封印されしもの、その128~目覚める怪物⑧~
「危ないわ、下がりなさい!」
「なんつう戦いだよ。人間のできる戦いじゃねぇ!」
「遥か彼方、魔人たちの起こした戦争の再現とでもいうのですか。あるいはそれ以上の戦いが見られるかもしれませんね」
ウィスパーが宙から感嘆を漏らしていた。だが、同時に首を振ってもいた。
「ですが、これは私の求める闘争ではない。ここにはただ戦いの歓喜と怒りしかない。戦いには様々な感情がなければならない。それは歓喜であり、悲哀であり、憐憫であり、また感動でもある。これは、ただ破壊するだけの戦いだ」
「馬鹿なことを言ってるんじゃねぇ。戦いはどこまで行っても戦いだ、そこに美しいも汚いもあるか」
「あなたとは気が合いそうにありませんね、ライン殿」
「自分の姿も見せねぇ卑怯者だからな、お前は。気が合う必要なんか微塵も感じないね」
ウィスパーとラインがしばし睨み合ったが、ティタニアが二人の睨み合いを切って捨てた。
「綺麗だろうが汚かろうが、どちらでも構わいません。私にとって重要なのは、あのバイクゼルなる者を倒すことだけ。あれは生かしておいてはいけない者だ。ここを逃せば、己が楽しみのために死と破壊をまき散らすだけの存在になるでしょう。そうなれば、もはやオーランゼブルがどうとなど言っている時間はなくなります。奴を倒すためなら命は惜しみません。隙があるなら、割って入る所存」
「神々の戦いにも等しい中に、人の身で割って入ると?」
「神などいない。いるのは精霊と、非常に強力な化け物だけ。そこに在るのなら、たとえ神と呼ばれる者でも斬って見せます。そのための、私の剣ですから」
「勇ましいことだな、剣帝。なら俺も一口噛ませてもらおうか」
「・・・」
ラインとルナティカも前に出る。二人ともわかっているのだ。仮に影が敗北すれば、それは即自分たちの敗北につながることを。もしバイクゼルが優勢となるなら、死を覚悟してでも戦いに参加する必要があった。
だが彼らの想像は予想外に裏切られる。戦いを優勢に進めているのは、影の方だった。
「シャアアアッ!」
「む・・・ぐっ」
バイクゼルは増やした腕や頭から、魔術だけではなくブレスや打撃を繰り出している。だが、体を魔眼で強化し、魔力を食らう影には効果があるようには見えなかった。大きな魔術合戦になれば、自分の魔力で構成された大地にいるバイクゼルが有利になるのはわかりきっていたので、影はいち早く接近戦に持ち込んでみせた。そしてその一撃一撃は、非常に軽い。たとえるなら、いつでもお前に本気で打ち込んでやるぞ、と牽制を続けているようなものだった。少しでもバイクゼルが隙を見せれば、強力な一撃を叩む予兆を与え続ける。
影がなぜ接近戦を挑んだのか、その理由がバイクゼルには今わかった。
「(ぬううう! ここまで接近戦で『使う』とは! 眠っていたのを差し引いても、こいつは強い。この距離では大きな魔術は使う暇がないし、このままでは押し切られる。頭部を増やすことにも隙ができることを、こいつは知っている。うかつに力を解放すれば、その隙を突いて連続攻撃を仕掛けてくるかもしれん。ならば!)」
バイクゼルは周囲に放っておいた氷の球を爆発させた。すると細かく割れた氷弾が無数に飛び散り、あたかも散弾銃のように周囲を貫いた。氷の生物であるバイクゼルは当然何ともないが、さしもの影でも躱すこともできず肉を削がれる。そして同時に凄まじい勢いで大気の温度が下がった。攻撃と共に、自分に有利な場を作り出す魔術。空気の一部を凍結させるほどの急激な気温の低下に、普通の生物なら一瞬で凍って動けなくなる。
だが影は一切躊躇しなかった。バイクゼルの攻撃は予想できる範囲の魔術であり、仕掛けを使ったことによりバイクゼルにできた心の虚をついて、腰を沈めてその正中線を拳で打ち抜いた。
「ごっ・・・」
さしものバイクゼルも動きが止まった。いかに普通の生物と違うといえど、二足歩行する生き物は基本的に正中を打てば動きが止まることを影は知っている。ここで影が追撃に来ると思い、バイクゼルは相討ち覚悟で攻勢に回ろうとした。互いの一撃が当たれば、生命力の高い自分が有利になるからだ。
だが影はバイクゼルを嘲笑うかのように、逆にその場から退いていた。
「やれ、アルフィリース!」
「わあああっ!」
バイクゼルは背後にいたアルフィリースが剣を振りかぶってるのを見た。その剣は雷鳴剣。さらにアルフィリースは自身の魔術で、上乗せをしている。雷鳴剣は影の指示だが、アルフィリースは氷球が爆発したのを見て、咄嗟に雷鳴を上乗せしていた。
アルフィリースが全力で放つインパルスは、エメラルドのそれよりも遥かに威力が上だった。魔術の素養があれば、魔剣は威力を増す。さらに魔術まで上乗せしたことで、通常の倍以上の威力を持った雷鳴剣の一撃となった。
バイクゼルの前に光の筋が見え、直後轟音と共にバイクゼルは雷鳴に飲み込まれた。
「――!」
声にならないバイクゼルの悶絶は、雷鳴に飲み込まれた。影がアルフィリースを宙で褒める。
「よく上乗せしたな!」
「空気が冷えたのを感じたからね。空気が冷えると抵抗が下がって、雷ってよく流れるのよ!」
「流石だ!」
「ふん、ようやく俺の出番か」
ライフレスが頭上に火球を作って待っていた。その火球から、波動熱が周期的に伝わってくる。
「あ、あつっ!」
「火球というのは極限になると波動を放つのだ。人体に有害な波動をな。この魔法を最後まで編んだ時に発現する現象だ。これでも俺が抑えているのだぞ?」
「いいから早く打ちなさい!」
「大丈夫だ、一度放てばこれ自身に引力が生じる。敵は自ら吸い込まれ、判決を受けるのだ。ただし、生き残るという判決は下らんがな!」
《死を生む太陽による判決》
感電したままのバイクゼルに、ライフレスの魔法が迫る。ライフレスは確信した。この距離なら間違いなく命中する。魔法はバイクゼルを飲み込み、はるかかなたまで押しやった後、盛大な爆発をするだろう。
かつて都市と王国の軍隊まるごと飲み込んだ魔法。下手をするとここは氷原ではなくなるかもしれないとライフレスは考えたが、変哲のない白い世界には飽きていたので、これで清々すると考えていた。
誰もが影の作戦が決まったと考えた。バイクゼルの様子を感知できるリサも、精霊の声を聞けるメイソンも、類稀な戦闘感覚を持つティタニアも、並外れた直感を持つアルフィリースも、バイクゼルのことを知っており多大な戦闘経験を持つ影も、誰もがこれで勝ったと思っていた。さらには影は確実にとどめを刺すため、もう一工夫を加えていたのだから。
だが、彼らはなぜバイクゼルがバイクゼル足り得るかを本当の意味でわかっているとは言えなかった。その時、全てが凍り付いた。
続く
次回投稿は、9/2(火)13:00です。連日投稿です。