黒の巫女、白の巫女、その18~火の山⑪~
「姑息な真似をするなら、卑怯な手ごと燃やし尽くせばいい。所詮はたいした力を持たぬ青銅竜の姑息な術。我々の全てを焼き溶かす炎の敵ではない」
「へえー、言うじゃねぇか。お前ら、舐められっぱなしでいいのかよ?」
グンツの挑発に応えるように、青銅竜の何体かが幻身を解き、竜の姿へと戻っていく。その間にもスヴァルは容赦なく、彼らへと業火を向けた。青銅竜の何体かが炎に巻き込まれ、炎を振り払おうともがいたが、無駄な行為だった。スヴァルの炎はそれ自身が意志を持つかのように、一度まとわりついた相手を決して放そうとはしなかった。
だがスヴァルの炎をかいくぐって竜の姿へと戻った青銅竜たちは、一斉にブレスを吐きかけた。鉄をも腐らせる腐食のブレスも、鋼鉄以上の堅牢を誇るスヴァルの体にはほとんど効かない。むしろ炎で腐食のブレスを清めるかのように、スヴァルの業火が再度周囲を焼き払った。
「圧倒的ではないですか、火竜は」
「当然だ。俺たちの一族は火竜の中でも最も強靭な竜の集落だ。その気になれば青銅竜ごとき問題にはしないさ。四つの氏族が共存しているのは、俺たちが積極的な戦いをしないように心掛けているからと言っても過言じゃない」
ぺルンが誇らしげに語ったが、その目は決して油断していなかった。なぜなら、あれだけの数がいたにもかかわらず、炎に呑まれた青銅竜はそれほどいない。それにむやみに反撃するのではなく、じっと機を伺っているように見える。今までにない青銅竜の行動に、違和感を覚えているのはぺルンもタジボも同じだった。
その不安を煽るように、炎の向こうからグンツの声が響いてきた。
「確かにお前らは強いなぁ。だがな、こちとら雑魚を率いて戦うのは慣れっこなんだよ。俺の傭兵団はどいつもこいつもクソばっかりでよ、鍛錬なんぞそっちのけだったからなぁ。だがそんな馬鹿でクズの連中でも使いようだ。蟻にたかられて死ぬ巨獣を見たことあるか? 俺はあるぜぇ」
グンツの言葉の終わりと同時に、多方向からスヴァルに向けてブレスが吐きかけられた。スヴァルは苛立ちながらそのうちの一つを選んでブレスを吐き返したが、青銅竜たちはすぐに移動をしたのか、思ったほど手ごたえがない。そして次にはまた別の方向からブレスが吐きかけられる、そしてスヴァルが反撃する。その繰り返しを行う内に、周囲はブレスのぶつかり合いで蒸気のような煙に囲まれ、視界が明らかに悪くなってきた。
「しまった――これでは敵が見えん」
「これを狙ってたのか?」
「でしょうね。気を付けてください、周囲に次々と青銅竜たちが群がってきています。伏せ勢がいたようです。およそ百体以上に囲まれていますよ」
「ジリ貧ね。この場所を離れないと」
「そうはいくかよ」
スヴァルが吐いた炎がまだ燃え盛る場所から、突如としてグンツが斬りこんできた。剣を力任せに叩きつけるようにスヴァルに突き立てたが、その剣は中ほどからあっけなく折れてしまった。当然と言えば当然の結果で、グンツの剣は世に普及している通常の剣なのだから。竜の皮膚を傷つけられるような上等な代物ではない。
「げっ・・・なーんてな」
グンツはためらいなく折れた剣を放り捨てると、青銅竜のブレスが複数回直撃している場所を選んで右腕を振り払った。グンツの右腕が振り下ろされるその瞬間、腕が急激に膨らんだが、誰も止める暇などなかった。
スヴァルの皮膚から赤い鮮血が花のように散った。グンツに突然出現した鋭い爪は、火竜の皮膚を斬り裂くことに成功したのである。
「はっはぁ! 使えるじゃねぇか、この右腕!」
「なっ、なんだあの人間は!」
「あの右腕は――」
「ファランクスのものとそっくりだわ!」
アルフィリースの言った通り、グンツの右腕は炎獣ファランクスのものだった。ファランクスの死後、残った体はアノーマリーに回収され、そのうち右腕はグンツに与えられたのだ。魔王を作製する研究をしていたアノーマリーにとって、人間の右腕を別の生き物と挿げ替えることはさほど難しいことではない。ただそれが生着するかどうか――特に移植された側が無事であるかどうかは、その個体の素養と組織同士の相性による。果たしてグンツとファランクスの相性はそれほどよくなかったが、グンツは拒絶反応を乗り越えるだけの精神力を有していた。ただ元のように動けるようになるためには、かなりの時間と鍛練を要していたことは彼しか知らない。
必要のない時は人間の腕のように偽装できるのは、明らかにグンツの精神力が並以上であるからだとアノーマリーも以前認めていたのである。グンツも自分の新しい腕を使ってみて、その使い心地に満足していた。
続く
次回投稿は、10/7(水)11:00です。