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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その116~悪意を継ぐ者②~


「待て、悪霊! その人を放せ!」


 だがラーナの言葉にフェアトゥーセを抱えたドゥームは反応しない。フェアトゥーセを左肩に担ぎ、右手でオシリアの手を引いて、ただ走っていく。

 言葉では止まらないと判断したラーナは、魔術を威嚇に放って無理矢理その足を止めた。ラーナとしても威嚇に放っただけだから防がれると思っていたのだが、闇の蛇は意外にも一匹も遮られることなく、全てドゥームの背後からその体に牙を突き立てていた。そこで初めてドゥームは止まったのだ。

 だがドゥームからは何の反応もなかった。確かに足は止まっている。攻撃を感じていないわけではないのだろうが、それでもドゥームからは敵意も驚きも、殺意も何もなかった。かえってそれがラーナには不気味に感じられた。

 しばらくの間があって、背を向けたままのドゥームから返事があった。


「・・・いいの?」

「な、何がです」

「振り向いてもいいの?」


 ドゥームの口調は変わらないように聞こえた。だがラーナの本能が警告を発していた。いや、その前に精霊たちが警告を発していた。あの者を振り返らせてはいけない、会話をしてはいけないと。精霊達は口々にその言葉を紡ぐと、その場を去った。闇の精霊が、闇から逃げたのだ。

 ラーナは息苦しかった。胸を鷲掴みにされたような感覚が、ラーナを襲っていた。これは恐怖だ。以前見た時よりも遥かに威圧感を増したドゥームが発していたのは間違いない。その圧力がどこから発せられるものなのか。ラーナには知る術がなかった。

 黙ったままのラーナに、ドゥームがため息をついた。


「・・・賢いのか賢くないのか。あるいは僕の圧力が増したことを喜べばいいのかどうなのか。どんな顔をすればいいのか決めかねているんだ。全く不思議な気分だね」

「・・・?」

「だが、結果的に君たちにとっては最良の結果だろうね。怒りやら頭の整理やらで周囲にまで気を配る余裕がなかった。追いつかれるとはね」


 ドゥームがくるりと振り返った時、その顔はまるで粘土細工か何かのように歪んでいるようにラーナには見えた。その顔はまさに「どんな顔をすればいいのかわからない」といった表情なのだろう。不気味なその顔にラーナは「ひっ」と小さく叫び息を止めたが、後ろから走り寄る仲間に振り向き、再度ドゥームの顔を見た時には以前見た顔に戻っていたため、ただの錯覚なのかと我が目を疑うことになった。


「無事か、ラーナ」

「いえ、あの・・・」

「ほう、ドゥームか。生きていたのか」


 ティタニアがずいと前に出る。ティタニアにしてみれば、ドゥームはさほど憎い相手ではない。邪悪な存在ではあるが魔王ではないし、そもそもとるに足りない相手だと思っていた。だが今のドゥームは、何かが違うとは感じていた。ティタニアを前にして怖じないその表情、無駄に威圧感を出さないその佇まい。ティタニアの本能がここで仕留めるべきだと警告を発し、本能のままにティタニアは大剣を抜いていた。


「ここで会ったが運の尽き。死んでおくがいいだろう」

「待ってください。彼が捕まえているあの人を優先して――」

「それは困る。まだ死にたくないんだけどな」


 三者の思惑が交錯した。ティタニアにフェアトゥーセが目に入っていないわけではない。だが関係ない者を助ける義理はティタニアにはない。ラーナはドゥームよりもフェアトゥーセを優先したい。そしてドゥームは、何も失うわけにはいかなかった。

 この三人の中で何が違うかと言えば、それはドゥームが既に行動を起こしていたことだった。ドゥームは、思念を飛ばして既にマンイーターと連絡を取っていた。


「(マンイーター、すぐにこちらに来るんだ)」

「(えー、もう少しで全員食べられるのに!)」

「(駄目だ、一刻の猶予もない。オシリアが負傷した。おそらくは時間と共に癒える傷だが、今は自由に動けない。ここでオシリアを失うわけにはいかない)」

「(じゃあこの体は? 結構使いやすいんだけどなぁ)」

「(残念だが放棄しろ)」

「(はぁい)」


 ラーナがティタニアを止めようと腕を掴んだ瞬間、霊体となったマンイーターがドゥームの元に戻ってきた。それを見て、ティタニアがラーナを振り払って行動を起こした。


「ドゥーム、逃げるか!」

「逃げるさ、そりゃあ」


 ドゥームが転移の魔術を起動した。フェアトゥーセがいる以上、転移を使って逃げるほかなく、ドゥームはこの付近に転移の魔術を用意しておいた。だが実際の魔法陣からはまだ距離があり、振り返ったドゥームの背後で光があふれていた。その意味するところを知り、ティタニアは大剣を振り下ろした。


「逃がすか!」

「ふん」


 ティタニアの容赦ない斬撃がドゥームを襲った。衝撃波ではなく、ティタニア本人の加減のない全力の打ち込み。だがドゥームはその打ち込みを避けるのではなく、正面から受け止めていた。悪霊を集約し、ティタニアの大剣をからめとるようにして止めていたのだ。

 至近距離でドゥームとティタニアの視線が交錯する。


「貴様、いつの間にこんな力を!」

「ティタニア、君には正直感謝しているくらいだ。君のおかげで僕は強くなれた。ちょっとひどいんじゃないかというくらい何度も八つ裂きにされたけど、その経験はちゃんと僕の中で生きている。だから今ここでは殺さないでおいてあげる。それに放っておいても君はそのうち死ぬだろうからね」

「なんだと!」


 ドゥームの言葉にティタニアが問い詰めようとして息を吐いた瞬間、ドゥームはあらん限りの力でティタニアを押し返し、小さくより合わせた針のような悪霊の連撃でティタニアを突き放した。

 たまらず、ティタニアがラーナの位置まで再度飛びずさる。



続く

次回投稿は、8/12(水)15:00です。

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