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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その127~目覚める怪物⑦~


「・・・虫けら、貴様何者だ?」

「はい?」


 突如として自分の方を向いたバイクゼルに、アルフィリースが身を固くした。さしものアルフィリースも、相手がどのくらいの化け物なのかわかっている。そのバイクゼルが自分に注目する理由がわからなかった。影なら、今はテトラポリシュカに乗り移っているのだ。ただの人間である自分に注目される理由がわからない。

 だがアルフィリースはふと考える。そもそもオーランゼブルが自分に興味を抱いたのは何なのか。アルフィリースの想像では影はオーランゼブルの使い魔だと思っていたが、影を自分にとり憑かせる理由がわからない。ドラグレオに言われた御子なる言葉が何か関係しているのかもしれないが、調べてみてもそれらしき正解は見当たらなかった。

 そんなことを考えていたせいか、バイクゼルの手がぬうっと伸びてきたその時、ぼうっとするアルフィリースを呼び起こすかのように黄金の大剣が振り下ろされていた。バイクゼルの腕が切り落とされ、ティタニアが割って入ってくる。


「気に食わないですね。あなたが虫けら扱いする人間の力を見せてあげましょう」

「・・・」


 バイクゼルは返事すらせず、不快な表情と共に至近距離で繰り出される拳や氷の魔術の猛攻を、ティタニアは黄金剣で全て受け流していた。背後にいるアルフィリースには、一撃もかすらせないほどの絶妙な剣技。業を煮やしたバイクゼルが、さらに二本の腕を繰り出してきた。


「ちょこざいな!」

「そのまま返しましょう!」


 ティタニアの足が地面を踏みしめ、腰から上がブレたように急激に動く。零距離からの居合術が、バイクゼルの胴体を真っ二つにしていた。その時、リサが急に声を張り上げた。


「ティタニア、本体は上です!」

「はあっ!」


 ティタニアが残した腰で、黒い大剣を用いてもう一撃を繰り出す。今度は唐竹割に真っ二つになるバイクゼルだが、さらにリサが声を出す。


「今度は左!」


 心臓側にあるバイクゼルの本体をリサは感知して指示するが、ティタニアも連撃で居合を繰り出したせいで、一呼吸がつなぎに必要でこれ以上の追撃はできないでいた。

 だが追撃にはライフレスとメイソンが加わる。


「俺一人で十分だぞ、小僧」

「反応が同じなんだからしょうがねぇだろうが、でしょうが」


 ライフレスの風の魔術と、メイソンの土の魔術が同時に炸裂した。まさに八つ裂きの状態で宙に舞うバイクゼル。そこにミュスカデが使用する爆炎の火球が狙いを定めている。


「これでどうだい!」


 ミュスカデの魔術がバイクゼルの本体を直撃した。だが四散したバイクゼルの残骸の一つから、一瞬で全身を再生させる。頭部の数は、20個にまでなっていた。


「不死身か?」

「いえ、一瞬再生が遅れました。やはり氷の化け物なのか、炎は効果があるようです。足りないのは火力だけ。つまり――」

「ライフレスの魔法が決め手か」


 既に念話の作戦通り、ライフレスは一撃を加えた後、魔法の詠唱に入っていた。氷の大地で炎の詠唱をするのは本来非常に相性が悪いが、自らに内蔵された膨大な魔力を使用するライフレスは、大地の不利にさほど影響されない。

 それでも詠唱中は無防備なため、バイクゼルを押しとどめる必要がある。本来なら真竜のブレスで焼き尽くせばいいのだが、近くに先ほど放った《死を生む太陽による判決デッド・ライジング》に誘爆でもしたら、ここにいる者たちは誰も助かるまい。

 影は知っていた。バイクゼルも口では大きなことを言いながらも、大きな魔術を使っての戦いは避けていることに。うかつに近くの魔法に誘爆すれば、どの程度のダメージを被るのか、バイクゼルもまた測りかねているのだ。だからこそ、ライフレスの魔法は切り札足り得る。

 何としても、ライフレスの魔法を直撃させるだけの隙を作り出す必要があった。


「それにしてもあの姿、アノーマリーが作った化け物に似ているな」

「アノーマリーは知らず知らず、バイクゼルの本体を真似ていたのかもな。元がバイクゼルの魔力を用いた実験なのだ。完成する魔王はバイクゼルに似てもおかしくない」

「そんなものか」

「根拠はないがな。それよりここからの手筈はよいな?」


 影の言葉に全員が頷く。影の作戦は何通りもあったが、ここからはまさに瞬間の判断が命取りになる。むしろ成功の確率は非常に低かった。先ほどの連撃で本当は仕留めておきたかったのだが、それほど甘い相手ではないらしい。次に失敗すれば、本当に後がなかった。

 バイクゼルが無言で両手に氷の球を作り出していた。巨大な氷球は徐々に小さく分裂し、宙にふわふわと浮いている。一見美しい光景だが、同時に恐ろしくもあった。何かしらの罠であることを恐れたのではない、バイクゼルが笑っていないことが最も恐ろしかった。もう油断も隙もなくなった証左。


「なるほど、絶対的な生命力や魔力はなくとも、戦い方を工夫することで強さを発揮する。俺たちの時代にはなかった発想だ。貧相だが、努力の跡が見える。種族なりの戦い方なのだな」

「そういうことだ」


 影は堂々と正面から踏み込んでいった。ここから先は、本当に命がけになる。おそらくは、バイクゼルにはまだ封印されていた影響がある。頭部の数をさらに出してこないのは、自信というよりは、そうできないのだと影は判断した。

 ここが最後の勝負所だ。宙に浮く氷球も、もはや気にしていない。二人は互いに息のかかる距離で対峙した。


「勝てると思っているのか?」

「勝てるかどうかじゃない。戦いってのはそうじゃないはずだ」

「これは質問した俺が愚かだったな。同じ考えの相手がいて嬉しいではないか」

「私は悲しいね。こんな考え方の連中ばかりじゃ、何も進歩しない」

「戦いこそが種の進化を促すのだ」

「そう思っていた時期もあった。でも今はそうでもないと思っている」

「あの女の影響か?」


 バイクゼルがアルフィリースをちらりと見た。影はこくりと頷く。


「それだけじゃない。だが確信は得られた」

「あの女は何者だ?」

「さぁな。だが本当の意味で目覚めれば、きっと全てを変えるだろう。今は私の中の感情と折り合いをつけるのがとても難しい」

「どういうことだ?」

「こちらの事情だ。それよりお前こそ、彼女を恐れているんじゃないのか? 得体が知れない者には皆恐怖を抱くからな」

「恐怖、だと? 俺が恐怖だと!?」


 影とバイクゼルの間に風が吹いた。それで会話が完全に途切れ、急に世界は止まったように静かになった。張り詰める空気が痛いのは、単に寒さのせいだけではないだろう。誰もが張り詰める殺気と魔力を感じていた。

 そして次に風が吹いた瞬間が戦いの合図となった。彼らに間には目に見えぬほどの速度で攻防がなされ、彼らを中心に巻き上がった魔力が突如として暴風と衝撃波になり、彼らを中心にかまいたちのような風が発生していた。風が当たって、アルフィリースの肌が薄く裂ける。



続く

次回投稿は、9/1(火)13:00です。連日投稿になります。

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