大草原の妖精と巨獣達、その21~火の海にて~
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アルフィリース達が悲しみに包まれている頃、こちらはファランクスが魔法を使った、その中心部である。
「死んだかな、ドラグレオ?」
「・・・どうかな・・・バカは死なないっていうし・・・」
「そんな諺あったっけ?」
浮遊の魔術を使い、空からドラグレオを探すドゥームとライフレス。それもそのはず、地面にはマグマが煮え滾り、とてもではないが歩けたものではない。しかもその範囲は見渡す限り、一面がマグマの海である。大草原は今や炎の海と化していた。
「あちち、あち! こんなに離れていても熱いんだけど」
「・・・これは魔法だ・・・さしもの君も、この中に入れば死んでしまうかもしれない・・・気をつけることだ・・・」
飛び散ったマグマに慌てるドゥームに、ライフレスが無表情で警告する。
「なるほどね、せいぜい気をつけよう。でもマグマの海か・・・浸かってみたくはあるな」
「・・・別に止めてるわけじゃない・・・好きにするといいさ・・・」
「ちょっとは止めてくれないかな~」
器用にくるくると回りながら空を浮遊し、文句をライフレスに言うドゥーム。だがいつものように、ライフレスは決して本気でドゥームを相手にしない。
「・・・ところで・・・今日は君のとりまきの女たちは?・・・」
「ああ、流石にこの前の戦いで消耗したからね。好きにやらせて英気を養わせているよ。まあ2~3カ月もあれば元通りなんじゃないかな?」
「・・・そうか・・・」
前回のアルネリア教襲撃でオシリア以外を失ったはずのドゥームであったが、何日か後には全員を引き連れて戻ってきた。どうやらライフレスですら把握できていないドゥームの能力があるようだ。
「(・・・ドゥームは思ったより油断が無い・・・もっと簡単にくたばる奴だと思っていたが・・・さすがはお師匠が仲間に引き入れたというところか・・・)」
ライフレスは少しドゥームの評価を改めると同時に、警戒心も上げていた。ブラディマリアの言葉を思い出す。
「(いずれ手に負えなくなるわよ・・・)」
実力でやりあって自分が負けるとはライフレスには考え難かったが、ブラディマリアは無意味な冗談を言うタイプではない。何かしらの手を打っておく必要がある。そんな思考をライフレスが巡らせていると、視界の端に何かを捉えた。
「・・・いた・・・」
「マジ? 生きてんの?」
2人が氷の魔術で身を守りながらマグマの近くまで降りると、そこには腕を組み、まるで温泉にでも入っているかのようにマグマに胸まで浸かっているドラグレオがいた。だがその表情は不機嫌極まりない。
「本当に生きてるよ・・・しかもマグマに浸かってるし」
ドゥームが驚くのも無理は無い。ドラグレオは魔法でできたマグマに浸かっても、火傷すらしていない。ただのマグマなら無理矢理でもまだ納得できるが、魔法でできたマグマには魔術属性まで付加されるので、連続で火系の大魔術を浴びせられ続けるのと同義なのである。
驚くドゥームを尻目に、ライフレスはこの結果がある程度予想できていたのか、冷静にドラグレオに忠告する。
「・・・そろそろ上がったらどうだ・・・いくらお前でも厳しいだろう・・・」
「ライフレスか・・・そうだな」
ドゥームが目を丸くする。ドゥームはドラグレオがまともな会話をしたのを初めて聞いたのだ。だがドラグレオはお構いなしに勢いよくマグマから飛び出ると、適当に残った岩場の上に飛び乗る。しかしまだ腕を組んだまま仁王立ちの姿勢を取り、考え事をしているようだ。
「・・・どうした・・・らしくないな・・・」
「まあそうなんだが、1つわかんねぇことがあってな」
「・・・?・・・」
ドラグレオは真剣な様子でライフレスに質問する。
「なんで奴は自分を犠牲にした?」
「・・・娘に対する愛情ってやつじゃないのか・・・私には縁のない言葉だが・・・」
「俺もだ。愛情ね」
ライフレスもドラグレオに一応監視の使い魔はつけておいたから、事情はなんとなく呑み込めている。ただドラグレオは途中で竜巻に巻き込まれたり、地割れに飲み込まれたり、草原ジゴクに喰われたりするものだから、使い魔を何体無駄にしたか知れない。
表情にこそださないものの、ライフレスも心労がたまっていたことには違いが無かった。そんな事情など露知らず、ドラグレオがぱぁんと拳を掌で受け止める。
「よし! わかった!!」
「・・・何が・・・」
「あれだ、あの獣は馬鹿だな!」
「・・・おいおい・・・」
「ひでぇ」
「あの獣」とは、もちろんファランクスのことを指しているのであろうが。それにしてもドラグレオにバカ呼ばわりされるとは、炎獣も報われないだろうよと思ったのは、ライフレスもドゥームでさえも同じだった。
だが口に出すか否かで2人の違いはあったのだが。
「あの炎獣だって、お前みたいな馬鹿に馬鹿だって言われたくないだろうよ」
「お前も馬鹿か?」
「ぐっ、何だと!?」
ドラグレオに馬鹿呼ばわりされキレかけるドゥームを、ライフレスが制する。
「・・・理由を聞こうか・・・」
「当然だろうが、自分が死んで何になるんだ。愛情? くだらん! 全ては自分の命あってのことだろうが。本当に助けたいなら、守りたいなら、目の前の敵ぐらいなんとしてでも倒して見せるのが男ってもんだ。死んで何が残るんだ? だいたい死ぬのはそいつが弱いからだろうが。なんでそんな奴の命に対して責任を負わなきゃならん」
「・・・それは人によるだろうよ・・・だが、守ろうとすることで本来の実力以上を発揮する人間もいる・・・覚えておくといい・・・」
「俺には難しいことはよくわからん」
「・・・まあ戦いたい奴が現れたら人質でもとってみるんだな・・・だいたい人間はムキになって戦いを挑んでくる・・・中々楽しめるぞ・・・」
「そんなもんか」
「・・・そんなものだ・・・」
またドラグレオは考え込んでしまった。そこにドゥームが茶々を入れる。
「まあ炎獣も所詮馬鹿だったってことか。娘を守って死ぬなんざ、甘ちゃんもいいところ・・・ぶげっ!?」
ドゥームを突然ドラグレオが殴り飛ばす。凄まじい勢いでマグマの中に吹っ飛んでいくドゥーム。まるで水切りの石のような勢いで、マグマの上を転げまわっている。
「てめぇが馬鹿にすんじゃねぇ! アイツは強かった。それだけは間違いねぇ」
「・・・実際、君にも休息が必要なんじゃないのか?・・・」
「そうだな、またしばらく寝ることになりそうだ。じゃあよろしく頼むわ」
「・・・頼まれてもな・・・」
肩をすくめてみせるライフレス。転がって行ったドゥームなどまるで気にかけてもいない。
「おう、そういえば」
ドラグレオがパチンと指を鳴らす。
「・・・何?・・・」
「あの師匠のことだがな・・・気をつけた方がいいぞ?」
「・・・どういうことだ?・・・」
今度はライフレスが真剣にドラグレオに尋ねる。
「だってよお、あの師匠さんはーー」
「まだドラグレオを回収してないのか?」
背後上空から声がふいにかかる。完全に気配を感知できていなかったライフレスは、がばっと後ろを振り向くが、そこにはいつぞや廃虚で集合した時に一度顔を見ただけの少年がいた。新入りのくせに、全員に不遜な態度をとったあの少年である。
「・・・君は・・・いつの間に・・・」
「そんなことはどうでもいい。それよりその間延びした口調をやめたらどうだ? 話しにくいだろう」
「!?」
ライフレスが警戒心を上げる。ブラディマリアと師匠以外は自分の本性を知らないはず。様々な思考がライフレスの考えを巡るが、目の前の少年の言葉にその思考を中断させられる。
「それに大草原をこのまま炎上させておくわけにもいかないんじゃないのか? ここは魔王の放牧場にする話だったし、このままでは影響が出る。それにあまりに炎上したままにしておくとさすがに近隣の国も気づいて介入してくるぞ。魔法の影響だから、下手をしたらまだ何カ月もこのままだしな」
「・・・あ、ああ・・・」
「まだその口調を続けるのか・・・まあいいさ。ここは私がなんとかしておこう。貴方はそこで寝ているデカブツを連れて一端引き返すとい。シーカーの集落――ミュートリオ、だったか? を襲撃するのは、そこまで急がないんだろう?」
「・・・それはそうだが・・・だがどうやってこの火を消す?」
「簡単だ。魔法には魔法」
「・・・なんだと・・・」
少年が何かブツブツ唱えると、手の中に銀色に淡く光り輝く、六角形の結晶が形成される。それを下のマグマの中に落下させると、明らかに周囲の気温が下がり始めた。すると地面は見る間に冷えて、マグマが固まっていく。
「これでいい。さすがにすぐに炎は消えないが・・・まあ3~4日で完全に消えるだろう」
「なっ」
その言葉にライフレスは思わず本来の口調に戻り絶句した。大草原最強と言われる魔獣が命を代償に放った魔法を、いとも簡単に打ち消した目の前の少年。同じ魔術を行使する者として、受け入れがたいことだった。
「何者だ、お前・・・」
「口調が元に戻っていますよ、先輩」
少年を睨みつけるライフレスに対し、少年が無表情でライフレスを見返す。
「では私はこれで。まだまだ仕事が山積みなので」
「待て!」
だが少年はそのまま転移魔術で姿を消してしまった。後に残されたライフレス。
「何だったんだ・・・どう思う、ドラグレオ?」
「んごー。ぐごー」
「・・・ダメな奴・・・」
ライフレスはため息をついたが、自分にもこの後やることが控えている。今は構っていられる時ではなさそうだ。
「・・・仕方ない・・・あいつのことは後にすることにして、とりあえず自分の用事を片づけるか・・・はて、何か忘れているような?・・・まあいいか」
ライフレスがドラグレオを連れてそのまま転移魔術で姿を消す。後には何も残らず、マグマが冷えて固まった場所から不毛の大地が広がるばかりだった。
なおマグマの中に忘れられたドゥームが、冷えて固まった大地から自力で脱出するのは十日後のことである。
続く
次回投稿は1/9(日)12:00です。