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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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黒の巫女、白の巫女、その5~静かな獣人②~

「私はいいとこ獣将どまりだ。人を率いるということがどういう意味を持つか、なんとなくわかってきたが、国をまとめるということは途方もなさすぎて想像もできない。それに、何年も先を見越して手を打つなど、私にはとても無理だ。

 今回の遠征には優秀な獣人が多数いるし、鍛え方次第では獣将になるような者もいるかもしれない。レオニードなどは、間違いなくその筆頭だろう。だが奴も王になるかといえば、それは決してない。実力もあり、他人にも慕われるが、所詮そこまでだ。王とは、どこか人間性を捨てている生き物だ。強烈な個人でありながら、私事を極限まで捨てることを要求される。そんな個性を持った獣人など、今のグルーザルドでは育たないだろう。少なくとも、獣人たちとだけ関わっていても無理だ」

「だから、人間の世界に我々を出した」

「そうだと思っている。人間の世界で変化する獣人に王は期待したのだ。ドライアン王は待っているのだ、自分の代わりを務められる人物を。おそらくはその候補が、アムールであり私の父ロアだったのだろう。だが二人ともそうはならず、彼らの後継は育たなかった。王は失望しただろうな。そして、お前を送り込んできた」

「・・・は?」


 セイトはまたまた虚を突かれていた。だがニアの目つきは今度は厳しいものではなく、優しくどこか諭すような雰囲気に変わっていた。


「隠すな。お前は直接王に送り込まれたのだろう? 元々このような重要な遠征に獣将や目付がいないことがおかしいのだ。貴重な人材をこれだけ放出させておいて、監視役がいないなんてことはありえない。最初はレオニードがそうかと思っていたが、どうも違う。奴はそこまで器用なことができる獣人じゃない。良くも悪くも、最も『良質な獣人』なのだ。

 だがお前は違うな。まるで人間のように気配を消し、器用に立ち回る。大した功もなく、さりとて失敗もなく、人よりも個性を持ちながらその個を埋もれさせることができる。まるで人間じゃないか、なあ?」

「・・・仮に私がその監視役だとして、どうすると?」

「別にどうもしない」


 ニアはその場を立って、背伸びをした。さすがに少し眠くなってきたのだろう。もう既に彼ら以外は全員が安らかな寝息をたてている。


「私ははっきりさせておきたかっただけだ。得体のしれない者が傍にいるのは気味が悪いからな。それに興味もある。お前の技術は、獣将のそれに近い。あるいはそれ以上か? その気になれば、ヤオよりはかなり強いはずだ。それだけの力を持ちながら、静かにただ過ごしているのが、私にしてももったいないと思ったものでな。

 だがどうしてそう振る舞うかは、聞かない方がよいだろうな?」

「・・・できれば。いえ、一つだけ言えるのは力をひけらかしても、良いことは一つもないと考えています。私の母は獣人でありながら、力に興味を示さぬ女性でした。強くある分には構わないが、強い力はより強い力を呼び込むだけだと。必要なのは、危機に対して戦う力、生き残るのに必要な力だけだと常に言っていました。私はその教えを守っているだけです」

「なるほど。だがその理屈なら、危機が大きければお前は際限なく強くなるということか?」


 やや意地の悪い問いかけに、セイトは即座に頷いた。


「もちろん。我らに迫る危機が大きければ、私も際限なく強くなってみせましょう」

「わかった。今日のことは私の胸に秘めておく、安心しろ」


 ニアはセイトに背を向けたが、セイトはその背に向けて一礼をした。すると、ニアの歩みがぴたりと止まった。


「――そうだ、これは完全に私の想像なのだが――」

「?」

「ドライアン王の妻は、今では誰も知らないらしいな。かつて正妻として迎えていた女性は宮殿からほとんど出ることなく、ひっそりと身罷ったらしい。当時のことを知る獣将はほとんどおらず、挙式なども催さなかったため、誰も奥方のことを覚えていないとか。

 息子が一人いたらしいが、その存在も秘匿され、誰かもわからんらしい。確かに獣人最強の王ともなれば慎重にするのもわかるが、どうにも奇妙な話に聞こえる。カザスが二人で呑んでいた時に聞いたが、それだけは教えてもらえなかったとぼやいていた。

 獣人は種族が違うもの同士で婚姻した時、子供はどちらかの因子が強く出ることも多い――息子が王に似ていなくとも、何の不思議もない。そうだな?」

「――そう、ですね。隊長のおっしゃる通りだと思います」

「わかった。つまらんことを聞いたな、忘れてくれ」

「はい、おやすみなさいませ」

「おやすみ」


 ニアはそう告げるとその場を去ったが、セイトはまだしばらくまんじりともしないままその場に座り込んでいたが、やがてゆっくりと腰を上げると、岩棚の上に向かった。セイトは比較的大柄だがその動きは俊敏であり、普段のセイトを知る者がいれば驚愕しただろう。

 セイトは岩棚の上で見張りをしているレイヤーの横に並んでいた。レイヤーは目を瞑っていたが、寝ているわけではなさそうである。むしろ目を瞑ることで、集中力を研ぎ澄ましているように見えた。



続く

次回投稿は、9/13(日)12:00です。連日投稿になります。

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