封印されしもの、その117~悪意を継ぐ者③~
「ちぃ!」
「何度も言うが、僕は戦って勝つことには何の意味も見出さない。その方が楽しければそうするが、放っておいても死ぬ者に興味はない。それに君の生き方は自殺志願者みたいで好きじゃないんだ。正直君にはかかずらうだけの興味が見いだせないんだよ、ティタニア。
僕が好きなのは、幸せになろうとあがいてあがいて、それでもどうしようもなかった時の絶望した顔。どんなに努力しても望みの適わないことを知った、無気力な表情。あと一歩で願いが叶うのに、それが台無しになった時の青ざめた面差し。そんな光景が見たいんだ。
でもティタニア、きっと君は僕が何もしなくてもそうなるさ。君の望みはどうやったって、叶いっこないんだからね」
「五月蠅い!」
ティタニアが半ば怒りに任せて放った衝撃波は、ドゥームの作った悪霊の壁に阻まれた。視界を遮るその壁は再度のティタニアの攻撃で破壊されたが、その時には既にドゥームたちの姿はなく、転移の魔法陣も消えていた。
後に残ったのは、闇から聞こえるドゥームの笑い声だけ。
「(――今は生かしておいてあげるよ、全員ね――だけどきっと、ここにいる全員を絶望の闇に沈めてあげよう。それだけの力と知識を、今日僕は得た――だから順番なんだ。全ての人間に絶望は訪れる――ただ順番を君たちは待っていればいいんだよ――だからまだこんなところで死なないでおくれよ?――
――ああ、一つだけ――君たちに迫っている危機はライフレスの魔法だけじゃない――今すぐこの土地を出て行くことを進めるよ――)」
「どういうことですか?」
思わずリサがこだまのようなドゥームに聞き返していた。声は果たして届いてるのかどうか。だがしばらくの間があってドゥームからは返事があった。
「(――オーランゼブルは誰も信じてはいない――アノーマリーも、僕も、ライフレスも――ここに派遣した、自分に忠実なはずのティタニアさえも――だからティタニアが失敗した時の予防策も当然ある――それも最高に最低な策が用意されているのさ――
ティタニア――君がオーランゼブルの元を発ってから、どのくらい経った?――そろそろ彼が痺れを切らすには十分な時間だ――外を見てごらんよ――絶望は空から来るんだ――もっとも見えた時には手遅れだろうけどね――アッハハハハ――)」
「何!?」
「・・・空から?」
ここは地下深すぎて、リサのセンサーをもってしても空の様子を知ることはできない。それに開けた場所なら、純粋な視力でロゼッタやラキア、ターシャが遠方を見ることができる。地上にそろそろ出たはずの彼らの動きをリサは探ったが、確かにその動きが慌ただしかった。何か不測の事態が起こっている可能性がある。
リサはすぐにその動きを全員に伝えた。
「地上で何かあったのか?」
「・・・嫌な予感がするな。ドゥームはいけ好かない奴だが、自分の楽しみには手を抜かない奴でもある」
「ええ、リサもそう思います。すぐさまアルフィリースとウィクトリエを回収し、地上に向かうべきかと」
「向かっていては間に合わないかもしれません。私が使い魔を飛ばしましょう」
「頼む、ラーナ」
一同は早急に意見をまとめるとその場を去った。だが、メイソンだけが徐々に後ろに下がると、その場に一人とどまっていた。当然リサはその動きに気付いたが、メイソンは元々協力をしてもらっているだけなので、放っておくことにした。
そして一人その場に残されたメイソンは、闇に向かって話しかけていた。
「・・・気配を消すなと言ったぞ?」
「ワイも性分やって言ったけどなぁ」
影からはすうっとブランディオが姿を現していた。その手には、何冊かの本があった。この工房で奪ったものに違いないと、メイソンはすぐに察していた。
「何の目的でここに来た?」
「あんさんがこの大地に向かった後な、ティタニアも派遣されたってタレコミがあってなぁ。もしかすると一戦やらかす羽目になるかもしれんから、念のためワイも行けってさ。さしものあんさんもティタニア相手となれば、いっぱいいっぱいやろと思ってなぁ」
「ミランダ様の命令か?」
「せや。ついでにできそうならアノーマリーの研究やら、生命の書なるものも奪って来いとさ。やけど、生命の書はどうやらドゥームのガキが持って行ったようやな。もうここには用なしっちゅうことで引き上げるんやけど、あんさんも来るか? なんや不穏な空気が流れとるからな、さっさと逃げるに限るで」
ブランディオは好意で言ったのだが、メイソンは少々悩んだうえで首を横に振った。
「いや、俺の任務にはアルフィリースの護衛も入っている。あの女の無事を確認してからだ。それに、俺も少々興味が出てきたのでな」
「へえ? あんさん、他人には無関心やとばっかり思ってたけどな」
「そうでもない。報告通りあの女には別の人格があるようだが――それだけでは説明のつかない現象があってな」
「それ、なんやの?」
「まだ確証はない。だが、精霊の導くままにというところだ」
「ふーん」
ブランディオは興味深そうにメイソンを見たが、すぐに自分の仕事に戻っていった。メイソンもまた踵を返すと、アルフィリースがいるであろう方向に向かったのである。
続く
次回投稿は、8/14(金)15:00です。