黒の巫女、白の巫女、その17~火の山⑩~
その後すぐにアルフィリースたちは出発することになった。見送りは他の火竜たちも巣穴から出てきて見送る時、彼らの顔はルージュの顛末を聞いたことで晴れやかですらあった。スヴァルは、集落そのものから憑き物が落ちたようだとぼそりと呟いていた。
そしてアルフィリースたちは青銅竜の集落に向けて、歩みを早める。青銅竜とは鉱石でできた体を持つ竜の一種で、体色から青銅竜と呼ばれるだけで、彼らの体が本当に青銅に覆われているわけではない。そういった意味では紫石竜と同じなのだが、違いといえば使用するブレスの種類。青銅竜が腐食のブレスを使うのに対し、紫石竜は幻覚を見せるブレスを使用する。何より穏やかな気性の紫石竜に対して、青銅竜は残酷な気性の持ち主が多かった。
ちなみに蛇竜は幻身時に下半身が蛇のような姿となる習性があり、翼を持つが飛べないことからそのように呼ばれるようになった。性は邪悪で知能も低い個体が多く、どちらかといえば竜よりも爬虫類に近い生態の持ち主だった。同じく残虐な青銅竜ですら、同族に列してほしくないという始末。だが個体数は多く、種族としては戦闘力が高いことに違いはなかった。
そのようなことを話しながら、アルフィリースたちが歩くこと二刻。既に太陽は天高く、周囲の木々がおどろおどろしく変形している土地に入ると、そこでスヴァルが突然手を上げて全員に隠れるように指示した。
「ここから青銅竜の領域だ。個々から先で見つかれば、問答無用に攻撃される。それが協定だ」
「なるほど、ここから慎重に進む必要があるのね」
「だが奴らは雑な性格だからな。通常であれば警戒網など敷いていないし、人間の集落へ出る道と奴らの生活圏は一致しないから、余程運が悪くない限り出会いはしない」
「では、今は相当運がないと考えた方がよさそうですか?」
リサの指さす方向に、ちらりと青銅竜の竜人たちが見えた。彼らは首が少々長く、リザード族と呼ばれる種族に近しい姿をしていた。ただ青銅竜の方がややほっそりとしていて、鈍色に光る体色を持ち合わせている。そして眼光の鋭さは、知性の低いリザード族にはない鋭さだった。
その青銅竜たちが5人、きちんと隊列を組んで巡回をしているのだ。彼らとは距離が離れていたが、どんな反応をするかわからない。彼らが過ぎ去り姿が見えなくなるまで、アルフィリースたちは息を潜めていた。姿が見えなくなり、しばらくしてリサが大丈夫と言う身振りをしてから、アルフィリースが難色を示した。
「・・・青銅竜は粗雑な生き物じゃなかったのかしら? 今の巡回の仕方は、どこかの精鋭部隊のようだったわ」
「俺達も驚いている。今のような行動を見たことは一度もない。戦いの時ですら、力と数任せの突貫しかしてこないのにな」
「なんかありましたね、こりゃあ。さっさと抜けた方がよさそうだ。もちろん、最大限に警戒しながらね」
「おいおい、そんなつれないこと言うなよぉ。遊んでいこうぜ?」
アルフィリース達の背後、大岩の上から突然声が投げかけられる。調子のよさそうな声に、ねっとりと絡みつく不快感。アルフィリースはこの声に覚えがあった。クライアとヴィーゼルの戦争の際に森で戦った、不快極まりない傭兵の男だ。
「あなたは確か・・・」
「グンツだ。おぼえときな、黒髪のねぇちゃん」
グンツはそこまで醜男というわけではない。だがその笑いは大きな不快感をアルフィリースたちに及ぼした。人の悪意や内面はやがてその表に現れる。グンツの何が醜いわけではなく、その存在そのものが醜いのだとアルフィリースは感じた。その感想は口をついて言葉になっていた。
「あなたは存在そのものが真っ黒だわ」
「はっ、言うねぇ! 褒め言葉だけどなぁ」
グンツは岩の上で立ち上がると、左手をすっと上げた。すると、無言のまま青銅竜たちが一斉に現れたのである。アルフィリース達は高所を取られた上、囲まれる形になっていた。
「いつの間に――」
「俺のお友達を紹介するぜぇ。槍にからむ蛇あらため、槍に絡む竜ってところか。こいつらは便利だなぁ、それぞれが岩に擬態してセンサーから身を守りやがる。知らなかったのか?」
「ちっ、姑息な真似を」
ぺルンが毒づいたが、時は既に遅かった。アルフィリースたちは圧倒的に不利な状況に置かれていたのだ。
その中で行動がいち早かったのはスヴァル。彼の体はみるみる内に大きくなると、火竜本来の姿を取り戻していた。体表は燃えるような赤となり、吐く息は近くにいるだけで焼け爛れそうな高温となった。
続く
次回投稿は、10/5(月)11:00です。