黒の巫女、白の巫女、その6~静かな獣人③~
「何の用?」
「邪魔するつもりはないのだが」
「邪魔だよ。話していると、警戒網が弱まる。僕はリサ程器用じゃないから、ちょっとしたことでも集中が乱れやすいんだ。用がないなら話しかけないでほしい」
「いや、すまない。俺も見張りに協力するから、少し話を聞いてほしい」
「交換条件ってこと?」
「そうだ」
セイトの申し出に、レイヤーはすっと目を開けた。
「それならいいよ。でも僕に用があるなんて変わっているね。何の用さ」
「悩み――というよりは愚痴に近いな。話してみたいと思ったからだ。言うことがなければ独り言と思ってもらって構わん」
「なぜ僕に?」
「おそらくは、同じような生き方をしているからだ」
レイヤーは興味深そうに目の前の獣人を見た。その静かな眼をたたえた二人は、確かにどこかしら雰囲気にも似たところがある。レイヤーもセイトの言わんとしていることはなんとなくわかったらしい。沈黙がセイトの口を促した。
「俺は――力を隠している。必要な時以外に振るうものではないと諭されたからだ」
「知ってる。今の天翔傭兵団の中でも、一、二を争うくらい強いよね? ラインといい勝負するんじゃないの?」
「なぜわかる?」
「匂いで」
わかりきったことを聞くな、とでも言いたげなレイヤーの目つきに、セイトの方が面喰っていた。
「これはまた――前言を撤回しよう。俺よりも獣らしい」
「言いすぎだよ。でも言いたいことはわかった。力を隠したくなくなってきたんでしょう?」
「――恥ずかしながら、その通りだ。俺は、力を振るえば多くの連中よりも優れている自信があった。だが、それもこの遠征で完全に打ち砕かれた。なんという勘違いだったのか。俺が争う相手は、人間でも獣人ですらもない可能性もあったというのに、とんだ思い違いをしていたのだ。あのティタニアや他の魔王ども、最後に戦ったバイクゼルとかいう化け物も、誰もが俺の考えるよりも遥かに強い化け物だった。俺はもっと爪を磨き、鍛えねばならない。そのためには、実力を隠している場合ではないと考えた」
「ふぅん。で?」
「だが力は不必要な争いを呼び寄せる。育ててくれた者の教えに背くことにもなる。それでどうしたらよいのかと考えたのだ。お前は力を隠しながらも、さらに実力をつけているようにも見える。どうやっているんだ?」
「ああ、なるほど。それで」
レイヤーは話を理解した。だが同時に、この獣人には似つかわしくないと思ったのだ。セイトの目は澄んでいた。こういう目をする男が、どういう存在として認識されるかレイヤーは知っている。
「実力を上げるだけなら簡単だ、戦いの場を持てばいいのさ。でも僕のやり方は日陰の生き物のそれだ。同じことをすれば、二度と日の当たる場所には戻れないかもしれない。よく考えるたほうがいいよ」
「む。いや、だが」
「人にはそれぞれ役割がある」
レイヤーは迷うセイトにきっぱりと言った。
「君の目はきれいだ、おそらくは育ててくれた人がよかったのだろうね。君の力は日の当たる場所で振るわれる方が向いている。そのことに気付いている人も、何人かはいるはずだよ。思ったよりも他人は凡庸ではないんだ、いくら隠そうとも気付いている人もいるだろうさ。
僕の力はね、日陰で振るうことを躊躇うものではないからこそ、こういった道を選択することができる。それにもう、あまり人に褒められたものではない力の使い方を随分としてきた。今更なんだよ」
「しかし――」
「それにね。あまり僕は寿命が長くないと思う。多分、生まれつきそういう体質なんだ。未来に振るう力も集約して今使っている。だから今これだけ力が出せると思う。長く生きる獣人なら、より大切に生き方を選ばないとね。
一度アルフィリース団長に相談してごらんよ、僕よりもっと明確な答えをくれるはずさ。あ、僕の寿命が短いかもっていうのは、誰にも内緒にしておいて。あまり他人を心配させたくないから」
レイヤーはそれだけ言うと背を再び向けて見張りに戻っていた。セイトはしばらくそのままの姿勢で考え込んでいたが、やがてレイヤーに無言で礼を言うと、その場を後にして自分も寝床に向かっていた。
入れ替わりに、ルナティカが訪れる。
「もう見張りの交代? 早いね」
「違う。私も少し話したいと思った」
「珍しい」
「そうでもない、リサを除けば私はお前と一番話す。ノースシールでの出来事を報告してほしい。これは上司としての命令でもある」
ルナティカの発言にちょっとレイヤーはびっくりしたが、確かにその通りなので一通り報告をした。ルナティカはただだまってそれを聞いていた。
「なるほど、レイヤーの判断は妥当」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
「レイヤーはもう自分の戦いを持つようになった。これからは私の指示ではなく、アルフィリースから直接支持を受けるといい。ああ、コーウェンからは直接指示を受けないように」
「どうして?」
「先ほどセイトに言ったことそのまま。レイヤーもまだ自分に誇りを持てる戦いを選ぶべき。汚い仕事は私に任せておけばいい。まだそうするべきだ」
「自分に誇りを持てる戦い、か」
レイヤーはその言葉に考えることがあったようだ。しばらく無言のまま涼しげな夜風が彼らの頬を撫でていたが、夜も更けると風はひやりとしてきた。ルナティカがレイヤーに交代を促し、レイヤーもまた促されるままに眠りに向かった。
翌朝、アルフィリースの元にセイトとレイヤーは訪れることになる。彼らがどのような話し合いをしたかは、彼らだけが知っていた。
続く
次回投稿は、9/15(火)12:00です。