黒の巫女、白の巫女、その23~ただ一つを求める者①~
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「着きました」
アルフィリースたちが転移を終えて目を開くと、そこは白と水が支配する空間だった。合意もなく半ば強制的に転移をさせられたせいで転移酔いのような眩暈を覚える一行だったが、ただ転移のせいだけではなかった。目の前に光景に、全員が圧倒されてしまったのだ。
それはこれ以上ないほど贅沢と細工を凝らした庭園だった。何段もに分かれた噴水から水が絶え間なく流れ落ちているのに、音はほとんど聞こえないほど工夫された穏やかな庭園。静寂の中流れる美しい光景に、多くの仲間たちが圧倒されていた。
そして緑もこのうえなく豊かである。庭園の周囲には木々が豊穣ともいえるほど実をつけ、その実り様で競っているかのようである。陽は豊かに降り注ぎ、その日差しを反射する木もあった。眼を凝らせば、それは様々な色の水晶や瑪瑙、琥珀でできた木々であった。木一本で一つの財産にもなるだろう。これだけの庭園を用意するのに、国が傾きかねないだけの財が動くだろう。思わず傭兵たちは唸ったが、アルフィリースと魔女、そしてリサはいち早くこの庭園の異常に気付いていた。
紺の三位が意味ありげに笑みを浮かべながら問いかけた。
「美しいでしょう?」
「ええ、美しいわ。でも、とっても歪」
「なぜそう思われますか?」
「生き物が一切いないわ。鳥や獣はおろか、羽虫の一匹さえいない。これは全部人工物ね。それもおそらく、魔術で循環させている」
「さすが。ご名答でいらっしゃいます」
紺の三位は仰々しくお辞儀をして見せたが、アルフィリースは不快感しか覚えなかった。
「謙遜も過ぎれば嫌味だわ。この場所は庭園なんかじゃない。おそらくは魔術の修練場。こんな方法があるとは驚きだっただけど、大流を循環させることでこの庭を維持している。同じところに違えなく、絶え間なく魔術を通すことでこの庭の機能を維持する。おそらく魔術が乱れれば、水の流れは滞り、あっという間にあふれだすのでしょうね。それに水晶の木は崩れ落ち、各所の松明は消え果る。優しい風も荒れ狂うのでしょう。
同じ魔術の通し方を体感で学びながら、徐々に循環を推し進めることで魔力の総量を上げる。よくできた訓練方法だわ。ただ多人数でやるのには不向きではなくて? 魔力の通し方なんて、それこそ個人差があるのだから。どれほど美しい庭でも、ちょっと間違えばあっという間に崩壊するわ」
「おっしゃる通りです、炯眼恐れ入ります。ですがそれこそがオリュンパスの求道であり、方法論なのです。我々は同じ魔力の使い方を求め、そして代を重ねて魔力を強くしてきました。魔術とは継承するもの。ならば使い方に多様性があるよりも、一つの道を究めるべし。そうして我々は強くなっていったのです。
一つの魔力しか使えぬ者は我々の中にはおりません。多くの者が多系統の魔術に秀で、その魔力の総量や実績に応じ、地位が与えられます。紺の三位とは、そのうちの一つ」
「ちなみに、上からどのくらいなのかしら?」
「上に、白、金、銀、赤銅、深青、明緑とございます。紺はその次です」
「位は?」
「それぞれに、十位」
「・・・嘘だろう?」
思わずミュスカデが驚嘆した。それは小さな声だったが、悲鳴にも近い叫びだった。なぜなら、ミュスカデは小流の総量なら魔女の中でもかなり上の方だと自負している。先代爆炎の魔女は小流の量なら魔女の中でも五指に入っていたし、自分もその師と比べてそれほど遜色ないと師自身が認めていたのだ。そして今感じる紺の三位と、ミュスカデの魔力は同じくらいである。なのに、その上に60人以上もいるとは、いったいどういうことなのか。
だが紺の三位は誇るでもなく続けた。
「それぞれの位階にわずかしか差がない場合もございます。ですが、色の階級が上がるには、厳しい審査がございます。特に上位三色は別格。白の十位と金の一位では雲泥の差があります」
「ふん、信じられんね」
「では、この庭を白の一位が一人で動かしている――と言ったら、どのくらいの力量かご想像できますか?」
「なんだって?」
ミュスカデはわが耳を疑ったが、そんなミュスカデの言葉に応えることなく、紺の三位はアルフィリースたちを案内して先に進み始めた。いつの間にか神将と呼ばれた二人はいなくなり、紺の三位の足音だけがこの庭園に響いていた。
そして庭園が終わると、今度は突如として視界が開けた。アルフィリースたちは、いつの間にか遙か空高い宮殿にいたのである。遥か下に、ようやく大地が霞んで見えるほどの高さ。足場は人一人がようやく歩ける程度の細さの道が縦横無尽に張り巡らせてある。目もくらむ高さに、思わず何人かがたじろいだ。
だがここでもアルフィリースが一喝する。
「幻覚ね?」
「そうです」
「我々を怖がらせるのが目的なら、随分と陳腐な仕掛けだと言わざるを得ないわ」
「だがしかし、ここで永久に彷徨うとなれば話は別でしょう。正しい順路を知らないと、永久にこの空中庭園を彷徨うはめになります。元は外敵を撃退するための罠の一つですから」
「なるほど、それは恐いわ」
「私の役目はここまでです。ここから先はより高位の者が案内するでしょう。それではこれにて」
紺の三位はすっとお辞儀をすると、その場を去っていった。残されたアルフィリースたちはしばしその場に立ち竦んでいたが、待てども待てども迎えは一向に現れない。
「誰も来ませんね。忘れられましたか?」
「まさか。そこのあなた、さっさと出てきたらどう?」
「ふふふ、ばれていましたか」
何もない空間からすっと一人の女性が現れた。これもまた紺の三位のように透き通った肌だったが、さらに皮膚が薄く、血管や肉まで薄れて見えるのかと思ってしまうほどだった。
また、先ほどの紺の三位が紺の腕輪をしていたのに対し、こちらは金の首飾りをしていた。アルフィリースは思うがままに指摘した。
「金の位階の人かしら」
「紺の三位から聞きましたか。お察しの通り、金の五位にございます。どうかお見知りおきを」
「案内役を見知りおく必要があるのかしら?」
アルフィリースはあえて挑発をしたのだが、金の五位はさらりと受け流した。
「しばしの逗留の間、私めがお世話役を仰せつかっております。それなりに顔を突き合わせる機会も多いかと。見知りおいて損はありませんよ?」
「そう。位階があがるとおしゃべりになるのかしら?」
「そういうわけでは――ただ、白の人たちはまるで必要のないことをしゃべりませんので。私くらいおしゃべりな方が、お世話役として適切でしょうね。
では参りましょうか。ああ、私の後ろを正確についてきてください。道を一つ間違えると、魔術の回廊にはまって非常に面倒なことになります。どうかよしなに」
金の五位はそれだけ告げると、アルフィリース達の同意を待たずにさっさと歩き始めていた。アルフィリースたちも慌ててそれに続く。
続く
次回投稿は、10/17(土)10:00です。