中原の戦火、その1~不審な戦争~
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大草原でそんな危機にアルフィリース達が直面している頃、ラインとダンススレイブが何をしていたのか。
「ライン、何か情報はつかめたのか?」
「ああ、収穫はあったぜ。やっぱりロメオなんて奴は存在しねぇようだ。ギルドに登録してあった住所を当たってみたんだが、廃虚だけだったよ。何か嫌な感じがしたんで、中には入ってないがな。どうせ罠の一つや二つ、仕掛けてあるんだろう」
「ふむ。では例の依頼を組んだ奴は何者だったのだろうな」
「さあ。だがロクでもない奴なことは確かだろうよ。問題はこの情報をどうするかだな。一応ギルドに報告はしておいたが」
「誰か権力者に知り合いはいないのか?」
「・・・・・・そんな繋がりはないな」
妙な間に違和感を覚えたダンススレイブだが、どうせラインにのらりくらりとかわされることは容易に想像がついたので、追求はしないでおいた。
今ライン達がいるのはクルムス公国国境付近の町、トリメドの酒場である。ゼアで死んだ傭兵達の戦死報告をギルドに行い、住所や出自が明らかな者はラインが自ら足を運んだ。本来はギルドが戦死報告をする制度があるのだが、自分の家族の死に対して手紙一枚で報告をされる制度に、ラインは納得がいかなかった。そのため自ら戦死を報告しに自ら足を運び、最後に辿りついたのがトリメドだったのである。
二人はそれぞれが情報収集をし、晩飯がてら互いが得た情報のすり合わせをしているのだ。目の前には適当な酒と、軽食が二人分用意されている。
なお現在クルムスとザムウェドは戦争状態だが、戦争地帯とはクルムスの首都セイムリッドをはさんで反対側にあるトリメドでは、まだ平和である。
トリメドは自由都市の雰囲気が強く、ミーシアなどの他国の大都市とも積極的に連携を取っているため、クルムス領でありながらもその経済状況にあまり影響を受けない。一方で他のクルムス領の町では、度重なる戦争での徴収で町は疲弊し、治安は乱れに乱れている。戦争が起きている国境付近では、それは惨たるあり様らしい。
トリメドはそういった状況を受けて、他の町からの難民の受け入れを積極的に行っていた。もちろん自力でトリメドまで辿りついた者だけに限るが、町の外周部にテントなどを貸し出し、受け入れを拒否してはいない。少なくとも今のところは。
だがラインが得た情報では既に難民の数は万を超えており、また戦争のための特別徴収を受けているのはトリメドも同じなため、間もなく受け入れの限界を迎えるということだった。それでもトリメドを訪れる難民は後を絶たない。昨日も500人以上の難民が、トリメドに辿りついたらしいということだった。
「これは普通の戦争じゃねぇな・・・」
「ああ、明らかにおかしいな」
「ダンサーもそう思うか?」
「無論だ。我も情報収集はしているからな」
この2人は旅賃を稼ぐためにラインは適当な仕事をギルドで見つけ、ダンススレイブは楽士や吟遊詩人を見つけてはその音に合わせ、踊りを披露するという形で踊り子として旅賃を稼いでいた。
ダンススレイブが踊るのは酒場であることが多いため、情報には事欠かない。また吟遊詩人も旅を伴侶とする職業のため、情報通な者が多かった。まあガセネタが多いのも事実だったので、情報の選別が出来るだけの見識が必要ではあったが。そんな中、ダンススレイブが選別をした情報をラインに話している。
「今回の戦争ではクルムスが押しているのは事実らしい。現にザムウェドでの都市がいくつか陥落している。だが・・・」
「だが?」
「どうやらクルムスは奪った都市を治める気が無いらしい。誰にも管理させず、占領した後に残している兵もほとんどいない。それどころか落とした都市の住人を虐殺して回っているそうだ。そのためザムウェドの各都市の反抗はますます頑強になり、戦争は激化する一方だとか」
「そこまでやったらザムウェドの同盟国も黙っていないだろうな」
「ああ、実際既にグルーザルドは出兵を決定したらしい。しかも12獣将とかいう、頂点の者達が乗り出してくるそうだ。そうなればクルムスの負けは決定的だろうと噂されている」
「確かに。クルムスに同盟国はないからな」
そもそもこの戦争は発端からしておかしかった。戦争の発端はザムウェドの兵士がクルムスの住人を殺害したことに対する報復行動だということだったが、そもそも獣人と人間の国の国境は警備が厳しく、アリの子一匹通れないというほどである。クルムスは交易の都合上、比較的緩い警戒態勢を敷いているとはいえ、それでも国境破りをさせるほど甘くは無い。ましてザムウェドの兵士がクルムス領内に入り込むなど考え難く、ザムウェドも当初は反論しようとしたのだが、有無を言わさず宣戦布告もないまま戦争状態に入ったクルムスの姿勢に、やむをえず戦争となった。
不審な点はまだある。ザムウェドの非が事実なら、周辺諸国に対して声明文を飛ばし、戦争の正当性を主張するのが通常である。そうすることで他国の介入を防ぐことができるし、一番重要なのはグル―ザルドの援軍を防げることだろう。現在グルーザルドと軍事力において真っ向勝負が単独でできる国は、北の大国ローマンズランドぐらいだと言われているのだ。グルーザルドが介入する口実を作らせないというのが、クルムスの勝利のためには必須の条件であるはずだった。
それに戦争というものは国を滅ぼすまで戦うことはあまりなく、せいぜいいつくかの砦を落とし、占領地の所有権や賠償金を和平条約で主張して終わりとなる。国を滅ぼす程戦えば、勝った方も無事では済まない。そこを他の国に狙われればひとたまりもないからだ。また勝ちすぎても恨みが残るし、占領しても内政が立ちゆかない。
つまるところ、クルムスの戦い方は破滅に向かって一直線に進んでいるとしか考えられないのである。そんな戦争を国王が容認していることも、おかしな話だった。
「なぜクルムスの王は、こんなことを容認しているのだ?」
ダンススレイブの疑問も尤もである。
「それが王の方は、心労がたたって倒れたそうだぜ。で、実権を握っているのが第3王子ということだ。戦争を主導しているのは、こいつだな」
「第3? 1と2はどうした」
「1は病死、2は殺された」
「この時期にか? うさんくさいことこの上ないな」
「ああ。それに第3王子ってのは愚物で有名だったんだが、どうなってんだかな。クルムス自体は平和な国で、貿易と資源には長けているが軍事は弱い。ザムウェドと戦って勝てるような国じゃないはずなんだが」
ラインの疑問もいたしかたない。それに主たる武官・文官は第3王子が粛清をしているはずなのだ。既に軍が軍として動けるような体をなしていないはずなのだが・・・
「気になるな」
「まあそれは気になるが、なぜラインがそんなことを探っているんだ。関係のない話だろう?」
ダンススレイブがずばり指摘する。確かに一介の傭兵であるラインには関係のない話だろう。だがラインは真っ向からダンススレイブの意見を否定した。
「馬鹿言え。傭兵にとって戦場ってのは一番の稼ぎ場だ。安全に稼げる戦場なら参加するし、ヤバそうなら離れる。負けそうな国についても死ぬだけだしな。情報に精通するのは傭兵の基本だぜ」
「それはそうだが」
ダンススレイブは不審気な目でラインを見た。確かに正論に聞こえるが、ここまで詳しい必要があるのかどうかは疑問だ。ラインはただの傭兵にしては、事情に精通し過ぎていた。
だがそんなダンススレイブを気にかける様子も無く、ラインは続ける。
「気になる点はもう1つ」
「なんだ?」
「この戦争でクルムスの主力になっているのは『ヘカトンケイル』っていう傭兵団らしい。それが勇猛果敢な働きでザムウェドの獣人達を押しているんだとか」
「それがどうかしたのか?」
「そんな傭兵団、聞いたことがないんだよ」
ラインが目の前の酒をぐびりと飲みほした。
「獣人を押し負かすような傭兵団なら、あるにはある。ブラックホークもそうだし、他にもいくつかな。だがどれもこれも、傭兵をしている者ならその名前を知らない者がいないほど有名だ。そんな強力な無名の傭兵団が突然ぽっと出てくるなんぞ、ありえねぇ」
「ふぅむ・・・まあ我の活動していた時代とは違うようだからな。そんなものか」
これはダンススレイブにはわからないことだった。ダンススレイブが活動していたころにはまだ人間の勢力は今ほどではなかったし、情報の流通はもっと限定的だった。そのため英雄と言われるような者や、人間の国が各地に突然現れることもままあったのだ。
ダンススレイブが考えことをしている間にも、ラインはがつがつと晩御飯を口にかきこんでいる。ダンススレイブも食物を食べることはできるが、生命活動にはあまり影響が無い。ただ長らく人間の真似ごとをしていると、どうしても「食べる」という行動が必要になったり、また人間が食べる者にも興味があったため、食欲というよりは興味の範囲で食事はとる。だが酒だけはおいしいと彼女は思うのだ。もっとも剣である彼女が酔うことは決してないのだが。
ラインは食事を平らげると、からんとスプーンを食器に放り投げた。
「食事も終わったし、行くか」
「寝ないのか?」
「まだ夜早いからな、ちょっくら博打でもしてくるわ。その後娼館で適当に遊んでくる」
「我という女がありながら、堂々と娼館に行く宣言をするとはな。なんなら我がすっきりさせてやろうか? いたっ!」
ダンススレイブが艶っぽい仕草と表情をして見せたが、その頭をぱしんと引っ叩くライン。
「剣が気色悪いこと言うんじゃねぇ。寒気がすらぁ」
「こんな美女を前にして・・・貴様、衆道じゃあるまいな」
「俺にそっちの気はねえ! だが剣を抱いて眠るよりは、まだ男娼の方がましだろうよ」
「そこまで言うのか」
少しダンススレイブは自分のプライドを傷つけられたような気がしてうなだれた。彼女は正直自分の容姿にはかなり自身があったのだが、まるで見向きもしない男というのは初めてだった。だがそんな男の気をちょっと引いてみたいと思う当たり、彼女は随分人間らしいといえるのかもしれない。
ちょっと言い合いをしながら酒場を後にするラインとダンススレイブ。本人たちにその気はないのだが、他の者には恋人達の痴話喧嘩にしか見えない。そんなことをラインが聞いたら、怒り狂うことは必定だろう。
町にはまだ明りが多く灯っている。通りにも人通りは多く、にぎわいを見せている。通りには出店が並び、そこかしこでおいしそうな匂いが立ち込める。ミーシアほどではないにしろ、トリメドも人口は50万を数え、活気がある町に違いは無い。
と、その中で人込みをかき分けるように走ってくる少年がいる。余程急いでいるのか、全く前を見ていないようで、後ろばかり気にしているせいで人にぶつかっては怒られている。ラインにもぶつかったのだが、謝る様子も無く走り去って行った。
「なんだ、あのガキ」
「・・・追われているんじゃないのか?」
確かにローブに身をまとった怪しい集団が、人込みを縫うように駆けていく。人数は5~6人と行ったところか。
「助けないのか?」
「お前、俺を正義の味方かなんかだと思ってないか? 君子危うきに近寄らず、ってな」
「下衆め・・・でもアルフィリースが同じ立場だったら?」
「なんでそこでアルフィリースを引き合いに出すんだ」
ラインは心底呆れたようにダンススレイブを見たが、彼女はニヤニヤしているだけである。
「まあラインにその気が無いなら、我だけで助けるがな。だが」
「?」
「アルフィリースに、ラインが幼い子供を見捨てましたと告げ口したら・・・もう口も聞いてくれないかもな」
そこまで言うと、ラインに口応えの機会も与えずその場を去るダンススレイブ。だがラインは、
「・・・勝手にしろ」
と吐き捨てるように言って、その場を後にした。
続く
次回投稿は、1/12(水)12:00です。