黒の巫女、白の巫女、その24~ただ一つを求める者②~
道幅は時に足の幅と同じくらいにしかならない時もあり、風の一つでも吹けば落下しかねない恐怖を体感しながら、それは杞憂に終わった。この地上を見下ろす光景や吹く風すら幻影のはず。足が踏みしめる大地の感触以外、何一つ確かなものはないのだろうとアルフィリースたちは言い聞かせながら進んでいた。
光景は次々に変わる。巨人ですら開けることができないだろうほどの巨大な門を通り、突如として現れた砂浜と海を右手に見ながら、溶岩の流れる河を渡った。そうしていくつもの虚構を乗り越えた先に、突如として目の前に宮殿が出現した。本能で誰もが察すした。これは幻想のようでいて、間違いなく本物だと。
だがこれまで美しかった光景に反して、宮殿はごく質素なものだった。華やかな装飾もなければ、凝った細工も見られない。大きさも宮殿と呼ぶには小さく、三階建ての、せいぜい召使も合わせて数十人程度が暮らすのが精いっぱいという有様だった。居住だけを目的にした建物ならばそれも納得ではある。
一つただの建物と違うところがあるとすれば、周囲から魔力が流れ込む造りになっていることくらいか。魔術士の工房は多くがそのような場所を好み意匠を凝らすが、この建物も同じのようだ。
金の五位はその建物の正面に立つと、くるりとアルフィリースたちに振り向いた。
「私の案内はここまでです。しかし見直しました」
「何が?」
アルフィリースが聞き返したのがよほどおかしかったのか、金の五位はくすりと笑っていた。
「私はわざと長い路を歩きました。それも、普通よりもかなり速く、危ない路を歩いたのです。なのに間違えもはぐれもせず、ちゃんと私についてきた。これだけでもかなりの素質があることがうかがい知れる」
「試していたの?」
「そうです」
悪びれもせずそう告げた金の五位に、アルフィリースは不快感を露わにした。だが金の五位はアルフィリースが不満を言う前に、憐れむような表情で言ったのだ。
「まあこれだけ素質があるのなら、そうそう白の方々にも塗りつぶされはしないでしょう。どうかあなた方の行く手に幸あれ」
「何のこと?」
「会えばわかります。ここは化け物の巣窟。魔術を極めんとするあまり、その余計な全てを取り払った、狂気の結晶。そのひと欠片たる私が言えた義理ではありませんが、正直白の位階に進むことは恐ろしい。私はまだ人間でいたい、この位階にあってそう強く思うようになりました」
「ちょっと待ちなさい、どういう――」
「お待ちしておりました」
アルフィリースの背後から突然声がかかる。と、同時に金の五位は霧のように姿を消した。アルフィリースは背後を振り返れないでいる。すぐ背後には、リサがいるはずである。その間に、人が割って入ることなど無理なはずなのに。
アルフィリースは飛びのきながら振り返った。そこには、色はおろか髪や衣装までもが純白の男性が立っていたのだ。男の表情は優しかった。いや、端正な顔立ちにそう感じただけかもしれない。それよりも純白の顔に浮かぶ黒い瞳があまりに印象的すぎて、まるで闇夜に浮かぶ白い月の夜空を逆にしたようだった。白い月が美しいと吸い込まれるような気分になるが、底なし沼のを連想させる黒い瞳は、絶対に沈んではいけないと本能が告げていた。だが、あまりに印象的な姿に目が離せないのだ。
白の男は告げた。
「白の十位と申します。そこな九位と共に、ここでの貴女様方のお世話を務めさせていただきます。どうか御見知りおきを」
白の十位が示した先に、浮かぶように白の九位と呼ばれる女性が現れた。その現れ方があまりに唐突で、また姿も正装なのだろうが白一色では折り紙のように見えないでもなく、まるで紙芝居でも見ているかのように現実感がなかった。
さらに現実離れしているのは、彼らからあふれる魔力の量。まるで決壊寸前の堰の前に立たされているような気分になり、誰もが落ち着かない気分になった。この二人を世話役として生活するなど、冗談ではないと魔女たちですら思う。
そんな青ざめるアルフィリースたちをよそに、無表情で白の男女は先に進むように促した。宮殿の中はがらんとして無機質だったが、調度品は上品なものが揃えられており、主は決して趣味が悪いわけではないと感じられた。ただ時折見かける奉公人らしき者たちはその誰もが白一色であり、いかに恭しく頭を下げられようが、顔を上げた時に見える黒の瞳がこちらを誘っているかのようで、いかにも恐ろし気であった。
アルフィリースは意を決して白の男女に尋ねた。
「全員が髪も服も白だわ。何かの儀式なの?」
「おっしゃる通りです。ここは一族の中でも選ばれた者が住まう場所」
「生まれつき素養を持った者だけが、住むことを許されます。そうでなければ、所詮は金の位階どまり。オリュンパスといえど、ほとんど者はこの宮殿に立ち入ることを許可されません。先の金の五位もそう。ここに入れるのは神将の一部と、金の一位が用のある時のみ入ることができるのです」
「随分と差別主義ね?」
「外の基準に照らし合わせればそうでしょう。ですがこうして我々は血を守ってきました」
「何のために?」
「会えばわかります。白の一位、ラ・フォーゼ様に」
男女が突然道を左右に開けると、そこにはいつの間にか門が出現していた。
続く
次回投稿は、10/19(月)10:00です。