黒の巫女、白の巫女、その21~火の山⑭~
「お礼を言うべきかしら?」
「別に必要ないでしょう。もしあそこで戦闘が止まらなければ、私が戦ったまですから」
「そう。私はアルフィリース。あなたの名前は?」
「『紺の三位』とお呼びください」
奇妙な名前にアルフィリースは首を傾げた。その様子を見て、紺の三位は付け加えた。
「オリュンパスでは力ある者は自動的に役職を与えられます。それぞれの力に応じた役職を。そこでは個人の名前は意味なきものとなり、役職で呼ばれるようになるのです。名前を呼ぶことを許されるのは、死んだ時だけなのです」
「それって、あまり良い習慣には思えないわ」
「ですがしかし、その風習はもう千年も続いています。それは一つの我らの宿願のため」
「宿願?」
「人によっては、悲願かもしれませんね。ですが、今それは私の口から語るべきではないでしょう。それを語るべき御方には、これから会っていただきます。それこそがこの度私が出向いた目的ですから」
そう紺の三位が告げるとアルフィリースたちを含んだ地面には、転移の魔法陣が浮かんでいた。有無を言わさず、アルフィリースたちを転移させるつもりなのだろう。アルフィリースが動こうとした瞬間、いつの間にか隣にいた神将たちがアルフィリースに剣を向けていた。
「何のつもり!?」
「おそらくは抵抗されるであろうから、無理にでも連れてこいと言われました。そのための神将二人。なんなら腕の一本くらいとっても構わぬと」
「冗談じゃないわ! 誰なの、その無茶なことを言った人は?」
「――ああ、そうですね。一つだけ例外があります。名を名乗ることが許された人が、一人だけいます。我々の教主、『白の一位』ラ・フォーゼ様が」
それだけ告げると、紺の三位は魔法陣を強制的に発動させ、アルフィリースたちを連れ去った。
***
アルフィリースたちが消えた後、その場には二人の人物が残された。ぺルンとスヴァルである。彼らは紺の三位の転移魔法陣が起動する瞬間、そこから抜け出すことに成功していた。誰もいなくなった場所で二人は目を合わせた。
「まさかオリュンパスが出てくるとはな」
「我々の争いになど、無関心だとばかり思っていたが」
「目当ては我々ではないのさ。アルフィリースだろうよ」
「どうするんだ、兄者」
ぺルンは予想外の展開に不安そうな顔をしたが、スヴァルはいたって冷静だった。
「別にどうもしないさ、予定の通りだ。我々は他の火竜の里へ応援を求めに行く。彼女にはタジボが付いている。あれは呆けたように見えて我々の中では最も鋭い男だ。きっとアルフィリースを守るだろう」
「そうだな。あいつがいれば連絡も取れるだろう。俺たちは里を助けることに専念――」
「里がまだ残ってりゃあいいけどなぁ」
耳障りで嫌味たっぷりな声が二人に聞こえた。いつの間にか、グンツが戻ってきていたのだ。いや、最初から彼は身を隠してこの様子を伺っていたに違いない。
ただでさえ不快な男の不快な言葉に、ぺルンが声を荒立てた。
「どういう意味だ!」
「どうもこうも、そのままの意味だよぉ。青銅竜たちは俺が指揮している。なら、蛇竜は? なんで俺がこんな蒸し暑い場所に、むさ苦しい男どもを仲間にするために来たと思う?」
「・・・まさか」
スヴァルが最悪の予想をした瞬間、里の方から上空に向けて大きな火球が打ち上げられるのが見えた。空中で四散するその火球は、里が落ちたことを示す合図であった。
グンツがそれを知っているわけではないが、竜人たちの表情を見ればそれが何を意味するかは明らかであった。
「落ちたなぁ。まぁ俺は俺で楽しめたからいいけどよ」
「・・・そんな馬鹿な! あそこには幻夢の実を使った親父がいるんだぞ! 蛇竜ごときに落とされるはずがない! 兄者、すぐにでも戻って――」
「ならん!」
スヴァルがぺルンを一喝した。その唇は、噛み締めることで血が流れていた。
「里が落ちたのならなおのこと、我々は生きて救援を呼ぶ必要がある。他の火竜にも危機を知らせねばならん。それからでも仇討ちは遅くない」
「いやー、遅いと思うけどなぁ? 俺たちは目標を果たしたから、これで引き上げるしよ」
グンツの言葉にぺルンがとびかかりかけたが、すんでのところで自制した。グンツが両手を広げてからかうような仕草をする。
「ほっ? なんだ、やらねぇのか。まぁ俺としても野郎と戯れる気はねぇからな。それに意外と損害が出ちまった。もうお前たちとやり合ってもいいことがねぇ」
「二つほど聞きたい。青銅竜にも長がいたろう。どうした?」
「俺が青銅竜を率いていることが、答えにゃならねぇか? 紫石竜とかの長よりゃ面倒じゃなかったよ。やつらは堅物すぎて話し合いすらできなかったがな」
「――なるほど。ではもう一つ。ただからかうためだけに俺たちの前に現れたのではあるまい。何の用だ」
「野郎は嫌いだが、賢い奴は話が早くて嫌いじゃない。俺は火種を作るのが仕事だ。意味がわかるか?」
スヴァルとぺルンは返答に窮した。そんな二人を見てグンツは面倒になったようだ。
「わかんなきゃいいさ。最後にヒントだけやるよ。竜族には竜族の親交ってのものがあるだろう? 火竜だけじゃなくてよ、他の連中だよ」
「・・・? おい、まさか」
「そのまさかだ。もうここだけじゃないんだよ――後は自分で調べてみるんだな」
「貴様!」
ぺルンが槍を投げつけたが、それをひらりと躱してグンツは姿を消した。そしてグンツが消えたことで、青銅竜たちの気配が一切ないことに二人は気付く。青銅竜がここから撤退する時間を、まんまと稼がれたのだ。
だが気になるのはグンツの言葉。どこまで本当かはわからないが、仮にすべて本当だとしたら――
「調べる必要があるな。それも性急に」
「ああ。俺達の里だけの問題じゃないかもな。既に紫石竜たちは全滅したとみるべきか」
「行こう。俺は北、お前は南。情報を集めて、翌月終わりに一度集まる。いいか」
「ああ、俺たち火竜を敵に回したこと、必ず後悔させてやる。里がここだけと思うなよ」
スヴァルとぺルンは固く誓い合うと、その場を足早に後にした。
続く
次回投稿は、10/13(火)10:00です。