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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その113~魔王の最後④~


「ボクには友達がいなくてね」

「?」

「生まれてこのかた生命の書の探究だけをやってきたし、他の生き物は研究の対象に過ぎなかった。自分の複製を行ってからは話し相手にも困らなかったし、価値観や意識を共有しない他者というものの必要性を感じなかった。だから利用し、されるだけの関係だとしても、キミほど深く関わった人間というのはいなくてね。あ、人間じゃなくて悪霊だったけども。それでもキミのことは友人だと思っているよ、本当にね。存在理由が違いすぎるからこそ、並び語ることのできるだけの相手だと思っている。本気だよ」


 アノーマリーの意外な回答に、ドゥームは困って思わずオシリアの方を見た。だがオシリアもまた困惑顔で返すだけである。その様子を見て、アノーマリーはくすくすと笑っていた。


「キミが本気で困るとは珍しい。少し溜飲が下がったかな」

「変なことを言うからだよ、まったく。毒気がそがれた。聞くことを聞いたら殺そうと思ったのに、これじゃあやりにくくてしょうがない」

「ではやりにくいついでにもう一つお願いだ。交換条件として、ボクのお願いも聞いてくれないかな?」

「助けてほしい、なんてのは駄目だよ? 君にはここで死んでもらわないと困るからね」

「そういうのじゃないんだよ。肩を貸してくれない?」


 アノーマリーはなんとか片足だけを再生し、ドゥームの肩を借りることで工房の最後の端末にたどり着いた。そこに薄ぼんやりと浮かび上がる端末にたどり着くと、アノーマリーは大きくため息をついた。


「ボクの研究だけどさ、キミは後を継ぐ気はある?」

「やだよ、面倒くさいもの。他にやることがあって手一杯なのさ」

「だよねぇ。研究者として、そしてボクの存在意義にかけて、『生命の書』だけは譲りたくなくてね。惜しいなぁ、あと一年もあれば理論の構築が終わり、さらに数ヶ月で実践に移せたのに。惜しいなぁ」


 アノーマリーは心底悔しそうにつぶやいていた。その端末を動かす指はよどみなく、なめらかに進んでいる。ドゥームは既に自分の能力を使い、アノーマリーの分身の手元などをよく観察してたので、アノーマリーが何をしているかはだいたいわかっていた。


「それ・・・生命の書を破棄するつもりかい?」

「破棄、とはちょっと違うね。地下深くに封印するつもりだよ。ライフレスの魔法が爆発しても、大丈夫なくらいに深くにね」

「なんのために?」

「この研究は、おそらくオーランゼブルに見つかると間違いなく破棄される。まっとうな感覚を持つ人間ならそうだろうね。それにこれの意味がわからない連中にも無価値だし、やはり打ち捨てられるだろう。だがこれを地中深く隠し、それを掘り当てるほど時代が経過すれば――あるいはボクの研究の価値がわかる人間が誕生しているかもしれない。ボクはそれに賭けるのさ。これだけの犠牲を強いた研究を、ここで完全になくしてしまうのは惜しすぎる。この規模の研究なんてのは、そうそうできるものじゃない。それだけはオーランゼブルに感謝しているよ」

「君って、本当に研究に対してだけは誠意があるよね。その誠意をちょっとでも人間に向ければいいのにさ。それにしても地中に埋めて発見を待つなんて、なんだか雲をつかむような話だね。とても希望的観測に聞こえるのだけど」

「その方が、浪漫があるじゃあないか」

「浪漫とかその顔で言われてもね」


 ドゥームとアノーマリーは互いを見て笑い合った。彼らは世に一般における友人ではなかったかもしれないが、確かに彼らには相通じる何かがあった。それは彼らにおける友情のようなものだったのかもしれない。

 アノーマリーはいち早く作業を終えると、球体のようなものにその情報を魔術で書き込んで封印した。


「これでよし」

「その球が生命の書?」

「そのようなものだね。まあ本当の意味で内容を理解できる人間なんて、この世にはいないかもしれないけど。例外があるとすれば、アルフィリースならできるかもしれない。それに、彼の師匠だったアルドリュースも。故人だけどね」

「ふぅん? 随分とアルフィリースは評価が高いんだね」

「キミたちの評価が低すぎるんだよ。彼女はこの時代における稀有な存在さ。ちょっと話してすぐわかった。剣士としてならやがてティタニアに迫り、魔術士としてライフレスやオーランゼブルに近づくだろう。それにボクの研究の助手を務めることも可能だったろうね。彼女が良き戦いに恵まれれば、戦士としてブラディマリアを超える日もくるのかもしれない」

「まさか」

「可能性の話だよ。それだけの期待を持てる逸材ということさ。さて、やるべきことは終わったね。間もなくアルフィリースたちが来るだろう。その前にボクを始末しておくかい?」


 ドゥームは少し悩んでから頷いた。最後の逡巡のようなものが思考をかすめ、やはり既に決定したことを忠実に行うこととした。


「そうだね。あんな連中の手にかけるより、何なら僕の手で殺しておきたい」

「キミなりの誠意ってやつ?」

「誠意なんて全く僕には無縁の言葉だけど、そんなものかもね。最後に一つ聞いておこう。その気になれば君を殺した後も悪霊として回収し、僕と共に生きることは可能だ。そうすることもできるけど、望むかい?」

「はっはは、優しさのつもりかい? せっかくだけど御免だね。研究もできないんじゃ、いくら生きていてもしょうがないや。キミに取り込まれたら自由はないだろう?

 それに意外と輪廻転生を肯定していてね。一生キミに取り込まれて生きるより、生まれ変わって研究を再開するとするよ」

「・・・そっか、残念だ。せめて一思いに殺そう。貫くのは胸でいいかい?」


 ドゥームが悪霊を凝縮し、槍のような形にした。アノーマリーもまた、自分の胸をとんとんと叩いていた。


「今は核も人間と同じ位置にしてある。どうぞ遠慮なくやってくれ」

「せめて一息に突くとするよ」

「そうしてくれ。男に嬲られる趣味はない」

「僕もオシリアを貸すほど寛容じゃない」

「ふっふふ、ボクも人の女を借りるほど変態じゃないさ。ああ、これで終わりだ。思ったより未練はないものだね」


 アノーマリーは生命の書を円形の台の上に置くと、何やら最後の操作をした。すると珠は台の上に固定され、ゆっくりと沈んでいくように見える。


「この台は込めた魔力が継続する限り、地中に沈み続ける。岩盤の強度を考えると、何千メートルかは進むだろう。これでいい」

「良い奴に発見されるといいね」

「悪い奴の間違いだろ?」

「加えてイカレ野郎ならなお良し、いや悪し」

「違いない」


 二人とも軽口を交わし、オシリアも含めて視線がゆっくりと沈んでいく生命の書に集中した。アノーマリーが生命の書を、目を細めて愛しそうに眺め、ドゥームがゆっくりと彼にとどめを刺すべく向き直った。せめて幸せな気分のままとどめを刺そうと思ったから。

 だがアノーマリーの方を向き直ったドゥームと、ドゥームの胸ごと生命の書を貫く剣があったのは同時だった。そして命を失うアノーマリーの目の前で、生命の書は霧散したのだ。



続く

次回投稿は、8/6(木)15:00です。

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