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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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黒の巫女、白の巫女、その9~とけた大地③~

「アルフィリースはコノツメでヒキサイて、チカにオトシタ。イキテイテモ、ジキニシヌダロウ。イルマタルはアトヲオイカケてチカにトビコンダ。ソノアトにホウラクがアッタ。サテ、ドウナッタカ」

「『我ら』と言ったな・・・貴様ら、そこまで落ちたか。仕置きが必要なようだな」


 グウェンドルフが翼を大きく広げる、一際大きな真竜であるグウェンドルフだが、翼を広げると丁度太陽を遮る形となり、まるで闇の帳が急に降りたかのように当りが暗くなった。そして周囲の精霊を存分に行使する真竜は、敵を畏怖させるに十分な威圧をまき散らしていた。


「少々灸を据えてやろう。私もかつて、年配の真竜にそうされたようにな!」

「デキルかな、オイボレ」


 対する真竜もブレスの準備をする。グウェンドルフが臨戦態勢に入ったその時、さしものグウェンドルフにも隙ができていた。それは体にではなく、心に。決して無為に力を振るわぬと決めたグウェンドルフにとって力を振るうこと自体が、戒めを破ったと同義で心の隙となっていた。

 その心に隙間にウィスパーは入り込む。何人たりとも抗うことのできないことを、真竜ですら心を持つなら同様であることを、ウィスパーは知っていたのだ。


――全力で攻撃を――


 ウィスパーの囁きは時に明確な声として聞こえぬ時もある。だがそれほどの言葉の方が、瞬間に枷を外すには効果があることもある。この時、久しぶりの攻撃でグウェンドルフの心は昂ぶり、そして自制をするに必死であった。どれほどの攻撃なら相手を殺さず、周囲にも被害を出さぬのか。それのみに心をくだこうとした隙間に、ウィスパーは入り込んだ。崖のぎりぎり手前で踏みとどまる相手に、そっと微風のように、だが確実に背中を押すのがウィスパーのやり方。

 逃れるすべは、グウェンドルフと言えどもなかった。グウェンドルフが吐いた吐息ブレスが、想像以上の威力を持っていたことに驚いたのは、本人も例外ではない。そして相手の竜は、吐息を吐きかけてやめていた。


「なっ・・・」


 グウェンドルフの意識は驚きのあまり一瞬で白くなり、それは自分のブレスが大地を焦がした後でも同じだった。グウェンドルフの眼下に広がるのは、傷つき倒れた同胞達。グウェンドルフにたてついた竜は既に跡形なく消え、ティタニア、ライフレスともになんとか生き延びたというところだった。そして傭兵たちは、影がすんでのところで守ることに成功していた。


「なぜ・・・こんなことが」

「・・・真竜の長よ、申し開きがあるならば聞こうか? 貴様のブレスが黒の魔術士だけでなく、庇護すべき人間を襲った。これはどういうわけだ?」


 影がじろりとグウェンドルフを睨んだが、それが影であるとはグウェンドルフは知らない。テトラポリシュカのことは大魔王の一人として知っていたが、それが本人であるかどうかを意識できるほど今のグウェンドルフは冷静ではなかった。


「いや、それは・・・待て、黒の魔術士だと?」

「あ~あ、やっちゃったねぇ」


 ふとその場に現れたのはドゥーム。くすくすと笑うその黒い姿に、誰もが不吉を感じずにはいられなかった。その態度は明らかにグウェンドルフを批判し、嘲っていた。


「いやはや、我々が互いに争わずの条約を結んだのはお師匠様とあんたの友情ゆえと思っていたから、僕でさえ遠慮していたんだけど。まさかそっちから条約を破るなんてねぇ。真竜にとって盟約や誓いなんてその程度のものなのかなぁ。魔術を多少なりともかじった者なら、その重さは知っているはずなんだけどなぁ」

「いや、これは・・・」

「でもここに監視を残しておいてよかったよ。アノーマリーが死んでここには用がなくなったと思っていたけど、まさか真竜の長自らの誓約破りが見られるなんてね。これはオーランゼブル様に報告しないといけないなぁ。そこのライフレスも証人になってくれそうだし」


 ニタニタとしながらグウェンドルフを見つめるドゥームだが、混乱しているグウェンドルフはいまだ反論する言葉を見つけられないでいた。

 そして状況が動く前にライフレスがティタニアにひそひそと語り掛けた。


「(ティタニア、貴様はここから今すぐ離れろ)」

「(しかし、それでは)」

「(ここにいるとドゥームに何をされるかわからんぞ。どこまでが奴の意図で、どこからがそうでないのかはわからんが、これ以上ここにいても貴様にとって状況は好転すまい。ただ利用されるには惜しい逸材だ、貴様は。生きて自分のすべきことをなせ。それがゆえに人間の身でありながら、遥かに永い時を生きながらえてきたのだろう?)」

「(私の、すべきこと――)」


 ティタニアは一瞬考え込み、そして頷くと黒の大剣に静かに手をかけた。そしてライフレスへと頭を垂れた。


「(英雄王、この礼はいずれ必ず)」

「(かまうな、親切心などではない。俺にも何がどうなるのかはわからん。だが願わくはお前とは戦いたくないな――行け)」


 そこまで聞くとティタニアはためらいなく黒い大剣で裂け目を作り、その中に身を躍らせた。ドゥームがちらりとその様子を横目で見たが、あえて構うことはしなかった。


「(やっぱりティタニアはこの場から消えたか。でもその方が好都合だね。オーランゼブルを守る盾がこれで一枚消えた。順調だ)」


 そしてドゥームは戸惑うグウェンドルフを尻目に、ライフレスの傍へと降り立っていた。


「ともかく、僕たちはこれで退散させてもらおう。やけくそであんたに攻撃されたんじゃたまらないからね」

「――私は、そんなことは――」

「じゃあね、愚かな真竜の族長サマ。今度会ったら戦いだね。願わくばそんなことが起こらないことを・・・なーんてね」


 そしてドゥームはその場から消え、ライフレスも困惑をしながらもその場からいち早く去っていた。そして天翔傭兵団イェーガーもまた、影とラインの言に従いいち早くこの場を離脱していた。これ以上ここにとどまっても、何も得られないと考えたからだ。

 一体だけ残されたグウェンドルフは、呆然とその大地に降り立った。まだ全員が死んだわけではなく、息をしている竜も多かったが、彼らに何というべきか言葉を見つけられないでいたのだ。


「――私は、一体何をやっているのだ。これでは――」

「まったくだ」


 グウェンドルフの声に応えたのは、なんとユグドラシルだった。雪が消え、岩肌を数百年ぶりにさらした大地は血に染まり死臭にむせていたのだが、ユグドラシルが登場するとその場には不思議な落ち着きと平穏がもたらされた。まるで大地に突然起きた無体に泣き叫ぼうとしていた精霊が、急に動きを止めたかのようだった。

 呆然自失の状態だったグウェンドルフも、ユグドラシルの出現にはっとして顔を上げていた。



続く

次回投稿は、9/21(月)12:00です。

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