黒の巫女、白の巫女、その19~火の山⑫~
「いいじゃねぇの、これ! 竜のブレスにも耐えるしよぉ、まーた強くなっちまったじゃねぇか、俺。ゴキゲンだぜ!」
「それはあなたの強さではないでしょう?」
「いーや、もう俺のものだね! 今度は火竜の皮膚でも移植してもらうかなぁ?」
グンツの狂気の瞳が火竜たちを捕える。正気を失ったように血走った眼をしながら、彼の指揮官としての能力は確かだった。何せ青銅竜を完全に使役して、手足のように操っているのだ。アルフィリースたちがかなりの危機に立たされたのは間違いなかった。
そしてじりじりと彼らが迫る危機を感じ取ったか、あるいは同族の血に反応したのか。イルマタルが突如として吠えたのである。
「ァアアアアア!」
「な、なんだ!?」
グンツも思わずびくりとしたが、イルマタルの咆哮がそのグンツを射抜いていた。その口調は普段アルフィリースに甘える時とうって変わり、真竜らしく威厳に満ちていた。
「お前、竜の皮膚を剥ぐだと? 何様のつもりだ!」
「そ、そんなの決まってらあ。俺はグンツ様――」
「人でも魔でもない者、消えろっ!」
思わず声が上ずったグンツめがけて、イルマタルが突如としてブレスを吐いた。姿は幻身した人間のまま、その口から放たれたとは思えないほどの大火球がグンツに襲い掛かる。グンツもこれには肝をつぶし、ほうほうの体で逃げ出していた。そしてグンツの背後にいた青銅竜たちこの火球に巻き込まれると、悲鳴を上げる暇すらなく一瞬で骨ごと蒸発するほどの威力。
思わず誰もが火球の行く末とその通り過ぎた後を見送ったが、いち早くアルフィリースが我に返り、動き出していた。
「いけない!」
「これは――」
「あっ!」
次に反応したのはクローゼス、そして魔女たち。魔術に疎い者は反応の使用もなかったが、アルフィリースが風の障壁を作ったのと、火球が遠方で炸裂したのは同時だった。
そして直後衝撃波と熱風が到達し、岩陰にいなかった青銅竜たちはその熱気と衝撃に焼け焦げながら、人形のように吹き飛ばされていった。
「わぁああああっ!」
「なんて威力だ!」
「ライフレスの魔法ほどじゃないにしても――」
何の詠唱も溜めもなくこの威力だとすると恐ろしい。それに急増の防御魔術で防ぎきれる威力のものでもない。
「まずい、魔術が」
「突破される!」
「大丈夫!」
イルマタルが再度息を大きく吸い込んでいる。アルフィリース達は反射的に頭を下げたが、今度はイルマタルが風のブレスを吐いたのだ。
衝撃波とイルマタルのブレスに挟まれた青銅竜たちはひとたまりもない。受け身すら取れず、圧倒的な風の暴力によって彼らは岩肌に叩きつけられ、あるいは空高く舞い上げられ、多くの者が無残に命を落とした。グンツは青銅竜たちを盾にしながらかろうじて生き延びたが、生き残った青銅竜は半分にも満たなかった。
そして風が収まり一気に周囲の煙が晴れ渡ると、その惨状を明らかにした。アルフィリースたちが立っていた場所以外は熱波が駆け抜け、岩肌を溶かしたようにその光景を変化させてしまっていた。生き残った青銅竜たちが、おそるおそる頭を上げて自分が生きていることを確認していた。
「・・・ぷはっ!」
グンツは青銅竜たちの死体の下で生きていた。焦げて炭化した死体を押しのけると体を起こし、周囲の状況を確認する。
「・・・なんだよ、こりゃあ。無茶苦茶じゃねぇか」
さしものグンツもしばし呆然としたが、狂気に呑まれた彼にとって、惨禍とは普段生きるべき光景である。
「・・・ははっ、こりゃあすげぇや。お前の体の一部を使ったら、火竜なんかより余程上等な力が得られそうだなぁ?」
なおも残虐な光を失わないグンツの眼がイルマタルを捕える。今度はイルマタルがびくりと怯えた反応をしたが、あらためて彼らの間に緊張感が走る。だがイルマタルにとびかかろうとしたグンツは、思わぬ第三者によって叩き落とされた。
グンツを打ち落としたのは、剣を携えた猟師風の若い男。簡素な服になんだか種類のわからぬ猛獣の毛皮。そして装身具は剣一本と、首に巻いた数珠のようなものだけだった。
続く
次回投稿は、10/9(金)11:00です。




