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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その126~目覚める怪物⑥~


「・・・ちっ、やはりこの魔力は・・・」

「なるほど、他人の魔力を奪うのか。覚えがあるぞ、その能力」


 氷柱に押しつぶされたはずのバイクゼルから声が聞こえた。同時に影は飛びのき、氷柱が音もなく砕け散った。

 潰れたはずのバイクゼルには傷一つなく、頭は八つに増えていた。先ほどまで見えていた侮蔑などの感情は、既に消えていた。むしろどこか懐かしそうですらある。


「見違えたぞ。もっとも貴様は本当に別の姿だったし、そもそも力がまるで違う。もっと戦いの場の端を這いずりまわるだけの、下卑た存在だったはずだ」

「あれから何千年経ったと思っている? 見違えもするさ」

「なるほど、それほど時間が経っているのか。それなら人間などが我が物顔をしているのも頷けるし、俺を見ても恐れないのもわかるな。俺が歩いただけで息を潜めてやり過ごすのが、他の生き物の慣わしだったはずだ。

 一つ聞く。ここにいるものは人間としては普通の程度なのか。それともかなりの強者なのか」

「かなりの強者だ。おそらくは最強に近い者達だろうな」

「なるほど」


 バイクゼルは一つ頷き、何かを決意した顔になった。


「ならばやはりつまらん。この程度だとするなら、何体集まろうと俺の敵にはなるまい。ならばさっさとこの場を切り上げ、イグナージかエンデロードでも起こして戦った方が寂寥も紛れようというもの。どうせ奴らはまだ眠っているのだろう?」

「ふん、貴様と違って自ら眠りについたからな。だが、それは私を倒してから言うがいい」

「虚勢をはるな、空け者。既に死にゆくその体では全力も出せまい、頭十個もあれば十分よ」


 バイクゼルの肩から、さらに二つの頭が出現した。頭は一際大きく、またバイクゼルの体も心なしか大きくなっているように見えた。

 ライフレスがぽつりとつぶやくように問いかけた。


「おい、奴の頭はいくつまである?」

「知らん。見たことがあるのは、27個までだ」

「にじゅう、ななだと?」

「20個を過ぎたあたりから真竜でも手に負えなくなる。古竜の長とやり合っていた時などの頭の数は、想像したくもないな。

 隙があるとすれば、奴が油断している時までだ。奴が本気になったら倒すことは不可能になる。わかるな? 今奴の眼には、お前達の姿はほとんど目に入っていないだろう。だからこそ勝機がある」


 影が念話でその場にいる者に作戦を伝えた。その方法に全員がはっとなる。


「(・・・なるほど、確かに勝つならそうなるかと。ですができますか?)」

「(できなければ死ぬだけだ。覚悟を決めろ)」

「(人の立てた作戦とは癪だが、この際仕方あるまい。貴様の策に乗ってやろう)」

「(うむ、確かに言い争っている暇はないだろうからな)」


 念話を受けて全員が腹を決めたが、バイクゼルには関係なかった。元々人間や腐った真竜などは問題にしていない。彼にとっては、全てが足元を這いずりまわる羽虫と同じ。バイクゼルの眼中には、テトラポリシュカの体を乗っ取った影にしか最初からいない。

 だが改めて、バイクゼルは久しぶりの戦いを楽しんではいた。彼にとって戦いとは本能からくる破壊衝動であり、思うがままに力を振るうことが何より楽しくしょうがなかった。戦いに巻き込まれて死ぬ者、壊れて形を変える大地ですら関係がない。弱い者、脆い物はなくなってしまえばいいとさえ思っている。眼に入る同格の種族はせいぜい古竜と、古参の魔人、それに古代から生きた魔獣程度。それですら自分を楽しませこそすれ、脅かす存在ではないと思っていた。

 だから自分と同程度の者たちと思っていた連中が、徒党を組んで襲い掛かってきたとき、バイクゼルは鬼胎を抱いたのではなく、ただ慚愧に堪えなかった。誰もが自分と同じく戦いを楽しんでいると思っていたのに。それも自分を殺すのではなく、封印して役目を強制的に与えた。意識はあったが、身動き一つできず自分の意識を誰かに伝えることもできない。生殺しもいいところだった。残ったのは恨みと、戦いへの憧憬だけ。そして同時に、自分と同じ程度の存在にまた会いたいという、不思議な懐古の常念だけだった。だから、バイクゼルは決して恐れを抱いたわけではない。

 だが今、バイクゼルは何気なく眺めながら視線が突如として止まり、びくりとしたのが何の感情なのかわからなかった。視線の先には人間の女――アルフィリースがいた。バイクゼルは自分が抱いた感情を、恐怖と呼ぶことは知らなかった。



続く

次回投稿は8/31(月)13:00です。連続投稿します。

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