封印されしもの、その122~目覚める怪物②~
「・・・よくわかりましたね。さすがは銀の暗殺者とでも言いましょうか。どうして気づきました?」
「わからない。ただ、一度感じた人間の気、それも危ないと思った人間の気は決して忘れない。それだけ」
「ふふ、これはこれは。私を人間扱いする他人は久しぶりですね。で、どうしますか?」
「どうもしない。私達に危害を加えるなら戦うし、そうでなければ戦わない。それだけ」
「ふむ」
ウィスパーは少し面白そうに悩むふりをしながら、ゆっくりと返事をした。
「なるほど・・・私としても今回はオーランゼブルの頼みを聞いてこちらに出てきただけなので、それ以外の目的はなかったのですがね。もちろんここにアルフィリースがいることは聞いていませんし。私としてもここでアルフィリースを殺してしまうつもりはありません。ルナティカ、もちろんあなたも。
オーランゼブルに恩を売るなら、ここでむしろあなた方を助けた方がよいのでしょうが・・・さて、そちらの剣帝と王様は殺気だったままですが」
「それはそうだろう。奇怪なことをする得体のしれん奴め」
「道化にしてはいささか度が過ぎるな。その真竜、どのようにして操っている?」
厳しく問い詰める声にも、ウィスパーはくすくすとさざめくように笑うだけだ。
「それは当然秘密です。私も自分の能力に驚いているのですがね。私もこの工房を吹き飛ばして終わり、の仕事のはずでしたが、一体オーランゼブルはどこまで事態を把握していたのでしょうか。それとも、これはアノーマリーの最後の足掻きなのでしょうか。みなさん、気付きましたか?」
「? 何がだ?」
ライフレスを始め、誰もがウィスパーの言葉を理解できなかったが、最も早く反応したのは影の意識の下にいるアルフィリースだった。
「(ねぇ・・・この大地、こんなに静かだったかしら?)」
「(? そういえば・・・氷の精霊すら声が聞こえないな。この工房に入る前までは確かに聞こえていたはずだが)」
「(嫌な予感がするわね。精霊が沈黙するなんて、経験がないわ。人間がいなくても何か生き物がいれば精霊は騒ぐし、何もいなくても闇の精霊はそこにいるわ。でもこれは――)」
「(精霊が静かにする時はある。自分達を行使する強力な存在がある時だ。と、いうことは――)」
影が何かを言いかけた時、不快な笑い声が雪原に響いた。ここにいる全員が聞き覚えのある声に、不快感よりも驚きの方が強かった。
「やあ、みんな。元気にしているかな?」
「この声、アノーマリーか!」
「なぜだ!? 確かに奴は死んだはずだ!」
「あ、先に言っておくけどこの声を聞いているということは、ボクは死んだってことだからね。どこの誰かさんがここにいるのか知らないけど、あしからず」
自分が死ぬことを想定した伝言の魔術だと、その場の全員が理解した。魔術士は自分の遺言を魔術で残すことがあるが、その一つのようだ。それにしてもこの大音量。随分と自己主張の強い遺言もあったものだと、何人かは呆れていた。
それらの感情も関係なく、アノーマリーの遺言は続く。一方的な発言なので、それも当然だ。
「この言葉は一方的だから、質問は受け付けないよ? あ、でも聞き終わった後に爆発とかはないから、ゆっくりしていってね!
ま、一つの可能性として、当然ボクが敗北して死ぬってことも予想していたのさ。相当な罠を用意したつもりだけど、仮に黒の魔術士が総出で僕を倒しに来た場合、これを逃れるすべはないだろう。だけど、ただ死ぬだけじゃ芸がない。ボクは執念深いからね。
そこでこの方法を考えた。ボクが死んでも、ボクを殺した奴を確実に葬る方法を」
アノーマリーの発言と同時に、地面が揺れた。相当大きな地震に工房が崩壊を始め、地面が陥没してゆく。アルフィリース達は咄嗟に飛びずさり、沈んでいく地面から距離を取った。そして同時にアルフィルースが影の支配を弾き飛ばし、叫んでいた。
「ターシャ! 天馬に負傷した人間を乗せて、ここから離れなさい! ここは危険だわ!」
「団長はどうするんですか!?」
「足止めをする! 行きなさい!」
何から足止めをするのかは不明だったが、アルフィリースの声には有無を言わせない強さがあった。ターシャもまた天馬の尋常ではない怯えを感じ取り、その場から離れることを決意した。逆にアルフィリースの傍に残ったのは、隊長格の人間ばかりである。
そして残った者達はアノーマリーの不吉な言葉と、出会うべきではない者に出会うことになる。
「ここに工房を作ろうと思ったのは、人目を避けたいからだ。だが同時に問題もあった。あらゆる資源、材料をどうするかというね。幸いにしてこの大地にも生き物はいたから材料の調達にはさほど困らなかったし、転移の魔術はボクが得意とするところだから、転移の気配を悟られずにこの工房に色々な物を持ち込むことは可能だった。
だけど困ったのは燃料などの資源だ。さしものボクも、零から何かを作ることはできない。ボクの工房を稼働させるにも燃料は必要だし、そうでなければ精霊魔術か理魔術が必要だ。だが氷の精霊は何かを稼働させるのには向いていない。工房の規模が大きくなるにつれてその問題は表面化したが、ボクは偶然にもある事実に気付いた。
この大地、思ったよりも地脈が豊富にあるとね。地脈のことはご存知かな?」
アノーマリーはまるで返事を待つかのように一端間を取った。
「地脈と言うのは大地に流れる魔力の流れ。多くは地の精霊が形成するが、水の流れの多いところでは水の精霊が関わることもあるし、火山では火の精霊が関わる。要は様々な精霊や、精霊にすらならない何かの一定方向の流れのことだ。大規模な魔術では地脈の流れを考えることが大切だし、繁栄する都市というのは地脈の上にあることが多い。地脈があると、資源が豊富になるのは知ってのとおりだ。
それだけではなく、魔術士が生まれるのも、地脈の上にある土地が多いことは知っているかな? 魔術協会は、そういった地脈図なるものを持っているらしいね。もっとも、地脈の本流はほとんど不変だけど、支流は刻々と変化することは知られていない。
さて、話を戻そう。この大地にある地脈の本流は氷の精霊が主に形成しているわけだが、そもそもどうして氷なのか――ピレボスにぶつかった季節風がこの大地の形成に関係しているせいだと考えたけど、この大地では常に北からの季節風が吹いているわけではない。それに冬は大雪もあるけど、ここまでの雪が積もるほどの気候ではないはずなんだよ。同じ条件なら、天馬の産地であるロックハイヤーの方がよほど大雪が降っている。それでもあの土地は夏には雪解けがあるが、ここノースシールではどこも雪が融けることがない。それはなぜか。
逆転の発想だ。土地の構造から雪が降るんじゃない。雪を降らせる仕組みがあるから、ここは大雪原になったのだとね。さて、勘の良い方は既におわかりだろう。ボクが何を言わんとしているかね」
アノーマリーの言葉が悪意を孕み始める。
続く
次回投稿は、8/24(月)14:00です。