黒の巫女、白の巫女、その22~火の山⑮~
***
そして火竜の里では、既に多くの火竜が骸を曝していた。火竜たちのブレスに里は熱気を帯び、空気が澱みがちな谷あいだった里は、さながら熱した窯の中のような高温に包まれていた。
攻め寄せた蛇竜たちもさしもの高温に辟易し、里の入り口で風が熱気を押し流すまで様子を伺っている。火竜たちは大勢が悪いと見るやこのような手段を取り、自分たちに有利な戦場、もしくは脱出を試みたのだが、既に残りは族長であるウンブラただ一人となっていた。
火竜たちの誤算は、この熱気が及ぼす蒸気のせいで視界が遮られたこと。そして相手が火竜の鱗を一撃で裂くだけの力量を持っていたこと。突如として現れた相手に油断があったとはいえ、火竜たちはまともに応戦もする暇もなく、次々と倒れていった。
幻身したウンブラだけはある程度渡り合うことが可能だったが、ウンブラが久しぶりの人型での戦闘を慣らす相手としては少々強すぎた。ウンブラが勘を取り戻す前に、ウンブラは大きな傷を負ってしまったのだ。ろくに立つこともままならなくなったウンブラは、幻身を解く暇すらないことを察した。目の前には、この熱気すらものともしない男が剣を構えていたからだ。
蛇竜たちの助勢もあるにはあったが、結論、この男一人にやられたようなものだった。ブレスを吐きかけた仲間の喉を斬り裂き、飛び散る血と炎に巻き込まれながら突撃してくる様は、勇猛な火竜たちすら畏れさせるに十分であった。ウンブラは死を予感しながら、思わず問いかけていた。
「人間の青年よ、名を聞こう」
「――リディル。人は勇者と呼ぶ」
「確かに勇猛ではあるな。だが本当にお前は人間か? 我々の炎に巻き込まれながら、お前に体に火傷一つないとはどういうことだ?」
「邪悪な者の攻撃など、私には効かない。邪悪な者は、全て滅ぶべし。貴様たちも、俺の剣の前に倒れる宿命。せめて苦しまないよう、一息に殺してやる」
リディルの言い方に何か歪んだものを感じずにはいないウンブラだったが、それを指摘するだけの気力はもうなかった。
「我々の討伐を誰に頼まれた?」
「平和を愛する仲間に。そして我が師匠に」
「そうか、なら何も言うまい」
ウンブラがの前にしたリディルが、突然爆風に巻き込まれて壁に叩きつけられた。さらにウンブラの吐いた火球がリディルを襲い、業火に彼を包んでいた。幻身した人型で火竜の時と変わらぬ力を発揮できる、年経たウンブラ特有の戦い方だ。
だがウンブラが次の攻撃を繰り出そうとした瞬間、リディルが目にもとまらぬ速さで突進し、ウンブラの心臓を一突きにしていた。ウンブラの驚愕に開かれた目には、高熱で皮膚が溶けかけたリディルが、瞬く間に再生していく姿が映っていた。
その再生能力は魔術を使ったとしても、明らかに人間ではありえない。だがその瞳はウンブラのことを間違いなく邪悪な者だと信じ切っている目であり、ウンブラは思わず皮肉めいた笑みを浮かべずにはいられなかった。
「・・・どちらが邪悪なのかな」
「貴様に決まっている」
リディルが柄に力を入れると、一瞬でウンブラの体を八つ裂きにした。ウンブラは最後の言葉を告げる暇もなく絶命し、後には火竜の無残な死体が横たわるだけだった。
そこに青銅竜の一団を引き連れたグンツが登場したのだ。
「よう、終わったかい?」
「我が盟友グンツ。無事だったか」
心底安心、信頼した表情でリディルが握手をしてきた。グンツがちょっと躊躇いがちにその握手に応じたが、その内心では「気持ち悪ィ」と感じずにはいられなかった。いくらアノーマリーとオーランゼブルが魔術を駆使して洗脳を施したとはいえ、この扱いにグンツは慣れていなかった。
だが調子を合わせなければ、リディルがどんな暴走をするかわからない。一瞬先にはどうなるかわからない暴君を前に、グンツの笑顔は自然と引きつっていた。
「どうかしたか?」
「なんもねぇよ。それより、討ち漏らしはないだろうな?」
「もちろんだ。この里の火竜は残らず斬った」
「残らず、ね」
リディルは信じる正義を元に戦ったのだろうが、グンツはむしろ全員を殺さぬように心掛けていた。復讐に燃える相手をからかうのは楽しいし、何よりそのようにドゥーム、ひいいてはオーランゼブルに命令されていたからだ。
なぜわざわざこのような連中まで刺激するのかドゥームに聞いてみたが、その方が面白そうだから、としか彼は言わなかった。面白いのなら、それでグンツにも理由は十分だったのだが。
だがリディルと組む以上相手の全滅は必至だったのだが、偶然にも火竜二体を逃がすことに成功した。
「普段の行いがよいから――いや、悪いからだろうな」
「何か言ったか?」
「何でもねぇよ。それより次の目標は?」
「まずは蛇竜と青銅竜を拠点に移そう。使える者は使う。そして岩石竜、沼竜、火竜ときたからな。次は風竜だな」
「また竜かよぉ? 別嬪竜とかいねぇのか?」
「なんだ、女が恋しいのか?」
「そりゃあそうだ! まともな女を最近見てねえ――いや、さっき極上の美人を見たが、逃しちまったからな」
「それは惜しいことをしたな」
「お前は美人は嫌いなのか?」
「いや、俺も――」
美人は嫌いではない、と言おうとして、リディルは違和感に気付いた。頭の中に残る、美しい人の顔。だがこれが誰なのか、まるで思い出せない。同時に何人かの男の顔が浮かぶ。それらの顔を見て、突如として訳の分からぬ殺意が湧いたが、その理由がわからなかった。
ぶんぶんと頭を振るリディルを見て、グンツがその肩に手を置いた。
「まあ暇になったらターラムにでも繰り出そうや。あそこには極上の美人が何人もいるからよ」
「・・・ああ、そうだな。いずれそうしよう」
「おお、勇者様の割に話せるねぇ。ならさっさと次にいくか。とりあえず今回の目標はあと一つ、二つだろ?」
「予定ではな」
そうして二人は火竜の死骸と、異様な高温が包む地獄のような場所を悠然と歩いて去っていくのだった。
続く
次回投稿は、10/15(木)10:00です。