黒の巫女、白の巫女、その1~火の山①~
「・・・・・・-ス」
「・・・」
「アルフィリース! 御飯ですよ!」
「その起こし方は止めてって言ったよね!?」
起き抜けに思わずリサに突っ込みを入れたアルフィリースだが、勢いよく起きたせいで、リサと額どうしがぶつかり、互いに悶絶する。その様子を見て、ミュスカデとクローゼスが呆れながらも笑いをこらえていた。
「いった~。あれ、ここどこだっけ?」
アルフィリースはぶつけた衝撃で視界がチカチカする中、周囲を見渡した。まず目についたのは、もうもうと煙を噴き、空の一部を黒く染める巨大な山だった。どうやら周囲は森らしいが、木々には緑がなく、ほぼ全てが枯れ木だった。緑の部分はほとんどが低木や下草といった状況で、空が黒い雲に覆われて日照が少ないせいだろうとアルフィリースは見当をつける。
だがおかしな状況だった。今の今まで氷原にいたはずなのに、一転してここはむっとした湿気が周囲を包む、汗ばむ気温であった。寒冷地の装備なので余計なのだと、アルフィリースは着替えるため上着を脱いで肌着になった。
「ここはどこ?」
「わかりません。確かなのは、ノースシールではないということだけです」
「多分、『灰かぶりの森』だろうね。あそこに見えるのは、グレーストーンっていう火を噴く山だ。大陸でもかなり西側に位置するな」
「ミュスカデは来たことが?」
「そりゃあ火の精霊のおわす土地だからな、修行には最適さ。それよりアルフィ、ちょっとは遠慮するといいぞ」
「何が?」
「露出が多すぎてレイヤーが困ってる」
アルフィリースが振り向くと、背後には顔を赤くしたレイヤーが固まるように立っていた。目の前に女子しかいなかったので暑くて思わず服を脱ぎ捨てたが、見れば下着に近い上半身となっていた。はっとしてアルフィリースは脱ぎ掛けた服を元に戻した。
「きゃっ、ごめんなさい」
「いえ、その・・・」
「目を背ける必要はありません、レイヤー。むしろ視姦するつもりで、じっくりねっとりと眺めるがいいでしょう。さらにアルフィはもっとサービスして、脱ぐがよろしい」
「嫁入り前の女になんてこと言うのよ!」
「そのぐらいしないと嫁にすらいけませんよ!? またサイズが大きくなったんじゃないですか、羨ましい!」
「本音が出てるよ、リサ・・・」
「まあっ、凄いやり取りですね。いつもこうなのですか?」
「うーん、出会った時からこうだった気がするな」
ウィクトリエの疑問にニアが応え、ラーナが茶化しあいに加わりつつも凝視し、まずは事なきを得た。一端落ち着いたアルフィリースは状況を整理した。ノースシールでの戦いの折、バイクゼルとライフレスの魔法のぶつかり合いに巻き込まれたと思ったが、その瞬間、ティタニアが大剣を振り下ろしたのは全員が記憶している。そして黒い衝撃波が彼女たちを襲い、その後は誰も記憶がない。気づくと、倒れるようにして傭兵団の何人かがここにいたそうだ。
その点に関してはおそらく、ティタニアが魔剣の特性を利用し、強制的にアルフィリースたちを転移させたのだろうと想像がついた。ただどうしてティタニアがそのような行動に出たのか、そしてどうしてこの灰かぶりの森にいるのかはわからないままだった。
ここにいるのは、アルフィリース、リサ、ラーナ、ミュスカデ、クローゼス、ルナティカ、ウィクトリエ、ニア、セイト、それにレイヤーだった。リサとルナティカはアルフィリースが目覚める前にこの周囲を探索したが、他には誰も見つからなかったとのことだった。
そしてレイヤーがここにいる理由をルナティカ以外は誰も知らなかったが、アルフィリースが起きてから、傭兵団における彼の役割をここにいる人間たちにだけ伝えた。誰もがレイヤーの正体に驚きを隠せない。
「暗殺者、だと。その年でか?」
「正確な年齢はわからないけど、国によっては成人の要件を満たしているよ。別に暗殺者でもおかしくないし、そもそもルナティカもそんなものだ。暗殺者は幼いほど価値が高いらしいけど?」
「理屈ではそうだが、それにしても・・・」
「レイヤーには暗殺というより、主に斥候の仕事を手伝ってもらっている。私とは別の意味で、勘が働くから。ノースシールではぐれたのは予想外だったけど、独自の発想で生き残っていた」
「本来の役割とは違ったけどね。それに成果がないわけじゃない。アノーマリーの研究を一部持ち出すことに成功したよ」
「本当か?」
ルナティカも驚いたが、レイヤーは懐から一冊の本を取り出した。他にも荷物はあったが、転移の際になくなったらしい。手元に残ったのは、書物が一冊だけだった。アルフィリースは手に取ると、その書物をぱらぱらとめくった。
「・・・・・・字がそもそも暗号みたいね、左右やら上下やらが反転しているし、見たことがない記号もたくさんあるわ」
「僕もちらりと見たんだけど、理解不可能な言葉だった。大陸の中央では使われていないのだろうか」
「竜言語があるわね。理解できるのは一部の魔術士に限られるでしょう。それに他にもエルフ言語や、ゴブリンが使う象形文字なんかもあるわね。使い方も何もかもばらばらで、理解に苦しむわ。そもそも内容がとてもではないけどえげつなすぎて、言葉にするのもためらわれるし」
「理解できないわけではないのか?」
「時間をかければね」
平然と言い放ったアルフィリースだが、書物を眺めたクローゼスは、まるで理解できなかった。ちらりとミュスカデ、ラーナに意見を目で求めたが、二人とも首を横に振っていた。使われている言語は、さらに希少かつ難解なものもあり、彼女達の知識をもってしても読めない言葉も多々あった。
アルフィリースは書物を返すと、すっくと立ち上がって周りを見渡した。
「レイヤー、まずは帰還するまで今まで通り斥候の役割を果たしなさい。それに剣を振るってもよし」
「了解しました、団長」
「本来の意味での剣よ? そもそもあなた、ルナティカくらいの実力はあるんでしょう?」
レイヤーはルナティカの方を見た。ルナティカは首を横に振っている。二人が戦った時のことは、リサにすら話していない。あくまで身寄りのない子供たちとして、傭兵団で面倒を見ることで話をつけたから。
だがアルフィリースはいつの間にか気付いていたようだ。
「他にも、ラインやヴェンも気付いているわよ。強い人って、隠しても隠しきれないもの。それに、血の匂いはそう簡単に取れないわ。匂い消しの香草を使っていたけど、私はその香草を知っているからね。腕の良い薬師にも通用しないかも」
「・・・隠さない方がいいですか?」
「それは好きになさい。エルシアやゲイルはまだ気づいていないと思う。あの二人には言いたくないんでしょう? それはなんとなくわかるから」
「できればこれからも隠せればそれにこしたことはないです。少なくとも、彼らが自分の立ち位置を傭兵団の中で確立するまでは」
「気苦労の多い話ね、お互いに」
アルフィリースは苦笑したが、レイヤーの正体と実力はここにいる者たちの間での秘密にすることにした。いつかその時が来るまで、レイヤーは荷物持ちだということにしておいた。
そしてアルフィリースはとりあえず人里を探すことにした。転移で危機を脱したのはいいのだが、手持ちの食糧がほとんどない。工房に入る時に最低限の探索用の食料しか持っていないため、どんなに食いつないでも、明日には食料が尽きる。それにそもそも水がほとんどない。このように乾燥した大地では水の供給もままならないと予想されるため、いち早く人里を見つける必要があった。
続く
次回投稿は、9/7(月)13:00です。