封印されしもの、その125~目覚める怪物⑤~
「アルフィ!」
「う・・・大丈夫」
「何がありましたか!?」
「多分、彼女が抜けたせいだと思う」
「え?」
心配そうにアルフィリースの様子を伺う背後に、ウィクトリエに支えられていたテトラポリシュカの雰囲気が変わったことを誰もが察していた。ウィクトリエすら、その変貌を感じて徐々に離れている。
そして顔を上げたテトラポリシュカはアルフィリースを一瞥すると小さく頷き、そしてウィクトリエに向かって言った。
「そうかテトラポリシュカ、お前は既に・・・すまんな、こんなことになって」
「・・・母様?」
「せめてその雄姿を心に刻むとよいだろう、ウィクトリエ。お前の母は強い。今ならそれが私にもわかる」
それだけ言い残し、影は駆け出していた。向かうはバイクゼル。雪煙が吹き飛ぶ頃、傷一つないバイクゼルが再び姿を現していた。周囲には、既に宙に浮かぶ氷柱が無数に漂っていた。
「中々に良い一撃だった。褒めてやろう。だが許せんな、下等な生物の分際で私を殴るとは。八つ裂きにしても足らんぞ」
「神気取りの化け物が。ぺらぺらしゃべるな!」
影が《圧搾大気》を放つも、それを防御することなく体で受け止めるバイクゼル。
「微風だな」
微動だにしないバイクゼルに、魔術を囮に飛び込む影。当然バイクゼルもそれを読んでおり、互いの拳が激突した。勝ったのは、自らの硬度を変化させたテトラポリシュカ。バイクゼルの右腕は、千切れて粉砕されていた。
「ほぅ」
「せあっ!」
影の拳は一撃でバイクゼルの胸を貫く。体格もまるで違う二人だが、影の一撃はバイクゼルを大きく突き上げある形になり、拳を引き抜きざま爆裂の魔術を体内に置いてきた。
至近距離でバイクゼルの体が爆発し、血肉が飛び散るのを影は浴びながら瞬き一つせず炎の獣の群れを魔術で呼び寄せ、地面に墜落したバイクゼルの残骸めがけて飛びかからせる。一方的な影の攻勢であった。
「強い・・・」
「いや、奴があまりに抵抗がない。それにまだ気配が消えていない」
ティタニアの指摘通り、暴れ狂う炎の獣の群れが一瞬で凍り付いた。砕けて雪花となった彼らが風で吹き流されると、地面の下から再度バイクゼルが現れた。貫いたはずの胸、そして砕いた右腕と吹き飛んだ右肩に顔が出現していた。それぞれの口が交互に話している。
「ふむ、惰弱な生き物ではないようだ」
「当然だ。私はお前たちの戦いを見て育ったのだからな」
「なるほど。お前の気配はいまだに思い出さないが、相当に古い者であることに違いはないようだな。ならば俺がまだ本気ではないことも知っているな?」
「当然。こちらはお前の全力も想定して作戦を考えている」
影の言い方に、バイクゼルは不気味で挑戦的な笑みを浮かべていた。
「楽しみにしておこう。ならばこのくらいは余興に過ぎないだろうな」
音も間もなく宙に出現したのは、無数の巨大な氷槍。それぞれが狙いを定めるわけではなく、ただ無造作に数で押しつぶすために作られたことがわかる。バイクゼルは遊んでいるのだと、影にはわかっていた。
試すように笑うバイクゼルの口から魔術が紡がれる。
《串刺す氷柱》
だが影はあえて突き進んだ。受けに回っていては、とてもではないが捌き切れない。受け流し、あるいは硬度を上げて受けながら影は突き進んだ。そこに嘲笑うようなバイクゼルの声。
「ちょこまかとよく避ける。だがこれはどうだ!」
《大氷原の破城槌》
今度はダロンをも一撃で潰すほどの巨大な氷柱が無数に現れた。狙いは一点、影である。こんなものが多数投げつけられては、どうやったって躱しようがないだろう。だから、影は一層踏み込んだのだ。
「馬鹿が!」
「馬鹿は貴様だ!」
影がテトラポリシュカの魔眼を展開する。さらに自らの魔術でその能力を補強。影は一瞬で巨大な氷柱の動きを奪い、その流れを反転させた。バイクゼルが気付いた時にはもう遅い。
バイクゼルは叩きつけられた氷柱で、無残にその体を潰されていた。左腕だけが、宙を掴むように氷柱の隙間からはみ出している。
影はその腕に走り寄ると、渾身の力で握りしめた。
続く
次回投稿は、8/30(日)13:00です。