黒の巫女、白の巫女、その13~火の山⑥~
竜人の槍が襲い掛かるその間に割って入ったのは、レイヤーだった。
「僕のこと、忘れてない?」
「どけ、小僧! 貴様に用はない!」
「そっちになくても、こっちにあるんだよ。この人は僕の雇い主でね。殺されちゃ困るんだ」
レイヤーが竜人を押し返すと、レイヤーの腕力を侮れぬと感じたのか竜人は一度距離をとった。だが殺気はそのまま、臨戦態勢はといていない。
レイヤーはアルフィリースの方をちらりと向いて指示を求めた。
「どうしよう、団長。ぶっとばしてから話を聞く? それとも話を聞いてからぶっ飛ばす?」
「ぶっ飛ばす以外の選択肢はないの?」
「いや、いつものノリならそうするのかと。まぁ前者だよね」
レイヤーが指示を求めるまでもなく、竜人は既に魔術を起動させるところであった。眼前には炎の獣の群れ。アルフィリースの得意魔術と同じだった。
レイヤーにもはや意見を求めている間はなかった。
「とりあえず殺さないようにやってみるよ。何かいい案があったら試してほしい。あと後ろにいる別の二体もよろしく」
「別の?」
アルフィリースが背後の丘を見ると、そこからはさらに二体の竜人がアルフィリース達を見下ろしていた。こちらは殺気をとばさず、ただ鋭い眼光のみでこちらの様子を見守っている。とりあえず戦いに参加する意思はないらしい。
すでにレイヤーと竜人は凄まじい戦いを繰り広げている。レイヤーの氷剣が炎の獣を斬り裂き、竜人に肉迫していた。竜人は距離を取りながら、次の魔術を使うために詠唱を開始している。
「身体強化の魔術か、まずいわね」
「止めますか?」
「できるの、セイト?」
「ご命令とあれば」
クロオオカミの獣人は今までと違い、自ら進言をしてきた。変化に驚いたのはニアだが、アルフィリースは首を振った。
「無理な命令を聞く必要はない、私はそう言ったはず。あなたは確かにニアの部下だが、食客にも近い。あなたがそうしたいというなら、止める権利は本来私にはないのよ。
できるというなら、やりなさい。その際に体裁を気にして、形式にでも命令が必要なら出してもいいわ」
「承知しました。では、今なら二人とも無傷で制することができると思いますが、やってもよろしいですか、団長?」
「よろしい、許可します」
セイトはアルフィリースの許可を取るなり一瞬で彼らの戦いに割って入り、互いの武器を持つ腕をつかみ取っていた。早業に驚いたのは二人だけではなかったが、話を事前に聞いていたアルフィリースだけは、セイトの実力を確認したように頷いていた。
セイトの黒い瞳が、鋭くレイヤーと竜人をとらえていた。
「双方、武器を引け」
「なっ――」
「・・・驚いた、そこまで速いんだ」
レイヤーはおとなしく剣を引いたが、竜人の方は呆然として槍に力を込めることすら忘れたようだった。そこに成り行きを見守っていた竜人たちが近づいてくる。
「やめろ、ぺルン。戦士としてはお前の負けだ」
「スヴァル兄者、まだ俺は負けてねぇ! まだその女は剣で証すら立てていねぇぞ!」
「それはそうだけど、どんな理由があるにしろいきなり切りつけるなら、それはもう蛮族としか言えない所業だよ、ぺルン兄ィ。話くらい聞いてもいいんじゃないの? このままじゃ蛇竜や青銅竜の連中と大差ないよ、俺たち」
「タジボは黙ってろ!」
タジボと呼ばれた竜人はお手上げの仕草を示したが、ぺルンもわかっているのか、槍をゆっくりとひっこめた。眼には相変わらず敵意がありありと浮かんでいたが、それを制するようにスヴァルと呼ばれた年長らしき竜人が前にすっと出た。
「お恥ずかしいところをお見せした、人間の客人。怪我はないだろうか」
「幸いにもね。火竜が幻身しているとお見受けするけど、この地域の火竜は皆これほど野蛮なのかしら?」
アルフィリースは遠慮なく不信感をあらわにしたが、スヴァルもまた冷静に返した。
「いや、それはない。だが今は我らにとっても事情があってな、気が立っていることは否定しない。そこに穏やかならぬ気配を発する小手を持った人間が、突如転移で出現した。愚弟を擁護するつもりはないが、私とて内心ではおだやかではないのだよ。姉の――ルージュの気配をする小手を持った人間が現れたとあってはな」
スヴァルの言葉に、アルフィリースがぴくりと反応した。他の者にはわからないことだったが、アルフィリースは大きく息を吐くとスヴァルの発言を肯定した。
「やっぱりそうなのね。ではあなたたちがルージュの家族なわけ?」
「族長が父だ。族長といっても、すでに個体は30体もおらぬが。ブロームの火竜一族は小さな集落ゆえに」
「ならば私は彼女との約束を果たさないとね。ルージュから言伝を預かっているわ」
「待たれよ、ここで長話もなんだ。先ほどのお詫びも兼ねて、我々の集落に案内したいのだが」
「結構よ。それほど長い伝言でもなし、あなたたちを信頼したわけではないの。問題がなければ話はここで済ましてしまいたいわ。私達にはこの土地を早く離れなくてはいけない事情がある」
「それが、問題があるんですよねぇ」
タジボと言われた末弟らしき竜人が残念そうに口を挟んできた。彼のふさぎ込んだ様子を見る限り、確かに何かの事情はあるようだ。
スヴァルが厳しくタジボを見咎めた。
「タジボ! お前は黙っていろ」
「いやいや、黙りませんよ。四族が別れて争うこの時期に、行方不明だった姉さんの匂いがする人間が現れた――これは予兆だと考えませんか。俺は素直に事情を話して、協力が得られるならそうするべきだと」
「人間を頼れというのか」
「スヴァル兄ィも頭固いなぁ、もう。別に一方的に頼らんでもいいでしょうが。取引なり交渉なり、なんでもやり方はあるでしょう。面倒だからもう俺が言っちゃいますよ?
人間のみなさんね、今俺たちはすごーく困っています。どのくらい困っているかと言うと、一族存亡の危機くらい困っています。ぶっちゃけ、ネコの手ならぬ人間の手を借りたいぐらいです。でね、ここにいる限りそれは君らにとっても無関係な話じゃない。俺たちの協力がなければ、無事にこの土地を離れることも難しいかもしれない。だからここは互いに助け合うってつもりで、一端俺たちの集落で話を聞いてくれると嬉しいんですけどね。どのみち、ここから一日じゃあもう安全地帯まで行くのは無理だし、見たところ食料や水もなさそうだし。どうです?」
タジボの意見はわかりやすかったが、その観察眼と交渉の仕方があまりに慣れていたので、逆にアルフィリースは警戒した。だが言うことはいちいち尤もであり、ここは素直に言うことを聞くしかないのも事実だった。
アルフィリースたちは渋々竜人たちの後に続いたが、確かに水や食料が確保できるようなところはどこにもなく、それどころかそこかしこに争った形跡が見られていた。ミュスカデもアルフィリースに向けて首を振ったことから、どうやら容易ならざる事態が起こっているのは確実だった。
そして案内されること、二刻程度。アルフィリースたちは横穴がいくつもあいた岸壁のある場所に案内されていた。横穴は大きく、二階建ての建物くらいはありそうな大きさだった。目の前には焚火の痕があり、まるで人間のような生活感も見られる。
「さて、着きました」
「ふう、疲れたわね。何か飲み物出してくれる?」
「いいですよ。お茶でいいですか?」
「お茶があるの?」
アルフィリースの驚きはもっともだったが、タジボはさらりと返した。
「フェニクス商会って、知ってますよね? 彼らはこういうとこにも商売の手を伸ばしているんで。俺が彼らとの交渉を受け持ってましてね。だからあなたたちのことも、傭兵団の紋章を見れば想像がついた、ってなもんで。天翔傭兵団、でしたか。最近ご活躍のようで」
「・・・ご名答よ。竜人の里にまで名前が知れ渡っているなんてね」
「フェニクス商会も、あなたたちのことを積極的に宣伝しているようですよ? それがあなたたちの意向なのか、フェニクス商会の意向なのかは知りませんがね。
あ、ちなみにお茶は単純に俺のお気に入りで、この前仕入れたばかりなんで、余裕があるんですよ。それともこの土地特性の汁物にします?」
「任せるわ」
「じゃあスヴァル兄者、族長への案内を任せます。俺はもてなしの準備してから向かいますんで」
そういうとタジボはさっさと行ってしまった。タジボの観察眼や頭の回転の鋭さにアルフィリースは内心で感心していたが、まだ敵か味方かが決まっていない段階では、余計に油断ならない。
そして案内を押し付けられたスヴァルは何かしら考えていたが、一つため息をつくとアルフィリースたちの案内を始めた。
「こちらだ、客人。ぺルン、族長に先ぶれをしておけ。もうご存知だとは思うがな」
「なんで俺が・・・」
「いいからさっさとしろ」
スヴァルの厳しい視線を受けて、ぺルンはしぶしぶ族長の元へと走っていった。途中の洞穴には気配がいくつもあったが、どれにも何かの姿を認めることはなく、集落自体が死んだように静まり返っていた。
アルフィリースたちが歩く音が、洞穴内に響く。
続く
次回投稿は、9/27(日)11:00です。