黒の巫女、白の巫女、その2~火の山②~
土地勘があるのはミュスカデだけだった。そのミュスカデにしても、訪れたのは遙か昔。それに当時は案内されるままに動いて修行しただけで、散策などはしていないから土地勘はほとんどなかった。それに大地には深い裂け目や隆起が多く、思うように進めないまま、ほどなくして全員が方向を見失ってしまう。
「どっちに向かっているんだ?」
「方向感覚がなくなるな。太陽もはっきり見えないし」
「リサのセンサーもうまく作用しません。土地の性質でしょうか」
「ああ。火の山はおかしな力場ができるからね。下を見なよ」
一層暑くなってきた場所で、ミュスカデが裂け目の下を見るように促した。そこには、はるか下に赤く光る河が流れていた。
「あれは?」
「火の河、ですか。本で読みました」
「さすがに頭でっかちクローゼスは知ってるね。あれは岩が融けて流れているもので、マグマと呼んでいる。地面の下にはああいったものが沢山あって、大地を温める源になっている。火の山はあれが噴き出す場所なのさ。そのせいで磁場が狂うとかなんとか聞いたよ」
「流れて、どこかで地下に戻る?」
「そうなんじゃないか? 私は見たことがないが」
「すごい熱気ですね。それに匂いもひどい。ずっと嗅いでいると、頭がおかしくなりそうです」
リサが鼻をつまんでいた。皆が彼女に同意する。
「確かに。ずっと吸っていると気分が悪くなりそうだ」
「そういえば、火の山って有毒な空気を出すらしいわ。そういう意味でも長居は無用ね」
「しかし、地形が入り組んでいてどちらに行けばいいのわからない」
「うーん。なら住人に聞いてみましょう」
「住人?」
不思議がる仲間をよそに、アルフィリースはつかつかとその辺の木に近づいて行った。そしてきょろきょろしながら木を調べると、そのうちの一つに対して語り掛けていた。
「おーい、起きてー」
「・・・・・・ガ?」
「げっ」
「トレントじゃないですか。気づかなかった・・・」
リサが悔しそうな顔をしたが、アルフィリースはどこ吹く風でトレントと話をしていた。トレントもうろに見える目をゆっくりと開けたが、そもそも寝ているところを起こされたせいか、やや動きも反応も鈍い。
「お休みのところ悪いんだけどね、どこに行ったら人のいるところに行けるか教えてくれる?」
「・・・ガ・・・グガ」
「そうそう。水場と食料が補給できるところね。心当たりはあるかしら?」
「・・・・・・ギガ・・・グ」
「うーん。そうなると歩いて一日かかるかしら?」
「ガギ」
「困ったわねぇ」
アルフィリースが困った顔をしていると、徐々に覚醒してきたトレントがさわさわと揺れていた。それは自分の枝をアルフィリースの方に差し出して、何らかの主張をしているようである。
「え、なになに? 水がないなら俺の実を分けてやってもいいが、代わりに・・・ほうほう」
「・・・今、すっごく不安な言葉が聞こえた気がしましたが・・・」
リサの心配をよそに、アルフィリースはトレントの言い分に何度か首を縦に振ると、おもむろに剣を抜いてその枝を斬り落とし始めた。戦いが始まったのかと一瞬身構える者もいたが、トレントはおとなしくアルフィリースにされるがままになっている。それに、アルフィリースも鼻歌まじりに、斬る枝を選んで剣を振るっているように見えた。
待つことしばらく、何本かの枝を打ち落としてアルフィリースが剣をしまうとトレントと再度何事かを話し合い、トレントが身をぶるぶるっと振るわせると、人の頭大の実をいくつかつけて、アルフィリースはそれをもいだ。そしてトレントはどこかへと急ぐように去っていったのである。
アルフィリースは手を振りながらそのトレントを見送ると、実を抱えて戻ってきた。
「もらっちゃった。これ、おいしい実だよね。なんだっけ、クリムラかな?」
「確かにクリムラの実だが・・・何をしたんだ、今?」
「トレントと交渉して実を分けてもらったの。それに行き先も教えてもらったよ?」
「で、どうして剪定なんかをやったのですか?」
「これから彼女と接木なんですって。でもちょっと寝坊して約束に遅れそうだから、慌ててたみたい。本当は自分で枝枯れとかしてから行くつもりだったけど、時間がないか代わりにやってあげたの。まぁ、トレントの理容師ってところかな?」
「トレントにそんな習慣が・・・めまいがしそうです」
リサが頭を押さえていたが、アルフィリースや魔女たちには馴染みのある行為だった。
「あら、別段よくあることよね?」
「いや、多くはないが・・・人間のいない土地では意外と社会性のある生き物ではあるな。トレントの性質は周囲の環境に左右されるから、戦いの多い森では邪悪なトレントが育ち、逆にきちんと管理する者がいる場所では、穏やかな性質のトレントが育つ。充実した日当たりのよい森では、ヒュージトレントが守り神のように崇められ、生き物の憩いの場として機能することもあるとか」
「知性の高い個体になると、本を読んだりもするわ。よく昔は遊んでもらったけど」
「いや、さすがにそれは聞いたことがありませんが。私の住んでた沼地にもそんな個体はいませんでしたし」
「ふむ、何かに影響されて知性の高い個体が生まれるということか。興味深いな」
魔女たちが色々と意見を出していたが、とりあえずアルフィリースがトレントからもらった実は、彼らの喉を潤すのに十分だった。くり抜くように穴をあけて中身を啜れば、十分この人数でも2、3日分の水分にはなりそうである。
アルフィリースっちは歩みを火の山に向けた。トレント曰く、この一帯はぐるりと取り囲むように亀裂があるため、一直線に下山することは無理らしい。それよりも、火の山の反対側に抜けた方が、人の生活に適した場があると教えられた。歩けば、人間の歩みでも一日そこらで到着するとのことである。
アルフィリース達は火の山の麓に到着すると、そこで休息をとることにした。山は迂回するように進めばそれほど険しくもないが、それなりに大きな山のため、時間と体力を思いのほか取られる可能性もあった。トレントの助言にしたがい、彼らは岩棚のように山を背にしてでっぱりがあるところに拠点を築いた。この山は小規模の噴火を常に繰り返しており、不定期に噴岩が飛んでくるらしい。寝ている時に頭を直撃などしないように、アルフィリースたちは身を守れる場所を選んだ。
「食糧がほとんどありませんね」
「携帯食も持ち寄っても、一食が限度だ。明日には集落に到着せねば厳しいだろう」
「周辺を探索して、食べられそうな生き物がいるかどうか探してこようか?」
ルナティカの提案にも、アルフィリースとミュスカデが首を振った。
続く
次回投稿は、9/9(水)13:00です。