封印されしもの、その112~魔王の最後③~
「やあ、随分と手ひどくやられたじゃないか」
「・・・誰のせいだと思っているんだい?」
アノーマリーの前にはドゥームがニタニタと不敵な笑みを浮かべて立っていた。傍にはオシリア。ドゥームだけでなくオシリアまでもが人を見下すように不気味な笑みを浮かべているのを見て、アノーマリーは確信した。この一連の流れは、間違いなく彼らのせいだと。傍には人が一人入るような袋が置いてあった。その袋を見て、アノーマリーは彼らがここに現れた理由を知った。その中身の利用方法まではわからなかったが。
アノーマリーの苦々しい表情を見れば何を言いたいかはわかりそうなものだが、あえてドゥームは何も知らないふりをして告げた。
「さて、誰のせいだろうね? それにしてもどうしたんだい、浮かない表情だねぇ。君のしぶとさなら、ここからなんとでもなるんだろう? いつもみたいにその個体を使い潰して、次の個体に意識を移せばいいじゃないか。どうせまだまだ予備はあるんだろ?」
「・・・ないよ。もうないんだ。少なくとも、この工房には用意していない。さっき傷を負ったセカンドが自分の体を補うため、工房にいた僕の本体だけでなく、分身まで全部取り込んでしまったからね。分身を同時に全て殺すなんて絶対に無理だと思ってたけど、この工房内に限れば、工房の全容を把握できるセカンドなら可能だ。盲点だったよ、セカンドには裏切るだけの知性を与えていたつもりはなかったからね。
彼に与えていたのは、実験における独創性だけだ。それも知性をわざと与えないことで、突拍子もない組み合わせを実行させるという手法だった。誰かに命令されることすら考えていなかったんだ。一つ疑問がある。どうやってセカンドに言うことを聞かせた?」
「聞かせたつもりはなかったよ、クベレーも含めてね。全てはやってみた、ただそれだけなんだ。ただクベレーは最初から君にどこかしら叛意を抱いていた。良くも悪くも、彼は君に似ているよ。同族嫌悪って奴なのさ、きっとね。
僕は彼らに外の世界の話をしたのさ。憧れたのは、彼らの勝手だ」
「なるほど。偶然とはいえ与えたのは命令ではなく、知性と自我か。それに夢を混ぜ込んで、彼らを導いたのか。彼らに教育次第でそのようなものが芽生えるとは非常に興味深いが、自由意志とは厄介だな。ボクの研究には邪魔だだけで、不要の産物だったよ。まったく、余計なことをしてくれたものだ」
アノーマリーは納得したように笑ったが、よろよろと起き上がり座り込むと、ドゥームの顔を見上げていた。そこには狂気も恨みもなく、ただ研究者としてのアノーマリーの顔があった。
「さて。ここに現れたということは、まだボクに用があるんだよね。何が知りたい? ボクを笑いに来ただけとは思ってないんだけど」
「笑いに来ただけだったら?」
「そんなことはありえないね、ボクは君を過小評価はしていない。だからこそキミと手を組んだんだ。そろそろ愚図のふりはやめたらどうだい? キミは以前よりも大量の悪霊を吸収し、相当に悪霊としての格を上げているはずだ。少なくとも、人間の歴史に君ほどの悪霊を討伐した記録は既になくなるくらいには。ティタニアやドラグレオにやられていたのも最初の方だけで、後は演技もあったろう?
それにキミは非常に知識の吸収に貪欲だった、それこそボクにも負けないほどね。ここまで周到に計画を練れたということは、キミはおそらくボクの工房の中をこっそり知ることのできる能力を有しているはずだ。そうでもなければ、この工房をこうまで上手くかき回せないはずだし、そもそもセカンドに会うことすらできない。その能力を使えば、他の黒の魔術士達の弱みも握れるはずだ。キミは密かに彼らを始末する気でいる。違うかい?」
「・・・やっぱり君は頭が良いよ。他の誰もが忘れているかもしれないけど、君の頭脳はこの時代の数百年先を行っているのかもしれない。
だからこそ僕は君を殺そうと思ったのさ。その頭脳を放置しておくと、いったい何をしでかすかわからないからね。その気になれば、君は人間を滅ぼすことも容易にしてのける気がした。こう見えて僕は人間が死に絶えることは望んでいない。それでは僕が楽しくないからね」
「なるほど、確かにボクは必要に応じて人間を滅ぼすことも検討していた。ただ、その可能性はかなり低いと言わざるをえなかったけどね。もっと誤解のないように本心まで打ち明けておくべきだったか。
さて、本題に入ろう。ボクが生きていることは、ひょっとすると気取られているかもしれない。いや、間違いなく気付かれているだろう。あのアルフィリースの姿をした何者かが、ボクを見逃してくれるとは思えない。時間はあまりなさそうだが、何が欲しいんだい、ドゥーム」
アノーマリーの質問にどう答えるかドゥームは一瞬悩んだ。正直に言ってもいいものかどうか。ただ時間がないのは事実だった。既にティタニア達がここにまっすぐ向かっている。ほどなくして彼らがここに来ると考えると、余計な駆け引きは無用だった。
「・・・鍵となる言葉を教えてくれ」
「何の?」
「全工房への最終命令、そしてクベレーへの強制命令。普段は君という個体を認識して稼働する工房だが、万一に備えて言葉での命令権も準備しているはずだ。君なら、きっとそうすると信じているんだけど」
「・・・」
ドゥームの言葉を聞いてアノーマリーは一瞬だけ悩み、口を開いた。正直、ドゥームの推察には感心していた。素直に答えたのは、アノーマリーのドゥームに対する最大の賛辞である。
「その通りだよ。工房を稼働させる暗号は『生命の系統樹を作製する』、クベレーへの強制停止は『生命の系統樹を放棄せよ』だ。ただ命令しても、稼働させるにはその仕組みを知らなければならない。ボクの分身という、これだけの手数があって初めて扱える工房だ。それに動かし方も複雑で、オーランゼブルですら教えてできるものではない。キミ一人ではどのみち無理だと思うけど」
「いいんだよ、別に君のように使うわけじゃないんだから。僕は君ほど欲張りじゃなくてね」
「?」
「それよりも、いやに素直に教えてくれるね。どうして?」
ドゥームの心からの疑問であった。ドゥームにしろオシリアにしろ、人の心を読むのは上手い。アノーマリーがここで嘘を言っている様には見えず、事実その場でアノーマリーが工房の機器を前に命令すると、反応があった。アノーマリーは真実を語ったのだ。
ドゥームはここでアノーマリーが真実を闇に葬る可能性も考えていた、というよりもそうなると思っていたので、意外にも都合の良い方向に話が転び、喜ぶと同時に拍子抜けした気分にもなっていた。
だがアノーマリーからは、意外な言葉が発せられたのだ。
続く
次回投稿は8/4(火)15:00です。