黒の巫女、白の巫女、その26~ただ一つを求める者④~
「不思議に感じたことはありませんか? お姉さまはただの農民の子のはず。村は何の変哲もない開拓農村の三世代目で、これ以上発展もせず、宿場として賑わうわけでもなく。中原にあって、魔術はおろか争いとも無縁。一族も代々ただの農民。そんな場所に生まれたお姉さまに、なぜ魔術の才能が備わっているのか。
魔術は一般的には血統によるもの。突発的な異端児というのは発生しますが、いかに突然変異とて、英雄王や百獣王と戦って生き残るまでには成長しない。英雄王は突然変異の個体ですが、早くから特殊な亜人の影響を受けたせいでそうなった。数奇な運命は、彼を只人として留め置くことを許しませんでした。
ですがお姉さまは精霊の声を聞くことはあっても、十歳のころまではただの農民として生活することができた。これはおかしな話です、歴史に例がない。そのことについて、誰かに指摘されたことは?」
「あ・・・」
アルフィリースには思い当る節があった。魔術の習得に関して、師であるアルドリュースは常々驚いていた節がある。言葉にこそしなかったが、魔術を使うたびに不思議そうな顔をしていたのだ。アルフィリースには比較する誰かがいなかったため大きな疑問に発展することはなかったが、旅をして、そして魔女であるラーナやミュスカデと話しあうにつれ、自分の魔術の使い方は異端だと気付いたのだ。
アルフィリースが考え込んだのを見て、ラ・フォーゼはさらに言葉を続けた。
「それに、周囲にいる者たちもまた異常。不遇の星の元に生まれた、騎士の中の騎士。英雄の母たる乙女、銀の継承者、次期真竜の族長、獣王候補・・・他にもあなたの元には英雄となる可能性を持つ者たちが、星のごとく集まっている。これを運命と言わずしてなんと言いますか。私たちは大いなる運命の手のひらの上で、常に踊り続ける存在にしかすぎないと言うのに、お姉さまはそれすら覆す力を手に入れつつある。そんなことは通常、起こりえません。
だから私たちは――彼岸の一族は願ったのです。運命に沿って生きるのではなく、人の力で運命に抗ってみせると。そのための、私の存在」
「――どんな犠牲を払ったとしても?」
アルフィリースの言葉に、ラ・フォーゼがはっとした。そして次に諦めともつかぬ、愉しみとも取れぬ、なんとも複雑な表情で彼女は微笑み返した。
「ええ、どんな犠牲を払ったとしても」
「そう――ラ・フォーゼと言ったかしら? 私はね、どんな犠牲をも自分からは払いたくない。なぜなら、生きているだけで常に何かを私たちは支払い続けているもの。その上自ら何かを切り捨てるなんて、信じられないわ。だから私は何も諦めない。この言葉、おかしいかしら?」
「・・・ええ、とっても可笑しいです。運命の代行者たるお姉さまからそんな言葉が聞けるなんて。でも、それこそがアルドリュースの狙いだったのかしら。とても――とても面白いわ!」
ラ・フォーゼが声に出して笑ったことを、白の位階者たちはぎょっとした目で見ていた。感情の起伏はこの者達にはあまり見られないと思っていたが、その最たる白の一位ならば、本来我欲や感情など一切持たぬのかもしれない。
だが今は――アルフィリースには、ラ・フォーゼがただの年相応の女の子に見えていた。ラ・フォーゼの笑い声が響く中、五位の場所にある台座に人が現れていた。
「遅れてしまったようじゃの」
「お母さま!」
ラ・フォーゼが母と呼んだ五位は、確かにラ・フォーゼにそっくりだった。その美しさを成熟させればこうなるだろうと思わせる、完成された美の持ち主。ただ美しいがゆえに現実離れしているその存在はさらに希薄になり、いつそこから泡のように消えてもおかしくないと感じさえする。
ラ・ミリシャーはアルフィリースをちらりと見ると、その瞳には一瞬憎しみの火がともったようにも見えたが、すぐに何の感情も感じられなくなった。そしてため息をつくと、ラ・フォーゼを窘める様に叱責した。
「白の一位、いかに全権が貴女にあるとはいえ、黒の御子を我々の聖域に招くとは賛成しかねます。なぜ勝手にそのような行動に出られたのか」
「母――いえ、五位。そなたは私に命令するつもりかえ?」
公の場だからなのか、二人は教会内の役目に戻ったようだった。ぴり、とその場に緊張感が走るが、意見を述べたのは四位であった。
「教主、確かに此度の訪問は我々も何も聞かされておりません。私個人としても興味のある人間ではありますが、呼び入れるのはいささかやりすぎかと。
ですが五位、それはあなたも同じ。なぜあのような客人を、再び我らが領域に招いたのか」
「む、それは奴が勝手に入ってきたのであって」
「ならばすぐに追い出せばよろしい」
「奴が追い出されるようなタマか? 何度追い出しても、蛸のように隙間を見つけてはにょろりと入りよるわ」
「かつての良人を、蛸呼ばわりはないんじゃないの?」
三位がくすくすと嘲笑の笑みを上げたので、五位はきっと睨んだ。
「三位、無礼であろ!」
「無礼もくそもないわよ。あなたが教主だったのはかつての話。もう私よりもが力が劣るのだから、ちゃんと言うことは聞いてもらわないと。ああ、やっとこれで憎たらしいあなたに冗句の一つも言えるわね」
「くっ、だがしかし・・・」
「教主」
乾いた声が二位から響いた。その声にその場の全員がびくりとしてざわめきが止まる。一位であるラ・フォーゼでさえ、その存在には警戒心を抱いているようだった。
「面倒」
「・・・そうね。話し合いはここまでにしましょう。お姉さま、見苦しいところを見せました」
「別に」
「今日はゆるりと休まれて、明日の朝にでもまた話ましょう」
「私の方は話すことはないわ。それよりも、私は早く帰りたい。明日の朝には発ちたいのだけど?」
アルフィリースのその言葉に、ラ・フォーゼは無言で微笑んだだけだった。
「オーランゼブルのこともあります。話しておいた方がよさそうなことが沢山ありますので」
「ちょっと、私は」
「九位、十位。彼らをそれぞれの寝所までお送りして」
ラ・フォーゼが事実上の閉会を宣言すると、椅子は地面に消えていき、アルフィリースたちは無言の圧力の中、部屋を退出させられた。アルフィリースは睨むでもなくじっとラ・フォーゼとラ・ミリシャーを見たが、何もあえて問いかけるようなことはしなかった。彼らの使う魔術にもオリュンパスにも興味はあったが、白の位階の者質と会話すること自体が、あまり好ましくないと思えたのだ。
ただ一つ感じたのは、もし白の位階ではなかったのなら。ラ・フォーゼとラ・ミリシャーはそれほど悪い人間であるような気はしなかったのだ。
続く
次回投稿は、10/23(金)10:00です。