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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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中原の戦火、その3~クルムスの皇女~


***


 そしてラインは今、馬車の上である。事情を知ってしまったことでラインはその場を離れるわけにもいかなくなり、とりあえずレイファン達に同行することにした。


「まっさか女だったとはな」

「ああ、我も驚いた。まあまだ女としての特徴も出ない年頃だろうから、男だと言われても何の不思議も無いがな」

「まあな」

「騙したようですみません・・・」

「姫が謝る必要など!」


 男――どうやらレイファンの護衛でラスティと名乗ったが、彼が必死でレイファンの弁護をしようとするのを、ラインは白々しい目で眺めていた。

 馬車に揺られる間、ラインがレイファンやラスティから聞いた話によると、どうやら事情はこうだ。


 クルムスの世継ぎは三人。リヴァル第一王子、ウェイン第二王子が死ぬと間もなく王は心労から倒れ、ムスター第三王子が実権を握ったのだが、どうやらもう一人皇女がいたらしい。王が歳をとってから妾に出来た皇女のなので、王位継承ともほぼ無縁として、今まではほとんど表舞台には出ずに自由に育てられていたようだ。

 だが無能とされていたムスターが実権を握ったことで、焦った貴族達も多い。貴族や宮廷の役人はムスターにろくな敬意も払ってこなかった者が多かった。案の定ムスターが実権を握ると宮廷では粛清の嵐が吹き荒れ、嵐をかろうじてやりすごした貴族たちは反抗のために密かに動き始めた。ムスターをこのまま王にしてはなるものかと考えたのだ。

 もしムスターがいなくなれば、クルムスでは現国王の兄弟や姻戚関係の男児の王位継承権が優先される。だが証拠こそないものの、また第一王子、第二王子の死亡はムスターが仕組んだと考える人間が宮廷内にはほとんどで、彼らはムスターの粛清を恐れ王位継承権を破棄した。

 そのため本来は王位継承の位をもたないレイファンを担ぎ出し、王位継承権が付与されると主張した。年端もいかないレイファンに王位を継がせた後、彼女を裏から操ってやろうという魂胆なのだろうと、ラインは考える。レイファンを担ぎ出して成功すればよし、失敗すればレイファンに責任をなすりつけて逃げるつもりなのだろうと、ラインは反吐が出る思いだった。

 しかしムスターは全員が思っているよりもさらに抜け目がなく、レイファンにしっかりと見張りをつけていた。そしてレイファンの誘拐を目論んだのだが、ラインとダンススレイブの活躍もあってすんでのところで未遂に終わった、と。

 誘拐未遂自体は既に何度も起こっており、今回は4回目になるそうだ。最初は首都セイムリッドにいた時に、レイファンが軟禁状態にあることを危惧した宮廷の貴族により保養地に逃されたのだが、そこから何度も怪しい連中に襲われるようになった。今回は難民に紛れてトリメドまでたどり着いたが、またしても居場所がばれたらしい。ラインとしては内通者の存在を疑っているのだが、それは全員がわかっていることであろうし、今ここでは伏せておいた。

 ここまではラインが思うによくあるお家騒動の話だったのだが、腑に落ちない点がある。


「そんなにムスターってのは準備がいい人物なのか? 聞いた話じゃ、稀に見る愚物だって話だが。おっと、アンタの兄貴を悪く言うようですまんがな」

「いえ、お気になさらず」


 レイファンが少し複雑な顔をするが、すました表情は崩さない。だが答えにくいレイファンの代わりに、ラスティが説明した。


「愚物かどうかはさておき、確かにムスター王子はこんなに手の込んだことができる人間ではなかった。少なくとも我々の知る限りではな。ところがある日から、まるで人が変わったように様々な事を行い始めた」

「で、そのほとんどが国のためにならないことだと」

「恥ずかしい話だが、その通りだ」


 ラスティはきまりが悪そうに言った。レイファンも落ち込んでいるが、ラインにとっては知ったことではないのか、一瞥すらくれず話を進める。


「具体的に証拠はあるのか? 誘拐ないしは暗殺の証拠があれば、王に申し出て、ムスターから王位継承権の剥奪ってこともありえるだろ?」

「証拠はない。先ほど貴公が生かして捕えた者から、何か聞き出せればと思うのだが」

「そういや一人だけ生かしていたな。だがどうかな。多分奴らは暗殺ギルドの者だ。口は固いし、本当に知らない可能性が高い。だが状況証拠だけでも、王に進言すればいいんじゃないのか?」

「それが・・・王の姿をもう何ヶ月も誰も見ていないのだ」

「何だと?」


 さすがのラインも驚いた。王は単純に病床で伏せっているとばかり思っていたからだ。


「なら今のクルムスは・・・」

「ああ、ムスター王子の私物に近い。反抗する者は粛清し、残った武官の大半を連れザムウェドとの戦争に赴いてはいるが、こちらにも王子の手下が沢山残っているようだ。王の寝所には見たこともないような兵士が詰めており、御典医以外は近づけん。いつあのような者達を配下にしたのか・・・また御典医の話では王は無事のようだが、思ったよりも病状が重いらしくてな」

「それは無事とは言わんぜ、体のいい軟禁だ。その典医とやらも、抱きこまれているんじゃねぇのか」

「そうかもな。我々もなんとか王を助けたいのだが、王子直筆の勅令書があるため寝所に近づけん。許可なく近づけば切り捨てることもためらわんそうだ。これに対抗するには王直々の勅令がいるのだが」

「王様が軟禁状態じゃな。しかし、そこまで第三王子が手回しのいい人間だとはな」


 ラインがむすっとして腕を組んでいる。別に彼としてはクルムスなどどうでもよかったのだが、徐々に事情が変わってきていた。おかしな動きをする貴族が数人いるだけで、国を揺るがす大事件に発展しかねないことがある。ラインが以前身をもって知ったことである。ましてや王子が乱心となると、それは国家崩壊の危機となる。

 国家が崩壊してもラインとは縁もゆかりもない話なのだが、クルムスは少し事情が違っていた。


 クルムスは獣人の国と隣接する国家であり、よくいえば防衛線の役目を果たしている。クルムスの西にザムウェド、南でトラガスロン、東でクライア、北でフルグンドに接しており、4カ国の緩衝地帯として成立した国家である。

 元々は多数の有力者が争う戦争地帯だったが、周囲の4カ国が正式に国家として成立すると、このままでは滅びを待つばかりとして、当時最も力があったランカスター家を中心に、クルムスが国家として機能したのが100年と少し前。

 ランカスター家は最も西に領地を持っており、獣人とは比較的良好な関係を築いていたため、国家としてもザムウェドが真っ先に承認したくらいである。そのためザムウェドとクルムスは隣接しながらも小競り合いすらほとんど起きておらず、クルムス領を占領して獣人と戦争になるよりはと、他の3ヶ国もクルムスを緩衝地帯として睨みあいを続けていた。実際に南のトラガスロンとザムウェドの仲は険悪で、しょっちゅう戦争状態になっているのだ。その度にクルムスが仲裁役を買って出ていた。

 もしこのクルムスが崩壊するとなると、間違いなくクルムス領地を巡って戦争が起きる。トラガスロンとザムウェドの仲裁をする国もなくなるし、クライアは元々盗賊が作った国とされており、油断も隙もない国家だ。またフルグンドも、裕福なトリメドを領地にしたくてしょうがないのは周知の事実である。


「下手すりゃ大戦争になるな・・・」


 ぽつりとラインが呟いたことがレイファンにも聞こえたらしく、びくりと身を震わせた。ダンススレイブが気が利かない男だといわんばかりの目でラインを睨むが、ラインは自分の思考に没頭しており気が付いていなかった。

 だがしばらくしてラインは考えがまとまったのか、ずけずけとレイファンに質問を始めた。


「いくつか聞きたいことがあるんだが。さっき俺を殺そうとした詫び代わりにでも、答えてくれるか?」

「・・・どうぞ」

「クルムスが保有する戦力は、総数でどのくらいだ?」

「そんな国家の機密を、傭兵ごときに教えられるわけはないだろう!」

「いいのです、ラスティ」


 激昂するラスティを制止し、レイファンが答える。ラインはラスティなど気にも留めていない。


「首都に常駐する兵士が4万、クルムス5公爵家がそれぞれ保有する兵力が2万ずつの総計10万、国境警備には首都から派遣している兵士が、4方合計でだいたい4万。後は街道警備や予備兵役の者が3万以上はいるとして、かき集めれば20万はいるのではと」

「そのうちザムウェドと戦争をしている兵力は?」

「首都からすぐ動かせる兵士のみを連れて行ったと聞きました。その数がだいたい2万で、国境警備の兵士と合わせておよそ3万の兵士で戦争をしているのかと」

「・・・正気の沙汰じゃねぇな」

「どういうことです?」


 レイファンは戦争にどうやら疎いらしい。もっとも、10歳少しの女の子が戦争に詳しいというのも悲しい話だと、さすがのラインも思うのだが。


「いいか、レイファン」

「貴様、姫に向かって呼び捨てとはなんたる・・・」

「外野はすっこめ」

「なんだと!?」

「お黙りなさいラスティ。・・・ラインさん、続けて」


 席をがたりと立ちかけるラスティだが、レイファンに制止され、すごすごと座った。


「ああ。獣人と人間が平野で戦争するなら、だいたい倍の兵力が必要だって言われる。ザムウェドは領土のほとんどが平野だし、だからこそあの国は黎明期を生き残った。戦争をするのに有利だからだ。それに、ザムウェドがトラガスロンとの国境に配置している警備兵の総数を知ってるか?」

「いえ」

「俺も聞いた話なんだが、だいたい5万はいるんだそうだ。残りのザムウェドの周囲は獣人の国家ばかりで、同族意識が強いからほとんど人数を割かなくていいからな。主にトラガスロンだけを警戒してればいいって寸法だ。

 それに、トラガスロンはザムウェドとの戦争のたびに10万は兵士を集めるらしいからな。クルムス方面は、その関係が良好だとして、半分くらいの人数しか国境に配備されてないとしても・・・」

「2万5千。つまり戦争をすれば負ける、と?」

「それが一般的な見方なわけだが、勝ってるんだろ?」

「はい。私が1カ月前にセイムリッドを脱出する直前に聞いた話だと、ザムウェドの国境警備兵を打ち破ったとの報告がありました」


 ラインはまた考え込んだ。どうも納得がいかない。軍隊という者は率いる将が誰かで機能が大幅に変わる。もちろんムスターが凄まじく優れているとの可能性もあるが、だとしても今まで実戦経験が無い者が率いて、兵士の士気が上がるものなのか。また自分が鍛えた軍隊なら動かすのもたやすいだろうが、他人が鍛えた軍隊なら自分用に馴らすまでにも時間がかかる。

 だが聞いた話では王子は実権を握るやいなや、ザムウェドに進行している。もっともザムウェドとは王子が実権を握る前から戦争状態になっており、それを誰が指示したかということが一番の問題ではないかと思うのだ。

 まだある。クルムスは緩衝地帯とはいえ長らく平和で、兵士もそれほど熟練しておらず、精強でもない。それが獣人と戦って勝つなど考えられない。獣人との戦争に、傭兵として参加したことのあるラインだからわかる。獣人を前にして戦うのは、戦慣れしたラインでさえ恐怖を感じたのだ。職業軍人ならともかく、農民から徴兵されたような国境警備兵でどうして戦争などできようか。


「これは詳しく調べる必要があるな」


 ラインは密かに決意を固めていた。



続く


次回投稿は1/15(土)12:00です。


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