黒の巫女、白の巫女、その11~火の山④~
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アルフィリースが目を覚ますと、隣にはまたしてもイルマタルが寝ていた。どうやら隠形の術を使っていたらしいが、またしてもリサとアルフィリース、それに魔女たちまでをも欺く術の精度に、アルフィリース自身が舌を巻くのみであった。疲れて眠ることで集中力が保てず術が解けたのだろうが、それでも素晴らしい上達である。
イルマタルが起きてから事情を聴いてみれば、少し離れたところに転移で飛ばされたイルマタルはやや遅れてアルフィリースを見つけたわけだが、アルフィリースが気づくかどうかと思ってまたしても隠形の術を使ったらしい。そしてあまりに気づかれないので、出て行く機会を逃したそうだ。あまりに自分を見つけてくれないことでイルマタルはややむくれていたが、今度こそ自分の魔術に自信を持ったようでもある。以後彼女は魔女たちに教えてもらい、本格的に魔術の基礎を習うことにするのだった。
そしてアルフィリースが起きると、レイヤーとセイトがそれぞれ何かを話し合い、彼らの申し出をアルフィリースは受けたようだった。ただその内容が何かまでは、アルフィリースは誰にも語らなかった。
アルフィリース達は軽く朝食を取ってから出立し、その日のうちに一気に人里に行ってしまおうと予定を立てた。空模様は変わらず曇天であり、いつ崩れるかもわからない。慣れない土地で雨に見舞われれば、それこそ遭難しかねないのである。
「急ぐわ。斥候をルナティカ、ニアでお願い」
「心得た」
「私も働きましょうか?」
「いえ、ウィクトリエは少し話をしましょう」
アルフィリースに呼び止められ、ウィクトリエは少々話をすることにした。
「歩きながらする話でもないかもしれないけど、今後どうしたいかは決まったかしら?」
「今後、というのは?」
「ノースシールを出てからのことよ。テトラポリシュカに頼まれたからね。今後うちの傭兵団に世話になるかどうかってこと」
ウィクトリエは少々考えたうえで、慎重に返事をした。
「条件付き、ではありますが」
「言ってみて。多分、私も想像していると思う」
「まず一つ。私も少ないとはいえ集落の族長です。彼らの去就をまとめてから己のことを決めたいと思います。二つ目は私の身の安全。確か傭兵団の本拠地は聖都アルネリアということでしたが、私の身の安全を保障してもらいます。大魔王の娘というだけで、追われる身分になってはたまりませんから。それさえ飲んでいただければ、私はあなたの部下として働きましょう」
「想像通りの回答ね。もちろん二つとも飲むわ。そして一つ目に関しては、あなたの集落の人間を丸ごとうちの傭兵団に取り入れても構わないとさえ思っている。あのバラガシュさんの戦闘力は、我々にとっても得難いもの。彼がかなり強い方だとしても、全員それなり以上に強者だということはわかるわ。私としても、条件の良い話だから考えておいて。
そして二つ目に関しては、むしろアルネリアが許可を出すでしょう。黒の魔術士もいることだし、戦力は一人でも多い方がよいでしょうから、敵対するのでなければ喜んで迎え入れるはずよ。ただ心配なことが一つ。そもそも、あなたの集落が残っているかということね」
「それは――そうですね」
アルフィリースたちは戦いの最中で転移をさせられた。おそらく勝ったとは思うのだが、消滅したその瞬間を確認していない。バイクゼルとかいう化け物は本当に死んだのか、確かめようもなかった。アルフィリースの言い方はやや直接的すぎるが、ウィクトリエも考えていたことだった。
もし死んでいなければ、ウィクトリエの集落は絶望的である。いや、あの化け物が自由に動けば、黒の魔術士との戦いどころではないのではないかとさえ思える。だからこそ、アルフィリースは一刻も早くアルネリアに帰還したかった。そのための布石は、既に今朝方うっておいたが。
だがそれらは今考えてもしょうのないことである。ウィクトリエは暫定的にアルフィリースに同行することを決めた。それはやむを得ない選択でもあり、そしてテトラポリシュカに頼まれたことでもあったが、ウィクトリエ自身もアルフィリースを興味深い人間だと考えていた。
そして次にラーナとクローゼス、ミュスカデが寄ってくる。
「アルフィ、クローゼスのことですが」
「ええ、丁度そちらも話そうと思っていたのよ。クローも決心はついたかしら」
「うむ。なりゆきではあるが、こうなったからには氷原の魔女としての責務からは解放されたと考えていいのだろう。ノースシールはもはや封印された大地とは言い難い。もう私には師もおらぬし、野に下ってお主が死ぬまで傭兵をするのも悪くなかろうな。もちろん、テトラポリシュカのなりゆきを確認することが、重要な使命となるだろうが」
「私はウィクトリエともどもアルネリアでの保護を考えているけど、そうはならないでしょうね。おそらくは――」
アルフィリースが何を言わんとしたか、クローゼスはアルフィリースの瞳で察した。もちろんラーナとミュスカデも察してはいるが、何もそれ以上を口に出すことはなかった。
アルフィリースが重い話題から話を逸らす。
「それはそうと、クローゼスが傭兵になるにあたって何か要望はあるかしら? ラーナは私の預かりだし、ミュスカデは元々傭兵稼業もしていたわけだけど、クローは初めてだろうからできるかぎり配慮をしたいのだけど」
「気遣いは無用。傭兵稼業がどんなものかはなんとなく想像がついている。書で知識は得ているからな。ギルドに登録したら地道に傭兵として経験を積むさ。それまでは他の者と同じ待遇で構わない」
「はんっ、やっぱし頭でっかちだなお前。本に書いてあることなんか、現実の世界でどれだけ役に立つんだか。そんな甘い世界じゃないんだよ、傭兵ってのはさ」
ミュスカデが吐き捨てるように言ったので、クローゼスがじろりとそちらを睨んでいた。
「・・・一つ不満を言うなれば、気の合わぬ者が同僚にいるということぐらいか。そのものとだけ別室であれば言うことなしだな」
「こっちだって願い下げだけど、心配なんていらないわよ。私の傭兵歴は20年以上。もちろん魔女の片手間だけど、それでも魔王討伐も含めてランクはB以上。B以上なら個室を団内に持てるし、あんたと同室になんかなりっこない。
それにあんただって魔女なんだから、自分の工房を持つでしょう。個室がないと不便よ。それとも相部屋で実験やら調合やらするつもり? 同室の人間が凍死するわよ」
「あー、確かに。私も最初は相部屋だったのですが、同じ部屋の人からの苦情が凄くて、結局家賃を払って個室に入れてもらってます。毎日変な夢やら、怖いものを見せられてはたまらないとかなんとか言われて。慣れれば愛嬌もあるのですが。それに毎日妙に興奮したり、妙に気分が落ち込んだりするとか言われて・・・ちゃんと結界は張っていたのですが」
ラーナが悲しそうにため息をついていたが、それはそれで怖かった。闇の魔女が部屋の中で実権や調合を行うとか、クローゼスやミュスカデですら考えたくはない。闇の魔女は本来薬物の調合に最も優れる魔女である。だがそれらは非常な劇薬であることも多く、取り扱いの難しいものばかりだったはずだ。使役する精霊も闇。一つ間違えれば呪いが発生する。クローゼスとミュスカデはどちらとなく目を合わせた。
「うむ、まあ・・・なんだ。私も個室を借りるとしようかな」
「そうしときなよ。元手がないなら利子つきで貸したげるからさ」
「そこは利子なしではないのか?」
「そんなに優しくする義理もないよ」
ミュスカデとクローゼスは元から犬猿の仲だと聞いていたが、確かに氷と炎だけあって相性は悪そうだとアルフィリースは考えた。上手く争わせれば非常に戦力となるが、中々難しそうだなとアルフィリースも頭を悩ませていた。
続く
次回投稿は、9/23(水)12:00です。