黒の巫女、白の巫女、その15~火の山⑧~
「さて、まずはこのブローム火山を取り巻く状況から説明しましょうか。ブローム火山は活火山でしてね、一定周期で大きく火を噴く厄介な山です。この火山が本格的に噴火した時に放置すると、大変な被害が周囲に出ます。それはもちろん、人間の生活に限ったことじゃなく、ね。そのため有事に備えて、この土地の周りには我々のような土地の守り人ともいえる種族が住んでいますが、この土地ではたまたまそれが全て竜族でしてね」
「さっき話に出てきた?」
「そう、火竜、蛇竜、青銅竜、紫石竜の四種族です」
タジボは地面に図を描き始めた。ブローム火山を中心に、四つの種族が描かれている。
「南が我々火竜の棲家。西に青銅竜、東に蛇竜、北に紫石竜の領域。ちなみに普段はどの種族も交流はほとんどないですが、強いて言うなら紫石竜とは良好な関係を築いています。ちなみに青銅竜、蛇竜は非常に好戦的な種族で、我々とも諍いをしょっちゅう起こすような連中です。まあ火竜の方が圧倒的に強いし、引き際はどちらも心得ているんで、大したことにはならんのですが。
ちなみに、人里に最も近い道があるのは青銅竜の領域ですね。普段はこっそり案内してあげられるんですが――」
「緊張が高まっている今の状態ではそういうわけにもいかない、と?」
「おっしゃる通り」
アルフィリースの指摘にタジボが頷く。
「どうして今回のような争いが起きたのか、理由はわかりません。我々は互いに友好的とはいえないまでも、無関心を貫いてきました。ところがここひと月程度の間に、本格的な戦端が何度か開かれた。適度に痛めつけてやっても相手も引かず、ついに前回の戦闘では相手に死者がでましてね。いや、俺らは無事なんですが、どうやっても彼らは口を割ろうとしない。それで、このままではまずいな、原因はなんだろうなって時に貴女たちが来たんですよ」
「なるほど。それは確かに間が悪い」
「そういういことです。ですからぺルン兄ィの気が立っているのは、しょうがないんですよ。まぁ元々短気な人なんですが」
「うるせえ!」
タジボの言葉を肯定することになったぺルンの態度に、一同が苦笑した。ぺルンもそれに気づくと、決まりが悪そうに引っ込んだ。
「そういうわけで、我々としてもあなたたちを無事に人里に送り届けるのは、中々に難しい状況でしてね。できれば協力していただいた方が、いち早く安全にこの地を離れられるか、なんて思ったわけですよ」
「なるほど、筋は通っているわね。強引に青銅竜の領域を渡ろうとしたら――」
「青銅竜は元々人間を蔑視している種族です。だから人間たちの商人や傭兵はこの領域に来ることなく、フェニクス商会だけがここに訪れる。それも年に一回あればいい方ですけどね。ですが我々としても、青銅竜との関係を悪化させてまで人間と交流をする意味はない。おわかりいただける?」
「それはそうね。私たちに協力して、青銅竜に戦端を開く口実を与える必要はないものね。あわよくば、私たちには消えてもらった方が――」
「それから先は言いっこなしで。親父殿と火竜の名誉に傷がつきますから」
タジボが物騒なアルフィリースの言葉を遮ったが、その可能性を考えていなかったわけではないこともアルフィリースにはわかっていた。やはりこの竜は油断ができない。まるで人間のように知恵が回るからだ。
だがタジボは父親の言うことはきちんと守るらしい。ならばこの土地にいる限り、不当な扱いはそうそうされまいとアルフィリースは考えた。
「で、具体的には何をすればいいかしら?」
「幸いあなたたちは強い。我々も青銅竜の連中を完全にのすつもりならこっちから出向いてやってもいいんですが、攻め込んだ隙に反対から蛇竜の連中に攻められる、なんて間抜けにはなりたくないんですよ。それに紫石竜とも連絡が取れないですしね。今のところ考えているのは、青銅竜が攻めてきた際に、それにかこつけてあべこべにあちらの集落を襲撃してやろうと考えています。その隙にあなたたちはこの火山から脱出してください」
「なるほど、もっともな意見ね。でもあなたたちはどうするの?」
「まあ、なるようにします。それに、我々がどうなるかなんて人間のあなたには知ったことじゃないでしょう?」
タジボの目には、明確な拒絶があった。彼自身が人間を侮蔑しているわけではないだろうが、自分たちのことは自分たちで何とかするという誇りと共に、人間が手を出してくれるなという、明確な拒絶が。アルフィリースはこれ以上何も言うことがなかった。
「・・・わかりました。では二つだけ。西側にはどんな国が?」
「西側の国のことは知りませんが、数年前はトリム共和国だったはずです。建国から10年しかたっておらず、情勢も不安定らしいんでまだ存在しているかどうかまで知りませんが。まあ大陸の西側なんてそんなもんですよ」
「ならあまり治安はよろしくないのかしら?」
「よくないでしょうね。フェニクス商会の獣人たちも、結構追い剥ぎやらなんやらに合っているようですから。なので、近場の町についたら早速ギルドに行って、道案内を雇うのが正解ですよ。詳しいことは俺も知りません。もう一つの要件は?」
「青銅竜の、次の襲撃はいつだと思う?」
「奴らは夜目が全く利きません。次があるとしたら、明日の日の出以降でしょう。なので今夜は早めに休むことをお勧めします」
「わかったわ、ありがとう」
「で、こっからは俺の個人的なお願いなんですがね・・・」
アルフィリースの要件が終わるやいなや、タジボがずるそうな顔をしてきた。スヴァルとぺルンは呆れた顔をしていたが、なんとなく次の話は想像ができたらしい。
続く
次回投稿は、10/1(木)11:00です。