封印されしもの、その119~悪意を継ぐ者⑤~
「(オーランゼブルはアルフィリースを生かして仲間に引き込むつもりだと思っていたんだけど、違うのか? まあ、『彼ら』を完全に制御する方法があるなら、戦力的には僕たちすら不要だろうけど。あんなものを差し向けたら、何かあればアルフィリースすら失うことになると思うんだけどな。それとも、アルフィリースの代わりがいるとでも言うのか? あるいは、間違っても死なないとの絶大な信頼があるのか、どちらだろうか。まだオーランゼブルの目的の全ては見えないな。一体何を考えているのか・・・アルフィリースの正体もまだいまいちはっきりとしてないしな。
それにアノーマリーは死ぬ間際になんて言った? 黒の区画? オーランゼブルの工房には何度も出入りしているけど、そんなものはまだ見ていない。確かに全てを知っているわけではないけど、どうしてアノーマリーがそれを知っている? 何か僕の知らない関係が二人にあったのか、それともアノーマリーも密かにオーランゼブルのことを調べていたのか。生命の書と一緒に吸収したアノーマリーの知識の中に、そのような情報があるのだろうか。
生命の書を吸収したことによる反動はなんとか抑え込んだけど、アノーマリーの知識の量は凄まじい。崩壊しかけていたから完全ではないとはいえ、吸収した知識を整頓する時間が必要だ。オシリアが行動可能なまでに回復したらオシリアに外のことは任せて、僕はこれからのことをおさらいしようか。と、その前に――)」
ドゥームは自分たちに近づく者がいることに気づいていた。周囲のバーサーカーたちにすら気づかれないように接近する彼らを、ドゥームはこの場でただ一人冷静に察していた。
「やあ、やっぱり来たね」
「その様子だと、私達が来ることを予想していたのか?」
「どうだろうね。知識が今は混乱していて、僕の元々の考えだったのか、アノーマリーの考えていた可能性の一つなのか、いまいちはっきりしない部分があるのさ。だけど、僕が君でも同じ行動をするかもね、テトラスティン、リシー」
ドゥームの目線の先には呼んだ通りの二人がいた。アノーマリーの工房から脱出を果たした二人は、雪原を彷徨っていたのだ。その過程で、目的とする人物――ドゥームを見つけたらしい。偶然といえばそれまでだが、テトラスティンはさも当然の出会いであるかのように、ドゥームに話しかけていた。
「ここで出会えるとは僥倖だな。いずれお前の部下の誰かのところに行くつもりだったが」
「節操のないことだ。アノーマリーを裏切った後は、僕の元に来るつもりかい?」
「だがお前は私たちを受け入れるはずだ。オーランゼブルを憎んでいる、お前としては」
テトラスティンの堂々とした物言いに、ドゥームは目を細めた。テトラスティンを値踏みするかのように見ていたが、腹は最初から決まっていた。
「いいよ、匿ってあげよう。ただ君と友達になるつもりはない。互いの目的にために利用し利用され――裏切るのもいつでも結構だ。僕もそうする」
「それで結構だ。せいぜい寝首をかかれないようにするさ」
「ふふん、不死身のくせに何言ってんだい」
「互いにそうだろう。お前の死に方は、お前自身も知らないんじゃないのか?」
テトラスティンの言葉にドゥームは不気味な笑みを返しただけだった。そしてここにまた、不思議な協力関係が結ばれたのである。
***
結論から言うと、アルフィリースとテトラポリシュカは無事に合流を果たした。戦いはなく呆気ないほどそれは簡単だったが、問題は合流した後だった。
まずテトラポリシュカは目に見えて消耗していた。最初に出会った時のような悠然とした態度は既になく、自らの足で歩くことも困難であった。オロロンの背に乗せられてアルフィリース達と合流した彼女は、意識が半ば混濁しかけているように見えた。ウィクトリエの回復魔術で多少なりとも意識と気力を取り戻したが、何かに縋りながら立つのがようやくという状態だ。
もっと重大なことがあった。テトラポリシュカは戦う際に、最後の魔眼を半ば使用していた。周囲の魔力を無尽蔵にかき集める彼女の魔眼はその出力ゆえに、あっという間に制御を失う。放出すれば山ひとつ吹き飛ばすほどの魔力を集める魔眼は、いかに多目天といえど完全に扱える類のものではない。魔眼を暴走させたことのあるテトラポリシュカは、魔眼の運用方法を変えていた。つまり、魔眼の集めた魔力を次々と使い切ることにより、暴走を防ぐのだ。
だがその方法にも欠点はある。まず使用する魔力が強すぎて、使用者本人であるテトラポリシュカに損傷を与えてしまう。いかに強靭な肉体を持っていても、大出力の魔術の連発は体に負担を賭ける。最も危険なのは、魔術の使い過ぎや戦いの最中に意識がなくなっても魔眼が発動することであり、意識のないうちに集められた魔力が暴発することだった。言ってみれば、テトラポリシュカは巨大な発破と同じなのだ。
完全な魔眼の制御方法がないと知ってからは、テトラポリシュカは戦いを避けた。万一致命傷を負うようなことがあれば周囲を巻き込むし、そうでなくとも感情の動きにも魔眼は左右される。自ら氷の中に閉じこもったのは、何も追撃を避けるためだけではなかった。
そして消耗した状態でのマンイーターという強敵に、テトラポリシュカは魔眼の力を無意識に使い始めていた。マンイーターが引いたのは、実はテトラポリシュカにとって絶妙な間合いであったことを彼女だけが知っていた。あれ以上戦っていれば制御を失くした魔眼が暴走し、ライフレスの魔法の限界を待たずして工房が吹き飛んでいたかもしれない。
そしてテトラポリシュカの消耗ぶりを見て、影もまた同様の事実に気づいていた。
「ポリカ――おぬし、『大丈夫』なのだろうな?」
「――その呼び方、久しぶりですね、教官」
テトラポリシュカが弱々しい笑みを作ったが、影は厳しい表情で問いかけた。
「茶化すな。見た目よりも切羽詰まった状況であることはお前自身がよくわかっているはずだ。限界が来ればその時は」
「ええ、わかっていますとも。その前にウィクトリエと話をする必要があります」
テトラポリシュカは気を落ち着けてウィクトリエを呼び寄せると、厳しい表情で彼女を見た。それは母としてではなく、戦士としての表情だった。
「ウィクトリエ、この時がきた。わかるな?」
「――はい」
やや間があってウィクトリエが応えた。そのやり取りに影が不審そうな表情をしたが、すぐにテトラポリシュカが説明をした。
続く
次回投稿は、8/18(火)14:00です。