封印されしもの、その123~目覚める怪物③~
「この大地はテトラポリシュカが眠り、確かに氷原の魔女によって封印された。だがそれよりはるか以前に、この大地に封印された者がいたのさ。その魔物のせいでこの大地は雪と氷に閉ざされ、生き物が住めない土地になった。僕は偶然にもその生き物を掘り当て、しかも工房の動力に活用することを思いついた。正確には、『それ』から漏れ出る魔力を勝手に拾い集めていた。
わかるかい? 漏れ出た魔力を使用してすら、セカンドやあれだけ強力なヘカトンケイルが作成できた。さて、本体の強大さはいかほどか。残念ながら想像もできないね。一部、その能力を想像しながら魔王を作ることに成功したが、それだけでも歴代最高の個体になった。それがアイガオーンだ。
本当のところは、そうだな・・・もしかしたらオーランゼブルなら知っているのかもね。だって、彼らの封印には一部、竜やハイエルフの使用する言語が用いられていたからね。ただ竜言語も現在する竜とは違う――真竜よりももっと古い古竜の言葉だろう。ひょうっとしたら、オーランゼブルが生まれる前の生物かもしれない。
どうしてそんな生物がこんなところに封印されているのか。それはわからないが、ただ一つわかるのは、『それ』がまだ生きていて、そして眠りが浅いということだけ。だからちょっとした仕掛けをしたよ。この工房が壊れたら、魔力を回収する装置を逆流させて、『それ』を刺激してみたらどうだろう、とね。
結果はキミたちに確認してもらおう。もっとも、ひょっとしたらこの大地ごとなくなっちゃうかもしれないけどねぇ~あはははははは! キミたちの今の表情が見れないのが、本当に、本当に残念だよ~」
アノーマリーの消えゆく高笑いと共に、地面は大きく崩落し、巨大な穴がぽかりとその口を開けた。その中から突如として立ち込める、嵐のような魔力の放出。同時に聞こえた大地を揺るがす咆哮にその場の誰もが耳を塞いだ。そのため、影がつぶやいた言葉を聞いた者は、アルフィリースとリサ以外には誰もいなかったのだ。
「そんな馬鹿な――バイクゼルが目覚めるだと!? そんなことはこの大地が崩壊しない限り、ありえないはずではなかったのか! これでは何のために――」
アルフィリースとリサは、影が初めて本当の意味で動揺し、そして恐れているのに気付いたのだ。
***
工房の地下深く、いまだレイヤーはアノーマリーの工房を探索していた。この場所に保管されている武器、書物をできる限り運び出そうとしていた。特に重要そうなものは既にこっそりとルナティカに合流し託していたが、その他諸々をできる限り運び出そうと試みていた。
怪力のレイヤーにとって、量はさほど気にならない。だが、両手と背中を使って抱えきれないものに関してはどうするべきか、頭を悩ませるところだった。
「困ったな・・・どれが本当に役に立つのかわからない。武器はなんとなくわかるけど、僕は魔術士じゃないし、これ以上は運べないな」
「手伝ってやろうか、さしあげましょうか?」
突如として声をかけてきたのはメイソン。レイヤーはちょっと驚いた顔をしたが、実際的でない反応には興味がなかったので、すぐにその申し出を受けた。
「お願いします」
「お? いやに素直だな」
「運び出せないよりは、運び出せた方が良いに決まってる。それにここはもうすぐ崩れる。往復する時間があるなら、考えるより先に行動しているさ」
「納得だ。俺も転移の魔術を使えって一部を既に運び出している。今お前が持っているのは分けてやるから、それ以外を運ぶって条件なら手伝ってやる、あげますよ」
「乗った」
実務的な二人の会話はすぐにまとまり、二人は黙々と一か所に物を集め始めた。その間に、メイソンはさっさとその周りに魔法陣を描いていた。
「最初から脱出の準備を?」
「当然だ。離脱を想定して、この工房内だけで十か所は転移の魔法陣を描いている。外にも、最低四か所は脱出する場所を準備してある。退却路を確保するのは、潜入する時の常套手段というよりは、常識だ、常識ですね」
「魔術はいいね。僕にはできない」
「やり方を知らんだけだ。元来魔術の素養というものは誰もが備えている。大なり小なり、魔術が全く使えないという者は存在しない。そうであれば、それは人間じゃない、じゃありません」
「じゃあ僕にも魔術の才能が?」
「・・・診てやろうか?」
メイソンが面白そうにレイヤーの方を見たので、レイヤーはちょっとたじろいだ。
「そう言って、変なことをするつもりでしょ?」
「誤解を招くようなことを言うんじゃない。魔術の流れをちょっと探れば、どのような属性が向いているか、およそどの程度の内臓魔力を有しているかはすぐわかる。触る必要すらないし、時間もかからん。もっとも、アルネリア教会では俺くらいしかできんがな」
「ふーん。じゃあちょっと診てほしいな。魔術が使えるなら、僕もいずれ練習してみたいし。そうすれば戦い方の幅も広がるだろうしね」
「いいだろう」
これはメイソンの純粋な興味であった。メイソンはこの少年が戦いの中で成長するのを見て、また剣技を見ても只者ではないとわかっていた。成長すれば当然アルネリアの脅威となりうる可能性もあったが、純粋にどこまで強くなるのか見てみたくもあった。
だが魔術に対して何の耐性、知識がなければ暗愚な魔術士にもいいように使われかねない。それはこの才能の無駄遣いだろうと、メイソンはその才を惜しんだのである。
だがメイソンはレイヤーの気を探り始めてすぐに、おかしなことにに気づいていた。
「・・・・・・? なんだこれは」
「どうしたの? 何かおかしい?」
「いや、これは俺も今までに経験のないことだ。久しぶりにやるからな、ちょっと待て」
メイソンは慌てて姿勢をただし、自分の体調と魔力の流れを再度確認した。連戦とはいえ、疲労はあまりない。自らの魔力の巡りもおかしくない。なのに、レイヤーの体の中にある魔力を一切感じることができないのだ。
そんなはずはない。生きている人間なら、必ず魔力の流れがある。そうでなければ、その人間は死んでいるのと同然なのだ。精霊の加護を一切受けれない人間など、いるはずがない。
メイソンが違和感を感じて再度レイヤーに手をかざそうとした、その時だった。再度大きな振動が工房内に響いてきたのは。
「大きい!」
「これは――いかん、崩れる! 魔法陣を起動させるぞ!」
「まだ全部運んでないのに!」
「諦めろ、命の方が優先だ!」
メイソンは、先に抱いた疑問など既に消えてしまっていた。それよりも今は、この非常事態を切り抜ける方が先決だった。何より、先ほどから大量の魔力が足元や周囲から噴き出し始めている。これが単一の存在から噴き出しているとしたら、自分が討伐してきたどの魔物より強力な相手がいることになる。
メイソンは一刻も早く、地上に出て状況を把握する必要があると考えた。メイソンがこの時、レイヤーのことをきちんと調べなかったことを悔いるのは、随分先のことになる。
続く
次回投稿は、8/26(水)14:00です。