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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その130~目覚める怪物⑩~

 だがバイクゼルが飛びかかると同時に、その手が届きそうなほど近かったアルフィリースとユグドラシルが、ふいに遠くなり、そして近くなりを繰り返し始めた。そしてバイクゼルは悟る。自分が出口のない、空間どうしをつなげた牢獄に閉じ込められたことに。

 そしてアルフィリースが手をかざすと、バイクゼルはぴくりとも動けなくなった。まるで体の中から、何かに強制的に押さえつけられているようである。かろうじて動く一つの頭から、絞るように声を出した。


「何を・・・したっ」

「あなたの体は氷でできているようなので、氷の精霊の支配権をいただきました。それだけであなたは指一つ動かせなくなるのです。自分で知りませんでしたか?」

「そんなことが・・・」

「氷の精霊なら全て自分が支配できるとでも? 驕っていたようですね」


 アルフィリースが手のひらをすうっと下に向けると、バイクゼルは地べたにそのまま伏した。それは屈服の姿勢であり、かつてない屈辱をバイクゼルは覚えていた。


「この拘束はそう簡単には解けません。このまま時を動かしていただければ、ライフレスの魔法が直撃し、『これ』は死ぬでしょう。それなら、我々が介入したことに誰も気付かない」

「アルフィリースは?」

「まだ私の存在を認識できるほどではありません。そこまで彼女の力は強まっていませんので。ですが、なんとなく察してはいます。これは能力云々ではなく、単純に持って生まれた勘の鋭さですね。生来聡く、鋭い子なのですよ」

「そうか。ではそのようにしよう」

「アルフィリースと話さないのですか? 随分とお気に入りのようですが」


 アルフィリースに代わった何かが、くすりと面白そうに問いかけた。それが意地の悪い質問だとユグドラシルはわかり、ため息をついた。


「お前も冗談を言うのだな。そんなことは必要ない」

「無駄も時に重要ですよ。私はアルフィリースからそれを学びました」

「そなたにまで影響を与えるとは、罪深い女だ」

「罪深いから人間なのですよ。原罪という言葉があるでしょう? あれは人間のためにしつらえられた言葉なのですから」

「なるほど、そうだったな」


 ユグドラシルは納得すると、再度バイクゼルを見た。その瞳には、何の感情もない。


「では目覚めたばかりで悪いが、さらばだ。お前のお蔭で助かったことも多々ある。一応礼を言っておこう」

「お前たちは俺を何だと――」

蓄電池バッテリーのようなものだ。元々、そうだっただろう?」


 ユグドラシルの言葉で、ふっとバイクゼルの脳裏にある光景が浮かび上がる。鎖につながれていた――周囲には同じ姿の同胞が雁首を揃えて項垂れている。誰も彼もが多数の頭部に光のない眼を飾りつけ、ただ死ぬまで命を吸われる姿はまるで家畜のようだった。

 外の音は聞こえなかったが、時折周囲から話し声が聞こえてくることもあった。ただその姿は思い出せず、また思考も霞の中にいるように要領を得なかった。


「(――生産――――順調――自我は――廃棄――)」

「(――――生命の系統樹――逸脱――書は――――保存――)」

「(――――異形――――対抗策は―――無駄――)」

「(時計の針が進み過ぎて――デルワイスの結論――)」

「(――滅亡―――長はなんと―――)」

「(―新しい―――希望――――眠りに――)」


 話の内容はどうでもよかった。ただ、声の調子から決して良くない内容なのだとわかっていた。徐々に周囲から感じる焦燥感は募り、急かされるようにバイクゼルは行動を起こした。どうやったのか、何が起こったのかは覚えていない。ただ目が覚めると、そこはとても広い土地だった。周囲の木々は凍り付き、バイクゼルはその中で目を覚ましたのだ。

 目を覚ましてからは、出会った相手と戦い、力を競った。どうしてそれ以外の選択肢がなかったのかは今でもわからない。ただ、戦うことこそが自分にとっての存在意義だとでもいうように。自分は使い捨てられるだけの存在ではないと、バイクゼルは主張していたのかもしれない。

 バイクゼルはようやく理解した。自分が何をしたかったのか。だからといって、今更戦うのを止める気にもなれないし、止めるわけにもいかないのだ。

 そしてバイクゼルの理解と同時に、時が元に戻っていた。


「うおおおおお!」


 突然時が戻ったことで、バイクゼルは完全に虚を突かれた。そうでなくとも、体の動きを制限されていたのだ。目の前に迫る魔法を回避することは不可能だった。

 魔法に飲み込まれたバイクゼルを見て、多くの者が作戦の成功に歓喜した。


「よし!」

「うまくいったか」

「俺の魔法ならば、無傷というわけにはいくまいよ」

「・・・ユグド?」


 ほとんどの者が魔法に飲み込まれたバイクゼルに注意する中、アルフィリースだけがユグドラシルの気配を感じて振り返っていた。

 魔法に飲み込まれたバイクゼルは吹き飛んでいく。魔法は直進し、ライフレスの計算では1000も数えた頃爆発する予定だった。その間に、魔術で防御すれば十分間に合う。だが――


「止まった!?」

「馬鹿な、魔法を止めることなどありえ――」


 ライフレスが否定しようとしてやめた。ドラグレオは事実、詠唱途中の魔法とはいえ受け止めていたではないか。絶対など、この世には在り得ない。魔術士ならばそのことを知っていなければならないことを、改めてライフレスは思い出していた。

 それよりも、今この場をどう切り抜けるか。解けかけた緊張感が、再度高まっていくのを感じる。それも、先ほどよりも明らかに状況は悪化していた。


「ガアアアアアア!」


 バイクゼルが魔法に呑まれながら吠えていた。それどころか、徐々に押し返そうとしている。氷風が吹き出すの感じると、クローゼスがはっと気づいた。


「氷の精霊がざわめいている?」

「俺は・・・死なんぞ! こんなところで――俺は使い捨ての木偶じゃない! うおおおおおっ」

「木偶・・・?」


 バイクゼルの怒号は、吹きすさび始めた氷風に流されほとんどが聞こえなかったが、ただ微かに木偶という単語だけが何人かの耳に入っていた。

 だがそれよりも気になるのは、バイクゼルの周囲に集まる膨大な魔力の量だった。これだけの魔力が集まれば、ライフレスの魔法をかき消すことも可能かもしれない。いや、かき消すだけですめばマシな方か。危険を感じたクローゼスが叫んだ。


「いけない! このままでは魔力同士のぶつかりあいで暴発する!」

「暴発で済めばいいがな! 下手をすると相反する属性同士の衝突で、対消滅が起きるぞ!」

「対消滅なんて起きたら――」


 周囲一帯が消し飛ぶはずだと、アルフィリースが叫んだ。途端、全員の表情が真っ青になる。

 ここに至って影は覚悟を決めた。その視線がちらりとティタニアに向く。


「仕方あるまい、もはやなりふり構ってはいられない・・・むうっ!」


 影がテトラポリシュカの魔眼を使用し、宙に浮いたままになっていたライフレスの魔法の支配権を奪う。さしもの質量と魔力量に、影の表情が苦痛で歪む。


「さすがに魔法ともなると、簡単にはいかんか――だが!」


 影の支配するもう一つの魔法が、バイクゼルに向けて放たれようとする。その光景を見ながら、全員が色を失くして佇んだ。


「ちょ・・・そんなことしたら!」

「俺たちまで吹き飛ぶだろが!」

「もはやこれまで」


 ティタニアが突然くるりと振り向くと、アルフィリースたちの方に向けて黒い大剣を振りかぶった。突然の行動に、全員の驚愕した視線がそちらに集まる。


「ティタニア?」

「お前、何して――」

「お許しを」


 ティタニアが一際大きく振りかぶると、謝罪の一言と共に大剣を全力で振り下ろす。剣風は黒い衝撃波となり、一瞬でアルフィリースたちを飲み込んだ。そして背後では影の操るライフレスの魔法がバイクゼルに直撃し、容量を超えた魔力のぶつかり合いに、周囲一帯が光に包まれた後、大爆音と衝撃波が雪原ごと彼らを飲み込んでいった。



続く

次回投稿は、9/5(土)13:00です。次回から新しい場面になります。感想ありましたらお願いいたします。



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