黒の巫女、白の巫女、その3~火の山③~
「よした方がいいわ。ここまでの道のりで、ほとんど生き物らしい生き物を見なかった。あまり生き物がいない大地かもしれない。無駄足の可能性が高いわね」
「そうだね。確かここにいる時も、食べ物はかなりの量を持ち込んだ気がする。山の麓にはトレントや不定形生物が多くて、食料になる奴はいなかった。中腹以上に行けば火トカゲやヒクイドリがいるが、ここの火トカゲは大きくて竜みたいな奴もいる。単独で狩るのは危険だ。それに、あまり身も旨くない」
「それに、もう一つ気になることが。さっきのような知性の高いトレントがいるってことは、管理する者がいるってこと。おそらく、知性のある竜がいるでしょう。話し合いのできる相手なら良いけど、必ずしもそうとは限らないから。彼らの生活圏に入る前に、さっさとここから立ち去ったほうが利口だわ」
「竜ですか。知性のある竜なら、むしろ協力してくれそうですが」
リサの意見にアルフィリースは首を振った。
「無理よ。私たちはグウェンドルフやマイア、ラキアで慣れてしまっているけど、本来真竜に限らず竜族は非常に気難しくて、他の種族とは相容れないわ。彼らと橋渡しをする何かがあれば別だけど、仮に真竜に認められているとしても、他の竜に認められるとは限らない。水竜、風竜あたりは比較的おとなしいと聞くけど、氷竜、霧竜あたりは他の種族に無関心だし、火竜、地竜はむしろ好戦的。青銅竜や蛇竜に至っては魔王として人間に敵対したこともある種族よ。期待はしない方がいいわ」
「この土地にいるのは、やっぱり火の山だから火竜?」
「どうだか。私はここで修業中も、山奥に立ち入らないように忠告を受けた。どうやら魔女とすら関わりを断った気難しい連中のようだ。竜だとしても、話し合いができるとは思わない方がいい。火を吹く山は他にもあるが、場所によっては青銅竜が縄張りとしていることもある。必ずしも火竜とは限らんさ」
「・・・どちらにしても、今晩の見張りは必要だね。僕とルナティカが交代でやるよ。皆は眠るといい」
「あなたは疲れてないのですか、レイヤー」
リサの思いやりだったが、レイヤーは首を振った。
「元々あまり寝なくても大丈夫なんだよ。それに、ノースシールでは色々あったから眼が冴えちゃってね。少し考え事もしたいから」
「そうですか。無理だけはしないように」
「うん」
そっけなく返事をすると、レイヤーは岩棚の上に上がっていた。その動きが野生の獣のようで、一同は改めて彼の変貌ぶりに感心していた。
「・・・あの少年があれほどの使い手だったとはな。身のこなしから歩き方までまるで違う。人は見かけによらないものだ。知らなければ、刺されるまでわからないところだ」
「ルナティカからそれとなく聞いてはいましたが、傭兵団にいる時とは別人ですね。彼には演技の方法も教え込んだのですか?」
「いや、元々。レイヤーは自分の力を恐れている。彼は自分らしく振る舞うことで、人間の世界では生きることができないと考えている。だから自分の力を隠して、周りに嘘をついて。それが彼の生き方なのだろう」
「寂しいですね」
「そうでもない。彼は人生に望むものがあまりない。エルシアとゲイルが元気でいれば、それでいいらしい。望むものが少ないから、満たされる必要がない。最近では少し違うようだが」
「・・・少し、雰囲気が変わったわ」
アルフィリースが横になり、目を閉じながらつぶやいた。もう眠りにつく少し前らしい。
「ノースシールで何かあったのね。彼にも何か目標ができたかも」
「目標? 何があった?」
「わからない。ただ新しい腰の剣は尋常ではなかった。おそらく、何度か死線を越えたのね。雰囲気が一人前の戦士になっていたわ。仲間にした時はどうなることかと心配していたけど、おかしな道に行かなくてよかった」
「最初から気にかけてたのですか?」
「なんとなくね。一歩間違えば、私たちにとっても脅威となったかもしれないから」
「危険人物だと? 本性を隠しているから?」
「いろんな意味でね。ただ本性を隠しているのは、彼だけではないでしょう。それは多かれ少なかれ、私たちもそう――もっとも、とっても謎な人は他にもいるけど」
アルフィリースは変わらず目を閉じたままだったが、その意識が自分に向いた気がして、セイトは内心で非常に焦っていた。誰にも悟られることなく、セイトの心臓は一つ大きく跳ねて、そして治まっていた。
そして一息ついたせいか、誰と鳴く誰もが口にしにくい話題を始めていた。
「――みんな、どうしているでしょうか。無事なのでしょうか?」
「さあね。でも私たちも無事だったし、無事でいる人が多いかもね。ただ一刻も早く傭兵団のところに帰らないと。みんな心配しているでしょうし」
「そうですね。それに状況を早く、ミリアザールにも報告しないと。大きく黒の魔術士の体制も変わりそうです。アノーマリーが倒れ、おそらくはティタニアも離反するでしょう。一体これからどういうことになるのか」
「あまり考え事ばかりすると疲れるわよ、リサ。今は寝ましょう、私たちの身の上にも何が起こるかわからないのだから」
「・・・そうですね」
アルフィリースに促されるままに、それぞれが眠る準備をし始めていた。まだ眠れそうにない者は、岩棚から少し離れて体をほぐしたり、外の様子を伺ったりしている。この中でもっとも落ち着かない者はウィクトリエだったが、しばしアルフィリースの眠っている表情を眺めた後、彼女もまた眠りについた。今自分の母のことを話題に出すのは、身勝手だと考えたのだ。誰もが傭兵団の仲間の身を案じているだろう。自分だけが肉親の話をするわけにはいかなかった。
アルフィリースたちが安らかな寝息を立て始めるころ、最後まで起きているのはセイトとニアであった。獣人は元々それほどの熟睡を必要とせず、短い睡眠を何度かとる方が普通だ。なので、彼らは行軍中の小休止で睡眠をとると、それで十分となる。逆に夜にまとめてとる必要がないため、就寝遅く、起床は人間より早かった。レイヤーの申し出がなければ、夜の番は彼らの役目だったのだが。
ニアはただ一人この場についてくることになったセイトをじっと観察していた。
続く
次回投稿は、9/11(金)13:00です。