黒の巫女、白の巫女、その27~ただ一つを求める者⑤~
アルフィリース達はそれぞれ男女に分けられて寝所まで案内された。一件狭く見えた宮殿も何らかの魔術で空間を捻じ曲げているのか、中はとても広かった。
アルフィリースたちは部屋まで案内されると、そこには自由に食べてよいと言われた料理が豪華に並んでいた。部屋の中には誰も人はいなかったが、どの料理も今作ったといわんばかりに湯気を上げて、涎をそそる。また別室には全員で入れるくらいの湯殿もあり、旅の疲れが癒せる造りになっていた。
「使い魔でよろしければ、肩などもお揉み出来ますが」
九位が指を鳴らすと、その場には木でできた使い魔が何体も出現した。彼らは揃って一礼すると、料理を取り分けたり、湯殿をせっせと整え始めていた。
複雑な命令を使い魔に与えることは非常に高等な魔術だが、九位は何の苦も無くやっているように見える。魔女たちはその様子に見惚れていたが、アルフィリースは油断なく、そして丁重にその申し出を断っていた。
「どうかお構いなく。早く休みたいから、あなたも休んで頂戴」
「ですがそれでは私の役目を放棄したことになります」
「いえ。何か言われたら私の方からちゃんと説明するわ。九位は私たちによくしてくれました、ってね。だから心配せずに下がって」
「・・・本当に何もできることはないと?」
「心遣いだけで十分よ」
アルフィリースの固い意志を見て取ったのか、白の九位は一礼して使い魔も取り下げ、その場を去っていった。その瞬間、アルフィリースがため息をついたのをリサは聞き逃さなかった。
「一安心、ですか」
「そうね。自分よりもはるかに力の強い者にかしずかれるのは、緊張するわ」
「とんだ化け物ですね、彼女」
「ライフレスが何人もいるような錯覚を受けたわ。とんでもない連中の集まりね、ここは」
アルフィリースが部屋の中の水差しからおもむろに水をこぼし、ラーナを促した。ラーナはその意図をすぐに理解し、魔術で何やら調べていた。
「なんだ、毒でも調べているのか?」
「そんな露骨な真似はしないでしょう。問題は、このもてなしに敵意があるかどうか。どう、ラーナ?」
「・・・なんとも言えません。明確な敵意ではない。さりとて朗らかな好意でもない。強いて言うなら・・・凶悪な好意といったところでしょうか」
「それは自分のことでしょう?」
「私のは純粋な愛です! ではなくて、アルフィリースそのものにもっと執着があるような・・・いえ、アルフィリースの存在そのものを憎悪しながらも愛しているような・・・」
ラーナがとんでもないことを言ったような気がしたが、何かぶつぶつと言い始めたその表情は思いのほか真剣で、誰もあえて何も言わなかった。
アルフィリースはため息をつくと、全員に言い含めた。
「この料理には一切手をつけないで。水も、湯もだめ。いいかしら?」
「どうしてそこまで?」
「危険だからに決まっているわ。明確な敵意ならいい、でも彼らの意図はまだ読めない。気づいたら彼らの意のままに操られている――そんな可能性を、私は一番恐れるの」
アルフィリースの言葉にはなぜか誰も反論する者はいなかった。彼らの感じる不安を、アルフィリースが明確に言葉にしたということだろう。
そして誰となく、持ち込んでいた食料と水にだけ手を付け、早々に全員が寝始めていた。なんのかんの、誰もが戦いの連続で疲れていたのだ。固い地面ではなく、柔らかい寝床で眠れるだけでも疲れが癒えるというものだった。そして深いはずの眠りで、アルフィリースは久しぶりに夢を見たのだ。
夢は明瞭だった。先ほどのオリュンパスの宮殿。それがそっくりそのまま再生された世界だった。アルフィリースは自分が深い眠りに入ったのを知っていたので、これが夢の世界だとすぐにわかった。そして夢の世界をしばらさまよっていると、そこにはラーナがぽつんと座っていたのだ。
「ラーナ、これはあなたかしら?」
「あ、アルフィ。確かにこれは私ですが、でもそれだけじゃなくて――」
「実は私がラーナさんにお願いしてここにお連れしたのです」
ラーナの後ろの柱からすっと現れたのは、どこかでみかけた長身の男。アルフィリースが記憶を辿ると、その男が誰だったかはすぐに思い出された。だが、名前は――
「えーっと・・・グロースフェルド、で合っているかしら? ヴァルサスと一緒にいたわよね?」
「覚えていただいて光栄ですよ、黒の御子。カンダートの砦以来ですか」
グロースフェルドは一つ礼をした。その長身と端正な顔立ち、そしてそれに見合わぬ下品な軽口には覚えがあった。ブラックホークの神官であることはわかっていたが、普通の神官ではないくらいは当然気付いていた。だがこの夢の世界を構成した段階で、これは神官ですらないのではと、アルフィリースもラーナも理解していた。
何より、纏う雰囲気が全然違っていた。いつぞやの下品な態度はなりを潜め、高貴な空気すら纏い、少し緊張しているように見えた。そして夢であるのに、周囲を気にしているのかどこか落ち着きを失くしていた。
続く
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