黒の巫女、白の巫女、その4~静かな獣人①~
「ここに来たのは、獣人の部隊では我々だけだな」
「そうですね」
「何か意味があるのだろうか。それとも、彼らと我々に違いが?」
「自分にはわかりかねます」
セイトの返事は素っ気ない。遠征についてきた獣人は、多くが選抜試験で選ばれた精鋭だ。推薦もあったが、一定の能力と資質を備えていなkれば、当然断った場合もある。ニアも遠征の責任者として一通りの団員の資料には目を通し、また面通しもしているのだが、このセイトのことはほとんど印象になかった。いや、印象に残らないように振る舞ったのだろうと今ではわかる。
特に今回の依頼では、その中でもさらに精鋭が選ばれている。人選は主にニアとヤオ、それにレオニードなどの隊長格を含めて行い、多様な特徴の者が選抜された。それは単に腕っぷしの順番というわけではないが、共通するのは、彼らがもれなく自己主張が強いということだ。このセイトを除いて、のことではあったが。全員で話していて、このセイトを積極的に残そうという動きがあった記憶がない。だが逆に、誰も落そうと者もいなかった。随分と消極的な理由で最後まで残った隊員だった。
だがそれらの精鋭を集めた中で、このセイトがここに残っている。ニアの記憶では、アルフィリースに近い場所にいた者がここに飛ばされたと考えている。すると、いつの間にかセイトはアルフィリースの近くにいたことになる。
いや、正確にはあの瞬間アルフィリースをかばおうとしたのは、自分とセイトと、そしていずこからか飛び出してきたレイヤーの三人だった。そしてさらに言うなら――セイトはティタニアの剣戟を打ち払おうとし、そしてその手を途中で止めていた。おそらくは、ティタニアの意図を察したのだろう。あの刹那にそれだけの判断をできるのは、並の肝の据わり方ではできない。ニアは己の不明を恥じると同時に、この静かな獣人に興味が出ていた。
「セイト、お前は何者だ?」
「何者――とはまた、答え難い質問ですね。クロオオカミの獣人セイト、これでは不満ですか?」
「ああ、不満だな。それは種族と名前という記号にすぎない。お前という獣人が何を考え、何のために戦うのか――それを私はもっと知るべきだと思っている。少なくともお前は普通の獣人ではない」
「買被りですよ。それとも、この遠征部隊を預かる長としての責任ですか?」
「そうではない。きれいごとを言えばもっと大きなもののためだが、平たく言えば私の興味だ」
「興味、ですか」
セイトは反応に困ったような顔をした。ニアは表情を変えずに話を続けた。
「今回の遠征、お前は何のために実行されたと思っている?」
「それは・・・腕試し、とか。人間の世界を知るため、とか。もっといえば、これからの獣将の選抜にも使われるのかと」
「グルーザルドは四方が蛮族か獣人の国に囲まれた国だ。今でこそ旧ザムウェド領を取り込んだことでクルムスやトラガスロンと国境を接するが、多くの獣人には関係ないことだ。我らの対外政策は主に自給自足で、人間たちと国交を開く意味は少ない。
同じ理由で人間の戦い方を知る必要もあるまいよ。現に我々は一部の戦力でトラガスロンのほぼ全軍を退けて見せた。獣人相手にも人間相手にも、局地戦以外で建国以来負けなし。どこに人間の戦い方を学ぶ必要がある? それに戦いなら南の蛮族どもと戦っていればよい。出世の機会ならいくらでも来るだろう」
「・・・私の考えですが」
セイトはゆっくりと口を開いた。ニアの問い詰めるような発言に、思わず反論したい気分にさせられていた。
「クルムスがザムウェドを滅ぼすにあたり、人間の世界で大きな異変があったことは想像ができました。またクルムスとの交渉の現場で起こったことも、軍内ではまことしやかに噂になっています。隠しても獣人は口さがない生き物。さざ波のように噂は広まっていました。
グルーザルドの国内は安定しています。だがそれは他の国に比べて我が国の戦力がちょっと高いというだけで、それすら飲み込む大きなうねりが襲ってきたときは、我々とてなすすべなく滅びるでしょう。対策をするには、まずはそのうねりがどの程度のもので、どこから来るかを見極めること。それがこの遠征の、本来の意味かと」
「・・・一介の獣人の割に、よく考えているじゃないか」
ニアの視線が抉るように鋭くなっているのを見て、セイトははっとした。
「今の話は私がカザスから聞いたものだ。私は父が国外で活動していたせいもあってか、獣人の中ではかなり異端――つまり人間よりの発想をすると自分でも思っている。だがそれでもカザスやドライアン王の話を聞くにつけ、私はやはり一介の獣人の域を出ないのだと理解した。
私が思う今回の遠征の目的――それは次代の獣将の選抜ではなく、次代の獣王の選抜だと思っている」
ニアの大胆な発想に、思わずセイトも目を見開いた。そして気付いた。自分は今試されているのだと。まんまと、ニアの口車に乗ってしまったのだ。
続く
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