封印されしもの、その111~魔王の最後②~
「ここで二手に別れよう。地下には俺、ルナティカ、リサ、ヤオたちが行く。ウィクトリエとお前はテトラポリシュカのところへ行け」
「いいのか?」
「良いも何も、俺達がいてもお前は気を使うだけだろう? それにウィクトリエもな。後で合流すりゃいいだけの話だ」
「ふん、戦いだけは気の利く男だな」
「なんだそりゃあ」
「別に」
ニヤニヤと笑う影をよそに、ティタニアも冷静に続ける。
「アノーマリーの方には私も行きましょう。ここで奴を殺しておかねば、枕を高くして眠れないでしょう。オーランゼブルの依頼はもはや関係なくなりました。私にとって彼は敵だ」
「俺もそちらに行かせてもらう。アルネリア的にも、アノーマリーの死亡は確認しておきたいからな」
「そうか」
影は返事をしてから少々考えたが、確かに影にとってアノーマリーはどうでもよい。正直、何度戦っても戦闘経験の少ないあの男に後れを取るとは思えない。本当の意味での不死身の存在などいないのだから、そこに存在さえしてれば殺せるというのが影の持論だった。実力差があろうが、戦い方次第でなんとでもなると、本気で影はそう思っていた。
そうなるとよりテトラポリシュカの方が気になるところだった。影がウィクトリエの方を見ると、今にも飛び出さんばかりに焦った顔をしている。影は昔のテトラポリシュカを見ているような気分になったが、その口元が自然と綻んでいることに気付いたのはアルフィリースくらいのものだった。
「いいだろう。ではここで二手に分かれようか。私の予想だと、あの魔法は半刻と持たず崩壊し、下手をすると威力をそのままに破裂する。それまでに退避が必要だ。撤退の時期を間違えるなよ?」
「あなたに言われずとも、リサがしっかり管理しましょう」
「撤退はティタニアかそこのメイソンに転移を使わせろ。どうせそのくらいの準備はしているのだろう?」
「ふむ、いいでしょう。この場に限り、協力させていただきます」
「人の命を救うことにやぶさかではない、ないですね。可能な限り協力しろと言われてますから」
ティタニア、メイソン共にあっさりと頷いたが、誰も気には止めなかった。時間はいつまであるかわからず、一刻も早い行動が求められたからだ。
さっそく二手に分かれた彼らだが、影はウィクトリエと二人になると、おもむろに彼女に聞いていた。
「ウィクトリエよ。お前は自分の母の最期の魔眼の能力を知っているのか?」
「はい、どういうものかだけは聞いています。無尽蔵の魔力を放出する、完全破壊の魔眼。周囲の精霊を強制的に行使し、所構わずぶつける。属性も関係なく、ただかけ集めてぶつけるだけだとか。一度発動すれば、制御不能だと聞いています。以前その魔眼のせいで味方ごと数千の敵を吹き飛ばした。そのせいで母は大魔王と認識されることになり、また人間の世界に身の置き場がなくなったとか」
「ふん、やはり制御はできなかったか。かつてその方法を教えてやったのだが、奴は不器用だからな。大した力も持たんくせに、いざという時の切り札だけは力があるから厄介だ。
さて、ここまで話せばわかると思うが・・・お前の母親の魔眼が暴走すれば、さっきの魔法くらいの威力はあるだろうな。つまり――」
「全て言わずともわかっています。仮に最後の魔眼が暴走した場合、私が母にとどめを刺すようにかねてから言われてきました。むしろ、今はそのために向かっているのでしょう? 我々二人の方が好都合です」
「わかっているならよい。では向かうとしようか」
自分にとどめを刺す手段を用意することは、かつて影がテトラポリシュカに教えたことである。味方を巻き込んで自爆しかねない能力を抱えていたのでは、いずれ味方からも疎んじられる。だが仕方のないこととはいえその役目を娘に託すとは、つくづく業の深い女だと影は内心でテトラポリシュカを哀れんでいた。
***
その頃、影の予想通りアノーマリーはライフレスの魔法が直撃する前に転移で脱出することに成功していた。転移は元々アノーマリーの得意な魔術であり、短距離であればほとんど無詠唱で唱えることもできる。念のため多くの頭の内、一つに転移の魔術を詠唱させておいたのが役に立った。あまりにライフレスの出現が唐突過ぎて、ほとんど無意識に起動させなければ間に合わなかった。
だが無意識であったためか、飛んできたのは工房の中だった。転移の魔術では始点と到着点の設定が重要である。その二つが準備できていない場合、転移の魔術は危険を伴う。転移先の明確な想定が重要であり、一つ間違えれば地中や壁の中というとんでもないところに転移する危険が常に付きまとう。よほど馴染んだ場所であればそれなりに安全だが、今回の転移もこの例に当てはまる。無意識で転移をしたため、慣れた場所に飛んでしまった。
ただし肉体の方はほとんど転移ができていなかった。転移の用量は詠唱で使用する魔力の規模によるため、咄嗟の転移では魔力が不十分であり、老人態の容量分しか転移させられなかったのだ。そのためその中にある核は一つだけ、体も無理にヘカトンケイルの個体から引きちぎったように、腕は一つ、下半身は既になかった。残されたセカンドと融合した体は残らず消滅したのだろう、再生の気配もまるでない。
歩くこともままならず、アノーマリーは残った一つの腕で這いずるように工房を進む。もはや敗北は確定だが、まだ最後にやるべきことが残っているのだ。
そんな時、アノーマリーの目の前には、アノーマリーがそこにいるおとが当然のように現れた男がいたのだ。
続く
次回投稿は、8/2(日)15:00です。