黒の巫女、白の巫女、その25~ただ一つを求める者③~
アルフィリースは感じていた。この門は一つの運命になると。門の向こうから感じられる圧倒的な存在感。この門の向こうにいる存在とは、きっと生涯を通して関わることになる予感があった。
だがアルフィリースが門に手を差し伸べようとすると、門はひとりでに開いてみせた。まるで、運命が待ってはくれないことを教えるかのように。
門の向こうには、静かな世界が広がっていた。がらんとした空間に、人が乗るくらいの広さのある丸く低い台座が何本か立っているだけの世界。それは手前から徐々に高くなってゆき、一番高い物でもアルフィリースの背丈より少し高いくらいだった。
その台座の上には、白い人々が一人ずつ座っている。そしてアルフィリースを案内した九位と十位が一番手前の柱に座ることで、アルフィリースは理解した。これは位階の順。奥に行くほど位が高いことを示していると。
そしてアルフィリースの正面、最も高い台座の上と奥から五つ目の台座だけが空だった。アルフィリースたちが全員その広間に入ると扉が自動的に閉まり、静寂が訪れた。そして奥から四番目、おそらくは四位であろう人物がその場から立ち上がると、高らかに宣言したのだった。
「白の一位、ラ・フォーゼ様がおなりになる。全員、祝福を」
その言葉と共に、何もなかった空間に突如として様々な形の装飾が出現した。砂で描かれたであろう華やかな絵画、先ほどの庭で見たような美しい彫刻の群れ、そしてこれもまた様々な金属で造られた、式獣と思われる動く獣。あっという間に広間は豪奢な部屋へと変わっていた。
これら全てが魔術で編まれたと理解できると、アルフィリースたちは背筋が凍る思いだった。これは明らかに現存する魔術の常識を超えているからだ。
理論上はできないわけではない。だがあまりに精巧すぎて、人間の扱える領域を超えていた。外で見た宝石の彫像に魔術を通す訓練。あれを極めて行けばこうなるのかもしれないが、これだけの魔術を使用するには、術式を処理する頭脳がついていかないはずだ。使用するだけで脳が焼き切れて発狂するような魔術を、この場にいる者たちは大した詠唱や手による刻印もなしに、呼吸をするように容易く扱うその事実。
金の五位の言ったことがよくわかる。確かに白の位階は人間を辞めた、何か恐ろしい者の集団だと。
そして装飾が広がりを止めた頃、一番高い台座の上に蜃気楼が出現するように少女が現れた。年のころは12、13歳だろうか。白一色に包まれたその女の子は、アルフィリースを認識すると、心底楽しそうに笑いかけた。
「初めまして、黒のお姉さま。オリュンパス教会最高教主、白の一位ラ・フォーゼと申します。白の五位、母ラ・ミリシャーは所用で外しておりますが、まずはおめもじ叶いまして光栄ですわ」
「黒のお姉さまかどうかは知らないけど、アルフィリースよ。ただの傭兵だわ。歓迎をしてくれているのかもしれないけど、あまり感謝はできないわね。無理矢理ここに連れてくるなんて、優雅さに欠けると思わない?」
「確かにおっしゃる通りです。ですが、これもまた運命。本当はもっと時節を選んでからお会いしたかったのですが、時計の針は思ったよりも早く進んでいるようです。時が満ちておらずとも、私たちが会っておく必要があると思いました」
「よくわからないことを言う子ね。何でも知ったような口をきく子は好きではないわ」
「ふふ、焦っていらっしゃる?」
ラ・フォーゼはくすりと笑った。その笑みにアルフィリースはぞくりとしたが、ここで退く気もなかった。この相手には、何があろうと退いてはいけない。興味を失くされればもっと困難な事態が待っている。アルフィリースはそう直感していた。
「焦る必要もないでしょう。だけど、見上げ続けるのは首が疲れるわ。同じ高さに降りてきてくれないかしら? それとも人を見下すのが好きなの?」
「見下す――というよりは、当然そうすべきだと思っていますが。でもお姉さまに言われては仕方がないですね」
ラ・フォーゼが手のひらを下にすると、それぞれの台座が低くなり、ほぼアルフィリースと同じ高さの目線になった。そしてアルフィリースが突然足をかくりと突き動かされたと思ったら、そこにはアルフィリースが丁度座るのに心地よい程度の椅子が地面から出現していた。同様に仲間たちも椅子に座らされようとしたが、ルナティカとレイヤーだけは異常を察してその場から飛びのいた。だが彼らもまた足を地面についた先で、強制的に椅子に座らされる羽目になったのである。
そしてラ・フォーゼは、まるで空気が動くかの如く、アルフィリースに目の前に台座ごと移動してきたのである。
「これでよろしいですか? 座り心地は悪くないはずですが」
「・・・結構よ。それで、私に何の用かしら?」
「まずはお会いすること自体が一つの目的。お顔をもっとよくお見せになって?」
ラ・フォーゼがまじまじとアルフィリースを眺めていた。その瞳はただ黒いだけでなく日食のように美しく、逆にそれがアルフィリースには恐ろしかった。力ある魔術士の瞳はそれだけで力を持ち、油断すれば精神を乗っ取られかねない。視線を合わせるというのは、それだけで魔術士とって戦いなのだ。
幸いにしてラ・フォーゼに敵意はないようだが、アルフィリースは警戒を解いていなかった。そのアルフィリースの緊張した様子を見て、ラ・フォーゼはくすりと笑った。
「そう気色ばらないで、お姉さま。私にその気はありませんわ」
「どうだか」
「安心して、『まだ』その気ではないということです。機は熟していない。まだ自分の存在意義さえ知らない今のお姉さまでは、赤子の手をひねるよりも簡単に壊せますもの。でもそれはこちらも望むことではありませんの」
「私の存在意義?」
「ええ、でも薄々は何かを感じているはず。その意味を知っているのは、私たちとオーランゼブル、そして亡きミーシャトレスとアルドリュースだけ。ああ、もう一人知っているかもしれませんね。あなたがユグドラシルと呼ぶ、かの魔法使い。いえ、本当に魔法使いなのかしら――?」
「ちょっと待って、私の師匠が・・・なんですって?」
アルフィリースは身を乗り出して聞こうとしたが、それは椅子によって妨げられた。いつの間にか、椅子から飛び出た鎖がアルフィリースの手首を固定していたからだ。何の予兆もなかったことに、アルフィリースははっとする。
目の前ではラ・フォーゼが悪戯っぽく笑っていた。
続く
次回投稿は、10/21(水)10:00です。