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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その121~目覚める怪物①~


「母上?」

「む・・・さすがに体にガタが来たか。先に行きなさい、後を追う」

「ですが、しかし」

「ふう、懲りない馬鹿弟子だ。また同じ過ちを繰り返すのか」


 盛大なため息と共に、影がテトラポリシュカを抱えていた。


「ウィクトリエ、先行しろ。少々重いのでな、後に付く」

「はい、お願いいたします」


 ウィクトリエは無駄な会話もなくテトラポリシュカを預けて自らは先行のため走り出したが、テトラポリシュカを抱えた影はひっそりと聞こえぬようにつぶやいた。


「テトラポリシュカ、私は貴様を軟弱者に育てた覚えはないぞ。死ぬなら戦って死ね」

「はは、相変わらず手厳しい――もういくばくももたぬでしょう。死に際は見せたくなかったのですが」

「それで残された者はどうなるのか。戦場では、恨みに満ちて死にゆく者の顔や目を見ぬ方が良いこともあろう。だが見送ってやらねば、残された者はいつまでも無念だ。貴様と同じ思いを、娘にもさせるつもりか」


 その言葉にテトラポリシュカが目を丸くした。


「驚いた。随分とお優しいことで」

「――と、アルフィリースが言っている」

「ふふ、どうだか」


 だがそれ以上は影も何も言わず、黙してテトラポリシュカを抱えたまま走り続けた。普段は目をじっと見ることの多い人だが、これは照れているのだろうかとテトラポリシュカは思わず苦笑せずにはいられなかった。


***


 影とウィクトリエが外に出た時、外の状況を理解するのにさしもの影も時間がかかった。空には巨大な竜の群れ。その数は50を下らず、彼らと対峙するようにライフレスが巨鳥に乗って空にいた。またティタニアも抜剣し、殺気だって空を睨みつけている。

 アルフィリース達が外に出たのに気づくと、リサとライン、ルナティカ、それにラーナ、ニア、セイト、クローゼス、ミュスカデが切羽詰まった表情で駆け寄ってきた。さしもの影も状況が把握できず、苛立ちを隠せないでいる。


「どうなっている!?」

「外に出たらもうこの状況でした。やり取りを聞くに、奴らはどうやら裏切り者のアノーマリーごと、この工房を破壊するために派遣されてきたらしいですね」

「誰が派遣したというのだ」

「オーランゼブルだそうですが」


 リサの言葉に、影が馬鹿にするなとでも言いたげに声を上げた。


「はっ、真竜がどうしてオーランゼブルの言うことを聞かねばならん。グウェンドルフの言葉ならいざ知らず、オーランゼブルの命令を聞く謂れはあるまいが」

「やはりあれは真竜なのか。だが事実、真竜が寄越されたことにティタニア、ライフレスが憤慨しているところだ。自分たちは信用ならないのかとな」

「なるほど、それでこの状況か。まずいな」

「そうだ、非常にまずい」


 影とライン、それに意識の下にいるアルフィリースもこの状況を瞬時に理解した。真竜がオーランゼブルの命令を聞く理由は不明だが、彼らが裏切り者を処分するために派遣されたのなら、ライフレスはともかくティタニアが既に洗脳下にないことを知れば、すぐにでも彼女に向けて攻撃が開始されることになる。そうなれば、近くに停滞した魔法に誘爆する可能性が非常に高い。下手をすれば全滅である。

 そしてアノーマリーの工房の破壊が命令なら、アルフィリースたちの命はどのくらい優先されるのか。真竜がオーランゼブルの命令を聞くだけの傀儡なら、融通が全くきかない可能性も高かった。

 アルフィリースと影はその考えを一瞬で共有していた。


「(とてもにまずいわ。どうしたものかしら)」

「(さて、これは私にとっても予想しない事態だ。どうして真竜がここにいるのかその方法がわからぬし、これでは対抗策も立てようがない)」

「(最悪、戦うっていう選択肢は?)」

「(阿呆か、貴様。真竜一体でも苦戦は必至だ。それが50体以上もいるのだぞ。相討ちすらままならんわ)」

「(じゃあ逃げの一手ね)」

「(それもそうだが、これだけの仲間を連れて転移で逃げるとなると、私でも準備に半刻必要だ。短距離転移ならどうとでもなるが、あの魔法の効果範囲から逃げるとなれば話は別だ。まずいな、打つ手が思いつかん)」


 影には珍しく、焦りが感じられた。決して面には出ないが、意識を共有しているアルフィリースだからわかる。アルフィリースもまた、決定的な一手を思いつかないでいた。

 だが状況は刻々と変わっていた。真竜の一体が、地表に降りてきたのだ。その様子を見て驚いたのは、傭兵たちだけではなかった。影やティタニアもまた、息を思わず飲んでいたのである。

 地表に降りた真竜は、その頭が腐って頭蓋骨がはみ出していたのだ。腹も腐り、蛆が湧いていた。最も強大で知的で優雅と讃えられたその竜は、その姿を既に見る影もなくしていた。

 言葉を失くしたアルフィリースたちだが、真竜はむしろ無表情で話しかけていた。


「――なるほど、こんなところにアルフィリースがいるとは。偶然とは恐ろしいですね」

「・・・誰だ、貴様。真竜ではないな?」


 影は真竜の発言がおかしいことにいち早く気付いた。アルフィリースと意識を共有する影は、アルフィリースがグウェンドルフ以外の竜に面識がないことを知っていた。そして決定的なのは、真竜は慈しみを持つ種族として知られている。それが人間であれ、魔物や魔獣であれ、彼らは一定以上の慈愛を持って接するはずなのだ。今のように、観察するような目つきをすることはありえない。良くも悪くも、真竜は万物に精通するが故、無関心で無感動な種族であるのだ。

 影の指摘が面白かったのか、その竜は口の端を歪めて笑った。歪めた口唇のない口の端から、どろどろと血が混じった涎が零れているのが、思わずラインでさえも顔をしかめていた。


「そういう貴女は、なぜこんなところにいるのですか? 貴女の役目は、アルフィリースと仲良くすることではないでしょう」

「私の役目など貴様の知ったことではない。それより貴様は誰だ? 名を名乗るがいい!」

「それこそ私のことなどどうでもよいのです。まさかアルフィリースにほだされたとでも言うのではないでしょうね?」

「馬鹿な。私が人間にほだされるなど、それこそありえん」

「・・・ウィスパー」


 影が首を振りながら否定する中、ルナティカがつぶやくように答えていた。以前カンダートで聞いた声とは似ても似つかない、気配も違う。確信があったわけではない。ただ声の奥に潜む人物。その得体のしれなさが似ているとでも言えばいいのか。ルナティカが感じる、これは生かしておけないという直感が、真竜の中身がウィスパーだと告げていた。

 そして名を呼ばれたウィスパーもまた意外だったのか、少し間をおいて返答した。



続く

次回投稿は、8/22(土)14:00です。

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