのは、世話役の九位、十位の失態。まずは二人が追うのが筋だろう)」
「(生死の有無は?)」
「(貴様たちは世話をやいた家畜が言うことを聞かぬからと、あっさり殺すのか? それでは雅に欠けるだろう。それにこの宮殿を血で汚すなどあってはならぬ)」
「(ごもっとも。では、神将を6人ほどお借りしてもよろしいですか。囮をいち早く暴きたい故)」
「(好きにするとよい)」
それだけ告げると三位は念話を切った。九位と十位は許可を得て、無言で動きを開始した。
続く
次回投稿は、10/31(土)23:00です。